3ー2 お見舞い

 白く清潔な病院のベッドで半身を起こし、レオはぼんやりと窓の外を眺めていた。

 嫌になるくらい、いい天気だ。

 青い空に白い雲。煌めく陽光が目に眩しい。


「レオ、ここに着替え入れておくからね」

「あ、悪ぃな。ありがとー」

 ジュールが毎日面会に来ては、レオの世話をしてくれる。

 ディアとリーズもよく顔を見せてくれるが、男同士な分、ジュールの方が気兼ねなかった。


「毎日ごめンな。来てもらって」

「友達だもん。気にしないで」

 ジュールは可愛い笑顔で、レオを気遣う。


「そう言えば、シモンさん、幸せそうだったよ〜」

「ハハ、オドレイさんに付きっきりで看病してもらってるもンな」

 シモンはレオ以上の大怪我だが、幸せな入院生活を送っているようだった。


「シモンさんは、恋人を身を挺して守ったんだ。カッコいいよな……」

 それに比べてオレは。

 後悔ばかりが、グルグルとレオの頭を巡る。


(戦闘でも役立たずで、終わってからも仲間に迷惑かけて)

 ジュールは、戦闘のことに一切触れない。

(なにジュールに気ィ遣わせてンだよ)


 優しい友人は、満足に戦えもしなかったレオの気を紛らわせようと、当たり障りのない話題ばかりを会話に選ぶ。

「そうそう、『宵闇屋』に季節限定の新商品でたんだ。冷やしぜんざいとお団子のセット」

 それがありがたくて、嬉しくて。痛くて。

 レオは必死に笑みを浮かべる。

「オレ的には次男のロイクさんの名付け希望! あの人の名付けツボだわぁ。闇纏とか、もはや技名じゃン! ぜんざいの名前じゃねーよ!」


 いつもみたいにちゃんと笑えてるか?


「今回の、絶対レオ好きだと思う」

「なになに?」


 笑え。


「闇纏月明斬り」

「斬っちゃってるじゃン! もうなんか斬っちゃってるじゃン!」

「ぼくは団子の串で刺すなら、月明突きだと思うんだよ」

 ケラケラと笑い合う。


(笑え。ちゃんと笑え)


 これ以上、ジュールに心配かけンな。

 笑え! 笑え! 笑え!!


(……オレ、ダッセー)






「はい、あーん」

「あーん」

 オドレイが昼食のおかずを口元に運べば、シモンが大人しく食べさせられている。


(その鼻の下、なんとかならないのかしら)

 オドレイから見ても、シモンの鼻の下は伸びに伸びきっていた。

 しかも右手は骨折しているが、左手は無事である。だというのに何故か毎食、オドレイに食べさせてもらっているのだ。


(甘やかし過ぎよね)

 そうは思うものの、嬉しそうに食べる姿に結局、オドレイは箸を動かすのだ。

「はい、ごはん」

「あーん」 


 戦闘職の魔法使いに、命の保証はない。

 生きているから、一緒にいられる。

 それがどれだけ幸運なことか、今回の魔者討伐でようやくわかった。


 ソウワ湖畔の天幕で治療を受け、痛々しい姿で横たわるシモンの隣で、オドレイはずっと泣いていた。

 あの魔者の一撃で、シモンは死んでいたかもしれない。そう思うと、涙が止まらなかった。


 シモンは左手を伸ばし、涙に濡れるオドレイの頬にそっと触れる。

 ――やっと、おれの前で泣いてくれるんだな。

 不器用に涙を拭う指も、声も優しくて。その手を、オドレイは振り払うことができなかった。

 ――本当は泣き虫のくせに、気が強いから人前では絶対泣かないで、いっつも隠れて泣いてたろ?

 誰も来ない場所で、いつも一人で泣いていたオドレイ。隠れて泣く彼女を慰められなくて、シモンはずっと歯痒かった。


 ――な、んで、泣き虫なの知ってるの……?

 目を瞬くオドレイから、シモンはふいと視線を背ける。

 ――ずっと見てたからに決まってるだろ。

 首まで赤くしたシモンに、オドレイまで顔が熱くなった。


(そんなのあたしだって)

 いつだって、誰より一生懸命で、努力家のシモンの姿をずっと見てきた。

 ――あたしだって、シモンを見てたわよ。気付きなさいよ、ばか。


 オドレイは、気持ちを偽るのをやめた。

 二人でいられるのは、当たり前ではないから。

 ひょっとしたら、明日には別離が待っているかもしれない。次の戦闘で、命を落とすかもしれない。

 失ってから、後悔したくはなかった。

 だから、一緒に過ごせる時間を、一日だって無駄にはできないのだ。


(例えどんなに、だらしなく鼻の下が伸びていたって、ね) 

 オドレイは一緒にいられる幸せを噛みしめた。






「あら、貴女たち、来てくれたの!」

 昼食に出ようとしていたオドレイが、こっそり顔を覗かせているディアとリーズに華やかな笑みを浮かべる。

「お邪魔じゃないですか?」

「邪魔なもんですか! さ、入って入って。シモン、可愛いお客さんが来てくれたわよ」


 シモンはベッドの上で枕にもたれて半身を起こしていたが、ほぼ全身に包帯を巻かれ、身動きも辛そうだった。

「シモンさん、大丈夫ですか?」

「見た目の割には案外ね。わざわざ来てくれてありがとう」

 オドレイに勧められて、少女達はベッド脇の椅子に座った。


「君らは大丈夫かい?」

「アタシたちは、かすり傷ばっかりだから」

 健気に笑ってみせる少女たちにも、まだ治療の跡が残る。それでもあの戦闘で、これほど軽傷で済んだのは幸いだった。


「レオは?」

 新人土使いは、同じ病院に入院中だ。

 少女たちの沈んだ様子で、シモンにも伝わったようだった。

「体の怪我も心の傷も、エリートは避けて通れないからなぁ」

 表情の晴れない少女たちの肩に手を添え、オドレイは眉を曇らせる。

「レオだけじゃなくて、貴女たちもよ。ちゃんと眠れてる? 怖い夢とか見てない?」

 体は軽傷でも、ギリギリの戦いから生還した心は未だ回復していなかった。


「こういう時は、自分を思いっきり甘やかすのよ。美味しい物をお腹いっぱい食べて、ぐーたらするの」

 オドレイはディアとリーズの肩を抱きしめると、明るく笑った。


「じゃあ早速、美味しい物を食べに行きましょ! お姉さんが奢ってあげる!」

 気風のいいオドレイに、シモンも笑って少女たちの背を押す。

「オドレイの昼飯に付き合ってやって」

「頑張った自分にご褒美、ご褒美〜」

 オドレイに促されるまま、少女たちは病院を後にした。



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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー3 初恋 は、8/7(水)に投稿を予定しています。

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