3ー25 もしも、があるなら

 魔法学校時代は、ひたすら勉強した。そうしたら、一人きりなのを忘れられたから。

 卒業した後は、がむしゃらに仕事をした。一匹でも多く、魔獣を倒したかったから。


 強くなって。

 もっと強くなって。

 この国の魔族を根絶やしにするのだ、と。


 どれだけ息巻いても、胸にポッカリと空いた穴は埋まらなかった。

 いくら魔獣を殺そうと、ランスの家族は返ってこなかった。

 倒しても倒しても、虚しさだけが降り積もる。


(もし、姉さんが生きていたら……)

 この虚しさも、胸の内の空洞も消えてなくなるのに。

  

 トマスが見たのは、ファイエットである可能性が高い。

 七年前、ランスは姉の生死を確認せず、ずっと姉は死んだものと思い込んでいた。

 だから、何故魔者が姉の遺体を持ち去ったのか、ずっと疑問だったのだ。

 けれど、姉が生きていたのなら。そして、姉を花嫁にするためなら、全ての謎が解ける。


 人間のフリをしていたのも。

 恋人になりすましていたのも。

 両親を殺したのも。

 姉を奪い去ったのも、全部、全部、ファイエットを手に入れるため。


 魔者の卑劣なやり方に、ランスは腸が煮えくり返るようだった。

(許すものか)

 ギリッと奥歯を噛みしめる。


(絶対に、姉さんを奪い返してやる……!)


 その日の朝、ランスとセツは、シュエットゥ子爵の屋敷から風魔法『飛行』で飛び立った。

 カヤの街を抜け、ビオ山を越える。ユフは山の島と呼ばれるだけあり、眼下にはいくつもの山が広がった。その山々の合間のわずかな平地に、集落が見えてくる。

「あれか」

 セツの声に、ランスの緊張が高まった。


(あそこに、姉さんがいるかもしれない……!)

 目撃情報があった、ミクラ村である。






 ミクラ村は、よくある長閑な山里だった。四方を迫るように山で囲まれ、限られた平地に家や田畑が密集しいる。

 見上げれば、ピーヒョロロとトンビが鳴いて抜けるような青空を横切った。

 

 村の中は草木と土の匂いが濃く、どこからかセミの鳴き声が聞こえる。道の両脇にはナスやキュウリが実った畑が広がり、腰を曲げて作業する女や年老いた男女の姿が見受けられた。男衆は山に入っているのだろう。


「この大きさの村なら商店もあるだろう。まずそこで聞こう」

 歩けば、ほどなく二軒の店が見つかった。一軒は雑貨屋で、その向かいに食堂がある。

 雑貨屋の方は店番が見えず、食堂の方は扉が閉まっていた。さて、どちらで聞こうかと悩む前に、食堂の扉が開き、エプロンを着けた男が大きな樽を持って店先に現れた。


「ま、魔法使い!?」

 店主は黒いローブを見るなり、声を張り上げる。

 こんな田舎では、魔法使いを見る機会も少ない。うおーと声を上げながら、樽をドン、と地面に落としてしまった。


「あんたらも飯かい? すまねえ、まだ仕込み中なんだ」

「あんたらも?」

「ああ、こないだも魔法使いが、通りかかったうちの村で飯を食ってって……」

 男は首に巻いたタオルで汗を拭きながら、物珍しさにマジマジと魔法使いを眺める。


「俺の連れの、姉を探している。ファイエットという名の薬師なんだが、知らないか?」

 セツがランスを示すより前に、若い店主はファイエットの名前に反応した。

「え! あの美人の薬師の弟さん!?」


 ランスが大きく息を呑み、ついに見つけた手がかりに飛びついた。

「姉さんを知ってるのか!?」

「左目の下にほくろのある、あの美人なお姉さんだろ?」

 ランスに両肩を掴まれ、驚きながらも店主は首肯する。


「弟さんか。目がそっくりだな」

「子どもの頃に魔獣に襲われて、生き別れになったんだ」

「それは気の毒に」

 セツに聞き、店主はおおいに同情した。


「オレはこの通り元気だから、薬師のお世話になることもなくて、いつも眺めてるだけなんだが、彼女の面倒になってるもんも多い。雑貨屋のばあちゃんも……ちょっと待っててくれ!」

 店主は言い残して向かいの商店に走っていくと、すぐに店の奥から老婆を引っ張り出してきた。


「イレーヌばあちゃん! この魔法使いのお兄ちゃんが!」

「ああ? なんだって?」

「だから! この魔法使いのお兄ちゃんが! 薬師のお姉さんの! 生き別れの! 弟さんなんだって!」

 耳の遠いイレーヌ婆に、店主が大声で説明する。するとイレーヌ婆は仰天して、ランスの顔を骨ばった細い両手で挟んだ。


「よく顔を見せとくれ。ああ、ファイエットちゃんによく似てる。あの子はたいそう別嬪さんだけど、お兄ちゃんもいい男だ」

「本当に、姉さんが生きて……」

 熱い物が込み上げてきて、ランスは言葉に詰まる。

 イレーヌは、ポンポンとランスの肩を優しく叩いた。


「ファイエットちゃんは元気さね。よく効く薬をくれて、いつも労ってくれるよ。孫の嫁に欲しいくらいの、気立ての良いお嬢さんだ」

 姉の姿が目に浮かぶ。

(ああ、姉さんだ。昔から、ちっともかわってない)


 イレーヌ婆と魔法使いのやり取りに、農作業の手を止めて村人が集まりだす。

 食堂の店主に事情を聞くと、皆が口々に喋りだした。


「ファイエットさんの弟さん!?」

「彼女には、いつもお世話になってるよ」

「ファイエットちゃんは、次はいつ来るんだっけ?」

 村人たちが各々に話す中、誰かが聞いたその質問に、その場の全員が老婆を見つめた。


「えーと、持病の薬が今朝飲んで、残り一包だったから……」

 指折り数え、イレーヌがハタと顔を上げる。

「今日だよ! ファイエットちゃんはいつも昼過ぎに来てくれるから、もうすぐだ!」

 おお、とその場の全員がどよめいた。


「もうすぐ会えるぞ!」

「クレマン、ファイエットちゃんが来るまで、ここで待たせてやりなよ」

「もとろんさ! 魔法使い、遠慮せずにうちで待ってな!」


 村人たちがランスに優しいのは、ファイエットがこの人たちに愛されているからだ。

 村人から確かに姉の存在を感じられて、嬉しさと安堵にランスは泣きそうになる。


「有り難く好意に甘えて、待たせてもらおう、ランス」

 涙を流さぬように、小さく頷くだけでランスは精一杯だった。




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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー26 ネコ好きの、ネコ好きによる、ネコ好きのための は、10/25(金)の18:30頃に投稿を予定しています。

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