2ーÉpilogue いやだぁああああああああああーー!!

 その後、司とカイは事後処理に追われ大忙しであったが、反対にロワメールとセツはのんびりとした日々を過ごしていた。

 とくにロワメールは上機嫌で、ぼくセツの息子〜とかなんとか、訳のわからない歌を歌いながら、終始ご機嫌である。


 司の使いのジュールにも、用もないのにやって来るフレデリクにも、嫌な顔ひとつ見せず余裕の対応をしている。

(だってぼく、セツの息子だから!)


 満面の笑顔で出迎えられ、肝を冷やしたジュールが、カイにコソコソ尋ねたものだ。

「ロワサマ、どうされたんですか?」

「セツ様に息子と思ってるって言われて、浮かれまくってるんです」

 カイは溜め息混じりだ。

 ああ、と納得しながらも、ジュールも苦笑する。

「本当、ロワサマ、マスター大っ好き! ですよね」

「いや、好きすぎでしょう?」


 側近としては頭が痛い。

 あんなに浮かれていては、キヨウに連れて帰れなかった。

 こんな状態でキヨウに帰ればどうなるか。

 見たこともないような上機嫌の理由は、口が裂けても国王には言えない。


 しかしロワメールはなにも、国王を嫌っているわけではなかった。父として、王として、尊敬している。

 宮廷で、ロワメールはある質問をされたことがあった。


 ――殿下の尊敬される方はどなたですか?

 諸侯が集まる場で、そんなことを聞いた貴族がいた。国王と王太子の第二王子への溺愛っぷりは知れ渡っていたので、ロワメールがどう答えるか。

 ――国王陛下です。


 反第二王子派がいなければ、宮廷は至って平和なものである。国王親子は末っ子にどちらがより好かれるかを競い合っており、それを知る貴族たちは密かにそれぞれを応援して、宮廷内では呑気な派閥争いが起きている。

 ――では、憧れる方は?

 ――王太子殿下です。

 その場にいた父と兄の顔を立て、ロワメールはそつなく返した。

 二人共に花を持たされ、そこでやめておけばいいのに、いらんことを聞いた輩がいたのだ。


 ――では、カッコいいとお思いなのは?

 果たしてその貴族がどちらの派閥だったのかは知る由もないが。

 ――ぼくの命の恩人です!

 悩むことなく、自らの名付け親と答えた時のいい笑顔ったら。


 そんな阿呆な質問をした貴族は、国王と王太子に不機嫌に睨みつけられ、そそくさと退散した。

 二人共、最大のライバルは互いではなく名付け親だと認識したであろう。


(まだしばらく協議に時間がかかるだろうから、大丈夫でしょうけど)

 いくらなんでも協議が終わる頃には、沈静化しているはずである。


 カイの心痛をよそに、ロワメールはいまにも踊りださんばかりに、楽しげに毎日を過ごしていた。

(だって、ぼくはセツの息子だから〜)


 完全に舞い上がっているロワメールは、だから最初、意味がわからなかった。

 久しぶりの協議で炎司から告げられた言葉を、厳密には、脳が理解することを拒否した。

「私共魔法使いギルドは、ロワメール殿下に従います」

「………………………え?」 


 ロワメールの笑顔が、ピシリッと音を立てて固まる。

 彫像と化す王子に、アナイスはにこやかに続ける。

「私共は、殿下のお言葉にたいへん感動いたしました」

 アナイスだけでなく、後の三人の司も大きく頷く。


 ――魔法使いもマスターも含めて、この皇八島に住む全ての人を守るのが王族だ!

 ――国王陛下の名の下に、皇八島全国民が平等に法の庇護を受ける。ならば王子であるぼくが、国民を守るのは当然だ。

 王子にあそこまで言ってもらい、心動かない者はいなかった。


(言ったよ。言ったけど……)

 ロワメールは茫然と、アナイスの言葉を聞く。

「これほど魔法使いにお心を砕いてくださる王家の方が、これまでいらっしゃったでしょうか」

 王子のお心にお応えしたい。

 あの言葉を聞いて、魔法使いのためにとの申し出を拒むことはできなかった。


(確かにそう言ったけれども!)

 それは、あくまでセツに対して言ったつもりの言葉で。

 だから。


「一緒に、戦うことができる。あれほど誇らしく、心強い言葉が他にありましょうか」

(ちょっと、待って)


「助け合い、手を取り合い……私共が夢にも思わなかった理想の関係を、殿下は示してくださいました」

 セツを説得するために口走ってしまった騎士との共闘は、ロワメールが胸で温めていた絵空事にすぎない。

(あれは、こうなったらいいなって、ぼくの願望で……)

 あの時は緊急事態で、あれが最善手だと思ったから騎士隊を動かしたけれど。


「ギルドのこれからを左右することです。もっとゆっくり話し合っていただいて結構ですよ?」

 強張った笑顔を貼り付かせたまま、ロワメールは焦る。

 ロワメールがシノンに滞在する理由は、司との協議のため。

 つまり、この話し合いが終われば、セツの家に居座る理由がなくなるということで。

 つまり。


「お心遣い、感謝いたします。けれど私共は、満場一致でこの結論に達しました」

(ぼく、そんなつもりで言ったんじゃ……!)

 協議が合意に達したのは嬉しい。

 セツを救うために、この法案は絶対に認めさせたい。

 けど、けど……!


「無理強いはしたくありません。時間をかけてもいい。これからの両者の関係のために、心から納得してもらいたいのです」

 本来なら喜ばしいはずの司の言葉に動揺しまくっているロワメールを、セツとカイが両隣から見ている。

「殿下は本当にお優しい。これは私共ギルドの総意」


(い、いやだ……)


 この話し合いが終われば、ロワメールはキヨウに戻らねばならない。

 ぼくはまだ、セツと一緒にいたい。

 キヨウに帰りたくない。


(いやだいやだいやだ……!)


 セツと、離れなければならない。

 だから。

 協議はずっと続いていいのだ。むしろ続いてくださいお願いします!

 なのに――。


 司は無情にも、ロワメールに頭を垂れた。

「私共魔法使いギルドは、ロワメール殿下に従います」


(いやだぁああああああああああーー!!)


 皇八島史においても歴史的その瞬間。

 ロワメールの心の中で、絶叫が響き渡った。

   


                À suivre……



 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


第二話、これにて終了です。最後まで読んでいただけてとても嬉しいです! ありがとうございました!

次回より第三話 魔者の花嫁編 をお送りいたします。


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