2ーPrologue ラギ王歴1624年海月とある島
「そっち行ったぞ!」
「承知!」
木々の合間を縫い、黒いローブを着た四人が山の斜面を走る。
声と同時にドォォンと爆音が鳴り、火柱が上がった。魔獣の断末魔が辺りに響き渡る。
「バッカっ! リーズ! 山ん中で火柱上げンな! 火事ンなったらどーすンだよ!?」
「ちゃんと気を付けてるわよ!」
「ジュール! 最後!」
「了解」
迫りくるイノシシ型の魔獣に、ジュールは目一杯水の弓を引き絞った。
水の矢は、一直線に魔獣の眉間を貫く。
「グオオオオォッ!」
撃ち抜かれた眉間から黒い粒子が溢れ出し、魔獣は見る見るその姿を崩していく。
最後の魔獣を倒し、ジュールはホッと息を吐いた。
「イェーイ! 楽勝!」
「お疲れ!」
四人の若い魔法使いは手を打ち鳴らす。
魔獣討伐の完了を笑顔で喜び合った。
「全戦全勝! オレら、無敵くない?」
「ふふん、この調子なら魔者相手でも勝てそうね」
土使いのレオが意気揚々と言えば、炎使いのリーズが不敵にうそぶく。
「おっと、二人とも自信満々ですなぁ」
「滅多なこと言っちゃダメだよ。ボクたちはまだまだ経験不足で弱いんだから」
風使いのディアが揶揄えば、水使いのジュールがやんわりたしなめた。
四人はこの春に魔法学校を卒業した、新人魔法使いである。ローブの襟元で輝くボタンは金色。銅色、銀色ボタンを飛ばし、卒業と同時に一級魔法使いと認められた、いわば魔法使いのエリートだった。
「っかし、リーズよぉ、所構わずドッカンドッカンでっかい魔法撃つなよなぁ、ヒヤヒヤするわ」
レオが頭の後ろで両手を組みながら、文句をつける。赤みがかった茶髪の毛先が無造作にハネていた。
「そんなヘマしないし。肝の小さい男」
レオとは逆に、真っ直ぐに切り揃えられた黒髪に薄い眼鏡のリーズは、仲間の苦言を取り合わない。
「オレはぁ、常識人なンですぅ」
「まあまあ、これで村の人達も安心だし」
黙っていれば美少女にしか見えない亜麻色の髪の小柄なジュールが、穏やかに仲裁に入った。
そこに、ディアが割って入る。ポニーテールを揺らした小麦色の肌の少女は、ひそりと声を落とした。
「ねえねえ、聞いた? 魔法使い殺しが起きたって」
ピクリ、とジュールの耳が動く。
「おー、最強の魔法使い」
「冷酷無慈悲の魔法使い殺し、ね」
ジュールの耳が、再びピクピクと反応した。
「みんなマジでビビってンのなー」
レオが他人事のように感想を漏らす。マスターのお膝元であるギルド本部ですら、二級三級魔法使いや職員は、最強の魔法使いを恐れていた。
ギルドを裏切れば最強の魔法使いに殺されると、魔法学校でも教え込まれる。
だが、全属性の全魔法を無詠唱で発動させるーーそれがどれほど偉大なことか。
強くなればなるほど、マスターに対する恐怖よりも、畏敬や尊敬が増す。実力主義の魔法使いにとって、それは当然の反応だった。
「しっかし、バカな奴もいるのな。ギルドを裏切るなンて」
「だね。裏切れば殺されるのにね」
仲間の話を聞きながら、ジュールはウズウズソワソワ落ち着かない。
「裏地も黒なンだろ? 魔法使い殺しって二つ名もカッコいいし。いーよなー」
「確か、白い髪、だったよね」
「でも、まだ若い男の人じゃなかった?」
「あ、あのさ!」
そこで、ジュールが我慢の限界に達した。
「ボク、急用を思い出したから、ここで失礼するね!」
「ちょっ待て待て待て!」
ジュールは足早に去ろうとするが、逃げる前にレオに容赦なく引き戻される。
「不自然すぎるだろが!」
「レオ、離して〜、ボク、行かなきゃならない所が……!」
ジタジタ暴れるが、いかんせん女の子のように華奢で小柄なジュールでは、レオの腕は振りほどけない。
「こんな山の中で、ここで失礼するねって」
「無理があるよ?」
リーズとディアもケラケラ笑う。
「うわああああああん! だってもう無理! 我慢できない! みんなには黙ってたけど、ボク、ボク、マスターに憧れてるんだ!」
この機会を逃したら、下手をしたら、生きている間には会えないかもしれないのだ。
「だからボク、本部に行く!」
「うん。だから」
「行かせてぇぇぇ!」
「聞けっての!」
ペシリ、と亜麻色の頭をレオがはたく。
「オレらも一緒行くって!」
「……へ?」
ぽかんと、腕の中から上目遣いにレオを見上げる。これが男だなんて詐欺だ、と思うほどには可愛い。
「だー! もう! そんな可愛い顔すンな!」
レオはウッと顔を赤らめ、謎にもう一発ペシリ。
「あのさ! ジュール隠してたみたいだけど、オレらずっと前から知ってっから!」
「え?」
「ジュールの憧れ、魔法使い殺し」
「え? え?」
「授業でも、魔法使い殺しの話になると、顔キラッキラさせてたもんねー」
「ええええええええええ!?!?!?」
三人にかわるがわる暴露され、ジュールが混乱した。
「嘘!?」
「いや、ホント」
レオに真面目に頷かれ、ジュールの顔がボッと火を吹く。恥じらう姿は、どこからどう見ても完璧な美少女だった。
そんなジュールを慰めるように、ディアが激しく同意する。
「わかる! わかるよ、その気持ち! アタシは断然ジル様! ジル様素敵!」
ディアが、握り拳つきで共感した。
水司の素晴らしさを語る機会は見逃さない少女に、レオが肩を竦める。
「まーた始まったよ。そンな好きなら、ジュールに頼めばいくらでも会えるじゃン」
「はああ? そんなつもりで、ジュールと友達になったんじゃないし! ジル様のファンとして、そんな卑怯な抜け駆けできるわけないでしょ!」
水司の弟であるジュールに頼めばいつでもジルに会えるが、ディアは頑としてそれを拒否した。
「うーわ、最低。レオは打算で友達選ぶんだ」
怒ったディアと批難がましいリーズに加え、ジュールの明るい水色の瞳がマジマジとレオを見上げる。
土使いの青年は、あっさり降参した。
「あーもう! オレが悪うございました!」
「『宵闇屋』で手を打ってあげるわ」
「なんでリーズが手ぇ打つンだよ!」
まんまとしてやられたレオは、行きつけの甘味屋で奢らされるハメに陥ってしまった。
「アタシ宝石箱〜」
「ワタシは深淵に浮かぶ真なる正義!」
「それなんだっけ?」
「あんみつと白玉ぜんざい」
「ネーミングセンスな! 独特すぎるだろ!」
四人は顔を見合わせ笑い合う。
若い魔法使いたちは賑やかに、とある島のとある山を後にした。
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