3ー24 生物の本能を問う
「魔獣って……え? 冗談、だよね? だって、どう見てもただの子ネコにしか……」
ロワメールが愕然と呟く。
(この小さな子ネコが魔獣?)
こんなにもあどけなく、人懐こい子ネコが……?
子ネコは、普通のネコとなんら区別がつかなかった。ロワメールの知る凶暴な魔獣とは、あまりにかけ離れている。
とてもではないが、魔獣だなんて信じられなかった。
「お気持ちはわかりますが……」
駆けつけたジュールも、まさか子ネコとは思っていなかったのか、戸惑いを隠しきれない。
「魔獣って、そんな……」
立ち尽くすロワメールは、視界の端でチラチラと燃える炎にギョッとした。
「その炎どうする気!?」
「その魔獣を殺す」
手に炎を持ったジスランに告げられ、ロワメールは絶句する。
「ちょっ、ちょっと持って。殺すって、そんな……」
子ネコは魔獣だ。
だから、ジスランの判断は正しいのかもしれない。
けれど。
「待って! そんなのダメだよ」
「魔獣と信じられないお気持ちはわかりますが、その子ネコは本当に……」
「違う。君たちを疑ってるんじゃない」
ジュールたちの判断が信じられないのではなかった。そうではなくて。
「懐かれて、情が湧いたんですか!?」
ロワメールが躊躇う理由がわからず、カイが困惑する。
子ネコは状況がわかっていないのか、ちょこんと座ってロワメールを見上げていた。長いシッポが呑気にゆらゆら揺れている。
「まだ子ネコだよ? 人を襲ったこともないはずだ」
その小さな爪や牙で、なにができるというのか。
「小さくても魔獣だ。人を害する力を持っている」
その言葉に、ロワメールはひどくショックを覚えた。
呆然と、ジスランを見返す。
「……人を害する力を持っているから、殺すの?」
人を襲ったことがなくとも、その力を持っていることが罪だと言うのか。
(その力は、君たち魔法使いも持っているのに)
コウサの帰り、船上でセツが言っていたことを、初めて、本当の意味で理解した。
(こういう、ことか……)
ズン、と鉛を飲み込んだような重さを胃の腑に感じる。
(セツは、こんな重荷を背負っているのか)
普通の人々にはない、異端の力を持つ少数の人々、それが魔法使いだ。
魔族と同じ力を持つ者を危険だと判断したら……人間は容易く、排斥の道を選ぶかもしれない。
(そうなるのを防ぐために、セツが魔法使いを守っているのに)
今ここでなんの罪もない子ネコを殺せば、魔法使いの迫害を許容するようで、ロワメールははっきりと拒絶を示した。
「ダメだよ。ぼくはそんなの認めない。許さない」
「ロワサマはこのネコを、どうされたいんですか?」
王族の命令は絶対だ。しかし魔族に関しては、魔法使いにも発言権がある。
「なにか、思うところがおありなんですよね? そのお考えをお聞きした上で、お望みを叶えられるかどうか、ボクたちが判断します」
ジュールは魔法使いとしての立場を保持しながら、ロワメールの意見も聞いてくれる。
その優しさに、ロワメールは少し息が楽になった気がした。
――盾にも剣にも、一切の罪はないのです。
炎司は言った。
――わしは基本、わしらと人は共存できると思うておる。
そう語ったのは、少年魔主だ。
二人の言葉が、脳内でグルグル回る。
子ネコは、ロワメールが自分を見てくれていると気付くと、なでなでして、とコロンと仰向けに転がった。
ロワメールは、黙ってお腹を撫でてやる。子ネコは嬉しそうに目を細めた。
「……魔法使いは、魔獣を見つけ次第殺さないといけないの?」
「ギルドの規定に、そういう決まりはありません。一般に、魔獣が人を襲う現場に遭遇、もしくは依頼を受けた場合に魔獣を退治します」
魔獣がこんな街中に姿を表すことはない。あるとすれば、人を襲う時だけだ。
「そう……」
短く返事をし、ロワメールはわずかの間、瞳を伏せる。
「なら、それを前提として話すけど。まず、この子は飼いネコなんだ。魔獣とは知らずに、飼ってるんだと思う」
首の赤いリボンがその証拠だ。
「カイ。ペットは、飼い主の財産に相等するはずだよね」
「はい。皇八島の法では、そう定義されています」
「なら、凶暴化して人を襲っている状態でければ、魔獣であるという理由だけで、即抹殺は避けるべきだ。例え魔法使いでも、それは不当だと、ぼくは思う」
「では、どうすべきと?」
「まず飼い主に事情を説明するべきだ。その上で、次の判断に移るのが正当じゃないだろうか」
ジュールだけでなく、カイもジスランも黙ってロワメールの話を聞いている。
「次に、この子の処遇についてだけど。そもそも魔獣が人を襲う理由は、魔力の暴走か穢れが原因でしょ。今現在暴走の兆候はないし、魔力の穢れも見られないんじゃない? なら、この子が人を襲う可能性は限りなく低いはず。違うかな?」
ロワメールが問いかければ、レオール兄弟は顔を見合わせた。
「……って、セツが言ってたよ」
ヤバい、と思って、ロワメールは慌てて付け足す。魔法使いなら知っていると思ったが、違ったらしい。
(セツごめん)
言ったのはセツではない。このユフ島の魔主である。だがそれを、正直に話すわけにもいかなかった。
「そうだったんですね」
「さすがマスター、そんなこともご存知なんですね」
カイとジュールの賞賛に、ロワメールはほんの少し胸が痛んだ。
「とにかく、そういうわけだから、飼い主を探して事情を説明するのを優先すべきだと思う。この子をどうするかは、それからでも遅くは……」
話の途中にも関わらず、ロワメールはガクーッと盛大に脱力した。
撫でられて気持ちよかったのか、一生懸命に走って疲れたのか、いつの間にか子ネコが眠っていたのだ。
これにはカイもジュールも、思わずポカンと口を開けてしまう。ジスランですら手元の炎を消し、首を振っていた。
「君に生存本能はないのか!」
今まさに己の生死がかかった議論がされているというのに、子ネコはへそ天で、それはそれは幸せそうにくーくー眠っていたのである。
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❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
3ー25 もしも、があるなら は、10/23(水)の18:30頃に投稿を予定しています。
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