3ー27 一難去ってまた一難

 食堂の椅子に座りながら、ランスはピクリとも動かなかった。

 少しでも動けば、この現実が壊れてしまいそうで。目が覚めて、やっぱり夢だったと落胆してしまいそうで、怖くて動けない。


 それほど、現実感がなかった。

 姉が生きている。

 そしてもうすぐ、ここにやってくる――。

 今の心境は、生きた心地がしない、というのが一番近い気がする。


 正午を過ぎ、軽い昼食を、味もわからぬまま喉に流し込む。

 それからどのくらい時間が経ったのか。わずかなようにも、長かったようにも感じる。

 通りの端が、にわかに賑やかになった。

 

 道端や畔に座り込んで昼休憩をとっていた村人が、立ち上がってこちらを指さし、なにか言っている。

 人々の間に見え隠れする、くすんだ金色の髪。

 立ち上がったランスから十メトル程距離を置き、美しいその人は立ち尽くしていた。

 持っていた籠が、その手から落ちる。震える両手が口元を覆った。


 七年――あの惨劇から、七年経った。

 少年だったランスは背が伸び、青年になっていた。美人だった姉は、年齢を重ね、さらに綺麗になっていた。

 けれど、間違うはずがない。


「ランス……っ!」

「姉さん!!」

 生き別れの姉弟は駆け寄り、互いにヒシと抱きしめ合った。






「ランス! 生きていたなんて……! わたしはあなたも死んだとばかり……っ」

 ファイエットはそう言って、強く、強く弟を抱きしめた。

 姉の抱擁が、昔となんらかわらずランスを包み込む。


「ランス、ランス! 生きていたのね……!」

 込み上げる感情をそれ以上は言葉にできず、ファイエットから嗚咽が漏れた。

「父さんと母さんが、おれを守ってくれたんだ」

 弟の胸で、ファイエットは何度も頷く。


「ああ、顔をよく見せてちょうだい。こんなに大きくなって」

 七年の間に自分よりも大きくなったランスを見上げ、その頬を両手で包み込んだ。

「魔法使いになったのね。黒のローブ、よく似合ってるわ」

 涙を流しながらも笑みを浮かべて、ファイエットは再びランスを抱きしめた。


「姉さんこそ、よく無事で」

 よく、生きていてくれた。

 よく、魔者から逃げおおせてくれた。

 ランスはそれ以上、続けることができなかった。


「ええ。わたしは助けてもらったの」

 魔者から逃げた姉を、助けてくれた人がいるのか。

 きっと勇敢で優しい人が、姉を匿ってくれたのだろう。そして姉を見失った魔者は、興味を失った。ひょっとしたら最初から、さして執着はなかったのかもしれない。

 あれほど用意周到に姉を奪ったが、魔者が気まぐれなのはよく知られていることだ。


「積もる話もあるだろうよ。こんな所で立ち話してないで、今日はもう帰んな」

 雑貨屋のイレーヌ婆が、そっと二人の背中を叩いた。


 いつの間にか往来には人垣ができ、姉弟の再会を見守っている。

 村人から祝福され、姉が周囲に頭を下げる傍らで、ランスは気恥ずかしげだった。衆人環視での姉との再会は、我に返ると居た堪れない。


「イレーヌさんの仰る通りね。ランス、家に来て。あなたに新しい家族を紹介したいの」

「新しい家族?」

 ファイエットは、晴れやかに笑う。

 

「わたし、結婚したの」

「けっこん!?」

 思いもよらない告白に、ランスの声は派手に裏返った。

「は? え? けっ、結婚???」

 唐突な展開についていけず、ランスは混乱する。


「なんで結婚なんか!?」

 思わずランスは、怒ったような口調で問い詰める。

「聞いてない!」

「それはそうよ。だって、七年ぶりに会ったばかりじゃない」

 ベクトルは正反対に、だが姉が魔者に奪われた時と同じ大きさで、ランスは動揺する。


「ランス、落ち着け。結婚したってことは、少なくとも魔者の脅威からは逃れた、ということだ」

 セツに囁かれても、ランスは取り乱したままだった。

「マスター、自分はどうしたら……」

 オロオロとセツに助けを求める。

 それは復讐を誓う魔法使いではなく、どこにでもいる、ごく普通の二十歳の若者の反応だった。それが微笑ましく、セツは小さく笑う。


「その方は、先輩さん? 弟がお世話になっております」

 ファイエットの勘違いに、ランスがヒッと悲鳴を上げた。

「姉さん! この方は……!」

 最強の魔法使いを先輩と呼ぶなんて、恐れ多すぎる。


 姉との再会に喜んだのも束の間、結婚話に狼狽え、今度は怖いもの知らずな姉に慌てふためく。

 真面目な青年の右往左往ぶりは、いっそ哀れである。


 しかし、当のセツは満更でもなかった。

「まあ、先輩、と言えなくもない」

 ざっと三百年ほど先輩だが、先輩には違いない。セツはぱっと見、二十代半ばくらいだ。見た目通りの年齢的には、確かにランスの先輩くらいだった。

 誤解を解きたい。だが、マスター本人がご満悦で、否定しようにも否定しづらい。


「先輩さんも、よろしければ家に来てくださいな。弟がお世話になっているお礼に、体に良い薬草茶をご馳走させてください」

「ほお」

「姉さん、待って、違う……!」

 慌てている場合ではない。なんとか姉を止めようとするが、姉はランスの都合などお構いなしだ。


「あ、その前に! 皆さんに、今日の分のお薬をお渡ししないと」

 パンと両手を合わせ、大事なことを思い出す。ファイエットは昔から、弟の話なんて聞いちゃいなかった。


「ファイエットちゃん、なに言ってるんだい。こんな時くらい、アタシらの薬はいいから」

「まあ、ダメよ、イレーヌさん。お薬はちゃんと飲んでくださいって、いつも言ってるでしょう」

 医師がいない、もしくは病院に行く金がない者にとって、薬師は医者のかわりだ。患者を疎かにするなど、以ての外だった。


「はい、イレーヌさん。これが今日の分。おかわりありませんか?」

 姉の姿を眺めながら、ランスは泣き笑いのような表情を浮かべる。

(ああ、昔から母さんも姉さんも、おれと父さんの話なんて聞いてくれなかったっけ)

 今となっては、懐かしい思い出だった。

 


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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー28 にゃんにゃ! にゃーにゃ! は、11/1(金)の18:30頃に投稿を予定しています。

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