2ー51 つまり友達ってことでいいと思う
ジュールとフレデリクがバッタリと出会ったのは、偶然ではなかった。
「ジュール、もしかしてマスターを探してる?」
「はい。橋の所に殿下といらっしゃると聞いて。フレデリクさんも?」
「うん。そうなんだ」
そうして二人が見つけた時、セツは湖に向けて両腕を伸ばしているところだった。
「マスター! どうかされたんですか?」
また魔獣が出たのかと、ジュールが駆け寄る。セツは魔法を発動する直前に見えた。
「あの城、あっても邪魔だし、片付けようと思ってな」
マスターは、相変わらずとんでもないことをサラッと告げる。
あんな巨大建造物、重量も体積も相当なものだ。簡単に片付けられるものではないし、そもそも普通は片付けるという単語も使わない。
魔法使いたちはまた引いてるんだろうな、とロワメールが見れば、二人は目を輝かせていた。
(ん?)
ジュールはともかく、フレデリクまで目を輝かせている?
そう言えばこの土使いは、城からの帰還時もセツのそばにいたような……。
「見ていていいですか?」
「好きにしろ」
フレデリクに許可してから、セツはジュールに顔を向ける。
「城を壊すと同時に、湖の水が溢れないようにしなければならない。できるか?」
ジュールは、明るい水色の瞳を大きく見開いた。
憧れのマスターと一緒に魔法を使える――けれどそのチャンスに、ジュールは飛びつかなかった。
「すみません。ボクにはまだできません」
セツは気安く尋ねたが、そんな易しい話ではない。湖全域を覆う広範囲魔法が使えるか、と質問されたのだ。
自分の未熟で周辺に被害は出せない。
「何故出来ないと思う?」
「ボクではまだ、この湖全体に魔法を行き渡らせることができません。なにより暗いし、城で対岸も見えないので、制御できる自信がありません」
学校で習う広範囲魔法は、精々グラウンド一面分くらいのものだろう。
ソウワ湖の面積は十平方キロメトル以上ある。新人魔法使いの手には余る広さだ。
「ジュールは魔法理論、魔法術式はよく理解している。魔法の練度もその年にしては上出来だ。魔力量も申し分ない」
セツに褒められ、魔法学校首席卒業生がはにかむ。
「ジュールに足りないのは経験と自信、そしてできない原因は、視覚に頼りすぎているからだ。視覚ではなく、魔力の流れを意識するといい。俺の魔力の流れを追ってみろ」
「は、はい!」
セツは再び両腕を湖に伸ばした。右掌は黒城に、左掌は湖に向けられる。すると砂糖菓子が水に溶けるように、黒城がホロホロと崩れていく。同時に、湖全面を覆って水魔法が発動していた。
そしてあれよあれよと言う間に、湖は元の静かな湖面を取り戻す。
「できただろ?」
「できました……!」
軽く息を上げながら、ジュールは頬を紅潮させた。
魔力の流れを追うと言っても、湖の広さとセツの魔法の速さは、ジュールにとって未知の領域だ。自分ができたことに驚いている。
「これからは、魔力の流れを意識しろ。あとはもっと広範囲に魔力を広げる練習だな」
「この湖よりもっと広範囲? 『大海の一滴』とか?」
三人の魔法使いに見つめられ、ロワメールは失言を自覚した。
「ごめんなさい! つい……!」
いくら知識があろうと、素人が口を挟むべきではない。しかもロワメールが口にしたのは、マイナーな水の広範囲魔法である。
「殿下は、魔法に造詣が深いんですね」
恐縮しきりのロワメールに、フレデリクが感心してみせた。
「殿下、マスターが好きすぎて、魔法の勉強までされてるんですね!」
ジュールには面と向かって事実を突かれ、ロワメールが赤面する。
「そうだけど!? そういうことは、思っても黙ってるもんじゃないかな!?」
「そうですか? ボク、自分以上のマスターファンはいないと思ってたんですけど、本当、殿下には勝てる気がしません」
ジュールが純粋な分、ロワメールが恥ずかしさに身悶えする。フレデリクが必死に笑いを堪えている気配が漂ってきて、尚更居た堪れない。
「あー、ロワメール。水魔法はその気になればいくらでも広げられる。見ていろ」
そう言うと、セツは湖面を薙ぐように手を一振りした。
すると、湖の全面から無数の水滴が浮かび上がる。水滴は魚の形に姿をかえ、空中高く飛び跳ねたかと思うと、月光を反射してクルリと回転する。
「うわぁ……!」
幻想的な光景に、ロワメール達から歓声が漏れた。
「この『水幻』だって、基本は局所魔法だが、魔力を行き渡らせれば広範囲魔法になる。局所だとか広範囲だとかは、便宜上の呼び名に過ぎない」
セツはロワメールが望めば、どんなことでも教えてくれた。ロワメールが魔法を使えなくとも、知りたい、という気持ちを尊重してくれる。
魔法使いの中には、ノンカドーが魔法について知るのを快く思わない者もいるが、フレデリカもジュールも気にする風もなかった。
「マスター、ところでさっきの魔法ですが、起点は城の尖塔の先に置いて、そこから……」
フレデリクが専門的な質問をセツに投げかける。そこから、二人でなにやら難しい話を始めてしまった。
ロワメールは火照る顔を夜風で冷ますが、その頬に視線を感じる。
「なに?」
マジマジと自分を見上げるジュールに、今度はなにを言い出すかと警戒した。
「ボクも、ロワサマって呼んでいいですか?」
予想外の許可を求められ、ロワメールはおおいに焦った。
(なんでジュールはこう、次から次へと!)
王族を愛称で呼ぶことを許されるのは、親しい間柄の者だけだ。
「好きにしたら」
フイ、と横を向く。耳が熱いが、端から顔が赤くてよかった。
「いいんですか?」
(どうして念を押す!? 好きにしていいって言ってるのに!)
動揺するロワメールにお構いなしに、ジュールはフレデリクを気にして声を小さくする。
「だって、魔法使いお嫌いだから」
「べ、べつに、君のことは嫌いじゃ……」
ゴニョゴニョと語尾がはっきりしない。
「……そもそもジュールが嫌いなんて、一言も言ってない。セツを魔法使い殺しと呼ぶ魔法使いが嫌いだと言ったんだ」
大きな水色の瞳に見つめられ、ロワメールがボソボソと屁理屈をこねた。
「ありがとうございます、ロワサマ」
ジュールは嫌いではない、という一言に満足したのか、それ以上の追求は免れる。
ロワメールは幾分の敗北感を覚えた。
(なんだろう、この言わされた感……)
それはそれは可愛らしい笑みを浮かべる可憐な魔法使いに、王子様は頬を掻く。
(ま、いいけど、べつに)
友達になるのにもいちいち許可がいる、王族というのは案外面倒であった。
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