2ー52 自称秘書

「彼、やっぱりいいですね」 

 ロワメールのそばで、カイがジュールの後ろ姿を見送りながら呟いた。


 魔法使いとして経験こそ浅いが、これから強くなるのは想像に難くない。その上ロワメールを敬いながらも、対等の友人として接している。


(ジュールが第一候補で決まりですね)

 カイがひそりと浮かべた笑みに、ロワメールが白い目を向ける。


「まーたなにか悪巧みしてる」

「悪巧みだなんて心外ですね。私は常にロワ様のことを考えていますよ」


 ニコニコと笑顔を見せる側近に、ロワメールはつい不安を覚えてしまった。

 カイはロワメールのためなら、いくらでも非情になる。カイの忠誠心を信じているからこそ、釘を刺さずにはいられなかった。


「セツが気にかけてるから、ジュールにひどいことしないでよね」

「もちろんです。ロワ様のご友人を利用したりはしませんとも」


 ぶっきらぼうに命じながら、カイの台詞に強烈な違和感を感じる。

 ……友人ってなんだ?


「ちょっと待って。まさか、さっきの話聞いて……」

「はっはっは」

 ロワメールが三度顔を赤らめ、カイの着物を掴んだ。

「どこから聞いてたの!?」

「えーと、ジュールの、だって魔法使いお嫌いだから、辺りから?」

「嘘だ! だってその時、近くにはぼくしかいなかった!」

「読唇術ですね」

 この優秀な側近は、いつの間にそんなスキルを身に付けていたのか。


「そんなのできるなんて聞いてないー!」

「不測の事態にも対応できるように、習得しました」

 なにそれ。

 カイは握り拳つきで自慢するが、どんな不測の事態を想定しているのか。

(風邪で声出ないとか?)


 意味不明なスキルの使い道にロワメールが頭を悩ませていれば、セツはセツで素っ頓狂な声を上げていた。

「秘書!?」

 そちらに視線を向ければ、セツがフレデリクに迫られている。なにやら意味不明な状況に追い込まれているようだった。


「マスターは弟子をとらないそうですが、秘書とかどうですか?」

「いや、いらない……」

「おれ、役に立ちますよ」

「いや、いい……」

「炊事洗濯掃除、なんでもできます!」

 それはセツの得意分野である。しかも、もはや秘書とか関係なかった。


「あーあ、またフレデリクさんの悪い癖が」

 このままでは押し切られてしまうのではないかとハラハラ見守るロワメールに、リュカが「ども」と挨拶する。


「悪い癖?」

 腰に手を当て呆れているリュカに、ロワメールが質問した。セツがからんでいる以上、他人事ではない。


「フレデリクさん、魔法バカなんすよね」

 大人で、紳士で、実力も人気もあるフレデリクだが、欠点はあった。

 大きな声では言えないが、かつて妻に捨てられたのも、「私と魔法のどっちが大事なの!?」と責められ、答えられなかったから、と救いようがない理由である。


「じゃあ自称秘書で」

「なんだそれは!」

 手強いセツに、フレデリクも負けてない。


 弟子志望に、このままでは自称秘書まで増えてしまう。

 セツが最強の魔法使いとして尊敬される、それは、ロワメールが望んだ未来に近いはずだった。


(でも、なんだろう……)

 胸のあたりがモヤモヤする。

 モヤモヤモヤモヤ、なんだか気持ち悪い。


「ご心配なく。オレが引き取るんで」

 思いっきり不安そうな顔をしている王子様に、リュカが胸を叩く。


「マスター困ってるじゃないすか。フレデリクさん、治療まだなんだから行きますよ」

 ガシと腕を掴み、力技で引っ張って行く。

「おれはかすり傷だから、必要ないのに」

「四の五の言わずに、ちゃんと治療受けてください。傷口からの感染症甘く見てると、痛い目みますよ」

 よほどセツと離れ難いのか、野営地をひきずられながらも往生際が悪い。


「だいたいなんすか。自称秘書って。そんなんまかり通るなら、オレだってフレデリクさんの自称弟子っすよ」

 リュカは文句タラタラだ。例え自称だろうが、名乗れるものなら弟子を名乗りたい、それがリュカの本音である。


「うーん、そうだなぁ。おれの弟子を名乗るなら、条件がある」

 リュカの足が、ピタと止まる。

 これまで頑なに認めてくれなかったのに、どんな心境の変化か。


「なんすか?」

「もし、また今回みたいなことがあっても、おれと一緒に死のうとするな」

 フレデリクが仲間を助けるために自らを犠牲にしようとしたように、リュカもフレデリクと共に戦って死ぬことを選ぼうとした。

 フレデリクはそれが気に入らないのだ。


 リュカは天を仰ぎ、フウと息を吐き出す。

「了解です」

「その場しのぎの適当じゃなく、ちゃんと約束できるかい?」

 ずいぶんあっさり了承したリュカに、フレデリクが怪訝がる。リュカの性格的に、簡単に飲める条件ではないと思ったのだが。


「フレデリクさんの弟子を名乗るなら、今以上に強くならないと、フレデリクさんに恥をかかせますからね。オレはもっともっと強くなって、フレデリクさんみたいに強くなって、魔者と戦ったって、ちゃんと倒して、フレデリクさんと一緒に生きて帰るんです」

 己の弱さは痛感した。なら、後は上を目指すのみだ。


「だから、なんの問題もないっしょ、師匠?」

 シシ、と白い歯を見せて笑う弟子を、フレデリクはあっさり拒否した。

「あ、師匠なしで。兄貴もね」

「なんでですか!?」

「えー、だってなんか照れるから。これまで通り名前でね」

 妙なところでわがままを言う師匠は、早速ウキウキと修行のメニューを考え始める。


「リュカはまず、防御の強化が最優先だね」

「うっ!」

「あんなお粗末な防御魔法じゃ、おれの指導不足が疑われるから」


 お粗末、という単語が、グサリとリュカの胸に刺さった。

 リュカの防御魔法が魔者に破られたことを、実は、師匠はずっとお怒りだったようだ。

 リュカはダラダラと滝のような汗を掻く。


(ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。これはヤバいッ!)


 晴れて弟子となった以上、容赦のよの字もなく、それはもう徹底的に鍛えてくださるつもりなのだろう。

 魔者の城からは無事生還したが、明日からは修行という名の更なる試練を生き延びねばならなくなった。

 爽やかな笑顔の師匠とは裏腹に、過酷を極めるシゴキを想像し、弟子は一人打ち震えるのだった。

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