4 裏切り者
「婚約者を殺された復讐か……」
セツの呟きが、静まり返った部屋に吸い込まれた。
「馬鹿野郎が!」
ガエルがダン! とテーブルを拳で叩く。そこにあるのは魔法使いとしての憤り、司としての悲しみ、そして一人の人間としてのやるせなさだ。
「気持ちはわかるけど、殺しちゃダメだよ」
モニクも沈痛な面持ちで俯く。
「その三色はどんな奴だ?」
セツの問いかけに、司たちは自らの立場を思い出して気を取り直した。
「一言で言えば、自信家、だな」
ジルが思慮深く言葉を選んだ。
「とても強くて綺麗。ワタシ、すっごく睨まれちゃった」
エヘヘと笑って誤魔化すが、目の敵にされていたモニクに、アナイスは気遣わしげな視線を向ける。
「同じ三色ということで、モニクを敵視していたものね。研究職のモニクと戦闘職のレナエルでは、畑違いだというのに」
ガエルが憮然とした面持ちで、太い腕を組んだ。
「ライバル視していたモニクが風司に就任した時、あいつは本部に乗り込んできおったわ。あれが、一年前か」
「ええ。自分の方が強いのに、どうしてモニク殿が司なのかと。自分より年下の私が司なのも、気に食わなかったようだ」
ジルが形の良い顎に指をあてる。
「三色ということで、チヤホヤされていたんでしょう。それで、増長してしまった」
「実力があり、若く、しかも美人だった。自惚れ、驕り高ぶり、傲慢になっていたんだろう。自分が次の司だと思い込んでいたが、選ばれたのはモニクだった」
アナイスもガエルも容赦ないが、ジルもモニクも否定しなかった。
「レナエルは、よりによってアナイスに噛みつきおってな。こっちが肝を冷やしたわ」
強面の土司が当時を思い出し、ブルリと震える。
「耄碌したのなら、炎司の座も私が兼任してあげるわ、おばあさん! ってな」
「命知らずな」
セツがガエルに同情した。そんな場面に居合わせるなど、不幸でしかない。
ガエルがその時どれほど冷や汗を掻いたか、想像に難くなかった。
「最近の若い奴らは、アナイスの武勇伝を知らんらしい。クマ殺しのアナイスに喧嘩を売るなど、恐れ知らずもいいところだ」
アナイスといえば、武闘派として若い頃から勇名を馳せた魔法使いである。
中、長距離を専らとする魔法使いの中で、彼女の戦闘スタイルは杖術を使った格闘。魔法が使えなければ拳で戦えばいいじゃない、と宣う恐ろしい老女であった。
「しかし、あの時のアナイス殿は格好良かった」
「うんうん! お黙り小娘! ってね」
怒鳴り込んできたレナエルを、アナイスは一喝したらしい。
ガエルとは対照的に、ジルとモニクはアナイスを賞賛した。
「何故自分が選ばれなかったのか。その理由がわかるようになってから出直してらっしゃいと、あの時は追い返したけれど……」
魔法使いは実力主義である。だが、人の上に立ち、組織を運営する者は、力さえあればいいわけではなかった。
けれど、もしあの時、違う対応をしていれば――司たちはそう思わずにはいられないのだ。
「一年前の出来事が、今回の事件に関係しているとは思えないがな。それに、どんな理由があろうと、魔法で人を傷付けることは許されない」
自責の念に駆られる司を、セツはにべもなく一蹴した。
「魔法使いのタブーを忘れたか?」
淀みかけていた空気が、その一言で一変する。
命を対価とせず。
魔法を私闘に使用せず。
いかなる権力にも与せず。
それが、魔法使いギルドの掟……魔法使いの三大タブーだ。
魔法を私闘に使用せずとは、魔法で人を傷付けることを禁止する掟である。
魔法で人を殺めるなど言語道断。なにがあろうと許されなかった。
アイスブルーの瞳が、司を見据える。
司として揺らぐな。
役割を忘れるな、と。
アナイスはグッと息を飲み込み、決然たる表情を浮かべた。三人の司も黙って頷く。
「ギルドは、魔法で人を傷付けることを、ましてや命を奪うことを、決して許しません」
厳かにアナイスは告げた。
その言葉の意味を、重みを、アナイスもジルもモニクもガエルも、その場にいる全員が背負う。
それが、司たる者の責務。
「マスター・セツ、ギルドの掟を破る者に処罰を」
裏切り者には死を――。
それは、遥か昔からかわることのない、絶対の掟。
四色の司が、セツを見つめる。
「任せろ」
ここから先は、俺の仕事だ。
最強の魔法使いは、不敵に答えるのだった。
❖ ❖ ❖
セツは不機嫌だった。
すぐにでも裏切り者を追うべきなのに、貴賓室に閉じ込められたのだ。
「今回は、あなたに同行者がいます。その方がいらっしゃるまで、ここで待っていてちょうだい」
「同行者? ってなんだ? ――おい!?」
アナイスは有無を言わさず、セツをこの部屋に閉じ込めたのである。
驚くセツをよそに、ガチャリ、と無情な音が響いた。
「鍵閉めやがった」
逃げ出さないように、ご丁寧に施錠までしていく。その徹底さに、司の本気が見て取れた。
セツがその気になれば、こんな部屋から脱走するくらい造作もないが……。
ドサリと音を立てて、ソファに座り込む。
「宮廷が黙ってなかったか」
貴族が殺され、領主まで襲われたのだ。無理もない。
皇八島では、王侯貴族、騎士、平民は明確に区別されていた。
平民は名前のみ、騎士階級は名前と家名を、貴族は名前と家名の間に爵位を名乗る。
男爵はシス、子爵はサンク、伯爵はキャトル、侯爵はトロワ、公爵はドゥ、そして王家はアン。
司も、ガエル・ラミは騎士の家系で、モニク・サンク・ペリュシュは子爵家の、ジル・キャトル・レオールは伯爵家の人間だとわかる。
応接室ではなく貴賓室が用意されたところを見ると、よほどの大物が動いているのは間違いなかった。
「面倒臭いな……」
窓の外には、眩い夏の陽射しが降り注ぐ。
セミの声がうるさかった。
「……難癖つけて断るか」
逃げることもできたが、それをしたら、さすがにギルドの体面が保てまい。
だが、貴族のお守りもご機嫌取りもごめんである。それは、マスターの仕事ではなかった。
ほどなくやって来るだろう宮廷の高官を待つ間に、セツは断る算段をつけていた。
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