2ー53 瓢箪から駒とか棚からぼた餅とか

「ふわぁ、やっぱり家が落ち着くー」

 うーん、と伸びをし、ロワメールはだらんとソファに寝転がった。


「そこで寝るなよー」

「うーん」

 普段は向かいに陣取るロワメールが、何故か今晩はセツの横でゴロゴロしている。

 やはり疲れたのか、ロワメールはうつ伏せで腕をプラプラ垂らしていた。


「眠いなら寝ろよ」

「うーん……」

「寝るなら部屋に行くんだそ」

「うーん……」

 生返事だけで、一向に起き上がる気配がない。すでに半分寝ているのかと思って顔を覗いても、案外しっかり目は開いている。


「……なにかあったのか?」

「ううん」

 ロワメールは、眠いわけではなかった。確かに少し疲れてはいるが、先程から続いている胸のモヤモヤが消えないのだ。

 空腹のせいかと思ったが、お腹いっぱい夕飯を食べても、まだモヤモヤしている。

 だからこうして、セツの隣で横になっているのだ。


「ロワ様! なんですか、そんなだらしない格好をして!」

 ようやく帰ってきたカイが、開口一番叱責する。王宮では見せない行儀の悪さである。

 ロワメールはチラリと側近を一瞥しただけで、後は知らんぷりだ。


「まあ、いいじゃないか。王宮じゃないんだ。今日は疲れたんだろう」

「お疲れなら寝室でお休みください!」

 もっともである。


「まあまあ。少しは大目に見てやっても」

「セツ様はまたそうやって、すぐにロワ様を甘やかす!」

「べつに甘やかしているわけでは……」

 カイに叱られ、セツの語尾がゴニョゴニョと小さく消える。


 カイは気が気ではないのだ。それでなくても、ロワメールはセツが大好きなのだ。その上ここの居心地が良ければそのうち……。

「カイー、キヨウに戻らないでいい、公正明大な都合の良い理由ないかなー?」


 カイは額を押さえる。

 言うと思った。

 絶対、言うと思った!


「ないに決まってるでしょう!」

「なんか考えてよー」 

 大仕事をようやく終えて、帰ってきた途端の無理難題。わがままを言ってくれるのは嬉しいが、時と場合は考えてほしい。


「政務なら、ここでもちゃんとするし」

「そういう問題ではありません!」

「でもぼく、ここにいたいなぁ……」

「なりません! ダメですよ、そんな顔したって。私はほだされませんからね!」

「えー」


 側近の懐柔に失敗したロワメールは、とんでもないことを言い出した。

「じゃあぼく、セツの養子になるー」


 カイが天を仰ぐ。冗談でもそんなこと、国王の耳に入れられない。

(どうして今日に限って、こんなにごねているのか……)

 何故か不貞腐れた顔で、ロワメールは拗ねている。


「今更か?」

 そんな王子様に、セツは小さく笑ったようだった。

「え……?」

「俺は十八年前から、お前の名付け親だぞ?」


 当たり前のことを、当たり前のように言われて。けれどそこに、それだけではない意味が含まれている気がして。

 ロワメールは言葉の真意をじっくりと考えた。

 セツは照れ屋で、ハッキリとは言ってくれないけれど。

 それってつまり、養子になんかならなくったって――。


「ぼく……セツの子どもなの……?」

「あ、でもロワメールには実父と養父が二人いるな。もうこれ以上いらないか」

「三人でも全然大丈夫!」

 ガバッと起き上がり、膝を寄せる。なりふり構っていられない。


「え!? いいの!? ホントに!? ホントのホントにいいの!?」

「だから今更、だ」

 挙動不審なロワメールとは対称的に、セツは至って普通だった。

 良いも悪いもなくて。

 セツにとっては、とっくにずっと。


「……ぼく、セツの息子?」

 モジモジと上目遣いで確認する。


 セツは、銀の髪をくしゃくしゃと撫でた。

 優しく微笑むアイスブルーの目が、セツの答えだ。 


「え、えへへへへへへへへ」

 笑み崩れるとは、まさにこのことか。

 ロワメールは、カイがついぞ見たことないような顔をしている。


「だからな、お前がいたいだけ、ここにいていいんだぞ? キヨウに戻ったって、いつでも帰って来たらいいんだ」

 うんうんと頷くロワメールは、胸のモヤモヤなんて綺麗さっぱり忘れ去っている。


「……すんごいセツ様の頭はたきたいんですけど、いいですかね?」

「なんでだよ!?」


 ご機嫌で睡魔に白旗を上げ、跳ねるような足取りで自室へと戻っていった王子様を見送り、不穏な発言したのは側近筆頭である。


「どこまでロワ様たらしこめば気が済むんですか!?」

「たらしこむってなんだ!?」


 カイが忠誠を捧げる王子様は、明るく聡明で優しい、自慢の主だ。なのに、だ。

 名付け親限定であんなに可愛いとか、ズルいではないか!

 ガルガルと噛みつかんばかりのカイに、セツは苦言を呈す。


「だいたいあいつも、本気じゃないだろ。あいつは、王子として生きる覚悟を決めてる。それは、あいつの一番の理解者であるお前が、誰よりわかってるんじゃないのか?」

 その言い方はずるい。

 そんな言われ方をしたら、カイは反論できないではないか。


「……あいつは、赤ん坊の時から王子として育ったわけじゃない。王子ではない自由を知ってるんだ」

 その責任はセツにある。セツが責任を取るのが筋というものだ。


「俺にくらい、好きなだけワガママを言わせてやれ」

「セツ様……」

 一見いい話に聞こえるが。


「それって単に、セツ様もロワ様が可愛いだけですよね?」

 セツは否定しない。

 図星らしい。


「可愛がりたいだけ可愛がる、そんな美味しいとこ取り、許されると思ってるですか?」

「そんなつもりは……」

「なんですって? 聞こえませんねぇ」


 分が悪くなり、顔を背けるセツの両頬を両手で挟み、無理矢理こちらを向かせる。

「私の目を見て、もう一度ちゃーんと言っていただけますか?」

「そんなことは……」

 ない、と部分が続かない。


「なんですかねぇ、この親子は」

 もう少しいじめてやろうかと思ったが、さすがのカイも今日は疲れた。早々にセツを解放する。

 ロワメールに一心に懐かれる、羨ましすぎる名付け親もまた、国王に負けず劣らずロワメールを可愛がっているのだ。


 馬鹿馬鹿しすぎてやってられない――カイの心境はその一言に尽きるのだった。

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