30 一級魔法使い 三色のレナエル

 女が、なにもない空間に平然と佇んでいる。風使いの代表的な魔法、飛行だ。


「一級魔法使い、三色のレナエルだな?」

 セツが女を見据える。


 セピア色の長い髪に、華やかな顔立ち。紅藤色の着物も鮮やかだ。そして、黒いローブの裏地は藤色――風使いの白と水使いの青、炎使いの赤の三色を混ぜ合わせた色だった。


「ええ、そうよ。はじめまして、の挨拶はした方がいいかしら、魔法使い殺し?」

 レナエルは不敵に笑い、セツを見下ろす。余裕に満ちた声は、挑発的ですらあった。


「必要ない。挨拶はすでに船でもらっている」

「うふふ、気に入ってもらえた?」

「くだらん。ノンカドーを巻き込むな」


 髪と同じ暗い仄みの茶色の目にも、おびえも恐怖もない。

自ら乗り込んできただけあって、女に殺される気は微塵もないようだった。


「そう……あなたが魔法使い殺し……ふうん……?」

 ジロジロと無遠慮にセツを眺め、まるで値踏するかのようだ。


 緊張感の欠片もなく、場違いに尋ねる。

「噂通り、真っ白な髪。ねえ、その髪は長く生きてるから?それともマスターの力のせい?」

「……生まれつきだ」

 いささかムッとしてセツが答えれば、レナエルは大げさに安堵してみせた。

「それはよかった。白い髪も悪くないけど、私、この髪色気に入ってるのよ」

 艷やかなセピア色の髪を指先に絡めて、告げる言葉は意味不明だ。


 レナエルの真意を掴みかねて、ロワメールは注意深く女を観察する。最強の魔法使いを前にしても、女は自信に満ち溢れていた。


(やっぱり、なにか企んてるのか? 増援? でも、気配はない)

 仮に騎士を百人集めたとしてもセツには敵わないし、裏切り者に加担する魔法使いがいるわけもない。

 それに、この女は小細工を弄さず、正面から力で叩き潰すのを好みそうだった。


「そこの綺麗な坊やはだあれ?」

「ぼくはロワメール・アン・ラギ。この国の第二王子だ」

「王子様?」

 レナエルはキョトンとした。何故ここに王子様がいるのか。

 ギルドは、あらゆる権力から独立した組織だ。だからこそ、魔法使い殺しという法の埒外な存在がまかり通っている。


「一級魔法使いレナエル。殺人及び傷害の容疑で逮捕する」

「逮捕ぉ? なぁにそれ? 私を捕まえるってこと?」

 面白い冗談だとばかりに、レナエルは笑い飛ばした。

「王子様が私を捕まえるですって? 一体どうやって捕まえる気かしらぁ?」

 クスクスと笑いながら、首を傾げる。腰の刀をいくら振り回しても、上空にいるレナエルに届きはしない。


「俺が捕まえるんだよ」


 しかし、セツの一言にレナエルの雰囲気は一変した。

「……なんですって?」

 聞き捨てならないと、目を吊り上げる。


「魔法使い殺しが裏切り者を殺すのではなく、捕まえる? いつから魔法使いは、王家の手駒に成り下がったの」

 その声音は、明確な怒りを孕んでいた。


 魔法使いは、例え相手が国王でも言いなりにならない。誰であっても、対価と引き換えに対等に契約を交わす。それが魔法使いだ。


「手駒? 違うな。お前の罪を裁くのが、俺からこの国の法にかわっただけだ」

「殺されたのが貴族というだけで、ギルドは日和ったわけ?」

「勘違いするな。魔法使いが権力者におもねることはない」

 苦々しげな女に、セツは言い切る。


 王家や貴族に敬意は払うが、へつらい追従はしない。それが魔法使いであり、ギルドだ。


「お前の行いが正しく裁かれるのなら、それを行うのが俺であろうと法であろうと、どちらでも構わない。それだけだ」


 柳眉を逆立てるレナエルからは、魔法使いとしての強烈な矜持が感じられる。それは、ギルドの掟に逆らってなお、黒いローブを着ていることにも表れていた。

「魔法使いであることに誇りを持っているのに、何故その力で人を殺した?」

 セツは淡々と、事実の確認を行う。

「私はあなたと同じことをしただけよ、魔法使い殺し。罪人を裁いただけ」

 レナエルはつんと顎をそらし、傲然と言い放った。

「それは、オルム子爵とパトリスが、アシル・シス・アロンを殺害した犯人だから、ということか?」

「横領もね」

 首肯し、更に二人の犯した罪を加える。


「婚約者を殺された復讐か?」

「復讐ぅ?」

 一瞬呆気に取られたかと思えば、弾かれたようにレナエルは笑い出した。どこか芝居じみたその笑い声に、ロワメールは眉をひそめる。

「復讐ですって? 魔法使い殺しはずいぶんと甘ちゃんだこと!」

 悪女めいた物言いすら、劇中の台詞のようだった。胸に手を当て、喋る姿は舞台女優さながらだ。

「あの人は、私を愛してなんかいなかった。私達は単に、利害が一致しただけよ。あの人は一級魔法使いの妻が、私は爵位が欲しかった」

 それだけよ、とつまらなそうに吐き捨てる。


「爵位さえあれば、あんな女に出し抜かれず、私こそが司になれたのに」

 わざわざギルド本部にまで怒鳴り込んできたのに、嘯く様は、すでに司の地位に興味をなくしているようだった。


 レナエルの意図が、どこにあるのか読めなかった。

 婚約者を殺された復讐ではない。

 司になれなかった恨みでもない。

 ならば一体、何故こんなことをした?


「なら、領主を襲った理由はなんだ?」

 セツは、慎重に質問を重ねる。ウルソン伯爵には、なんら罪はないはずだ。

「首長のくせに部下の不正も見抜けない。無能な領主に、魔法使い殺しを呼び寄せる証人になってもらったのよ。領主の証言なら、ギルドも無視できないでしょ」


「……ほお」

 やはり目的は、セツを引きずり出すこと。


「俺を起こすために二人を殺害し、伯爵を襲ったと?」

「あなたを呼び寄せられるなら誰でもよかったけど、罪のない人を殺すわけにはいかないじゃない」

 レナエルは肩を竦める。悪びれる様子はなかった。


「それで?」


 セツは裏切り者の魔法使いを見上げ、最も重要な、おそらく今回の事件の真相に繋がるであろう質問を口にする。

「この俺に、なんの用だ?」

「ん〜、ふふふ」

 赤い唇が、笑みの形に歪んだ。

 愉悦を含み、女は甘く囁く。


「魔法使い殺し……私、知っているのよ? あなたのヒミツ」


 そう言って、ふふ、と女は笑うのだった。

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