2ー39 湖上の黒城8 三階 ボクにしかできないこと
無事に魔獣を倒したロワメールとジュールは、部屋をいくつか進んだ先で、テーブルに置かれた檻を見つけた。
「王子様!?」
檻に閉じ込められた三級魔法使いダニエルが、驚愕の声を上げる。いくら司との話し合いでギルドにいるとはいえ、救助隊に王子様が加わっているなんて誰が想像できようか。
「すぐに檻を壊します。待っていてくださいね」
ジュールは、腰を抜かしている男に同情した。貴族にとってすら王族は雲上人、平民にとっては現人神そのものだ。
「この檻も、魔法で作られているみたいですね」
ジュールは太い檻を手で触りながら、感触を確かめた。金属のような見た目をしているが、金属特有の冷たさはない。
檻には鍵どころか扉すらなく、力尽くで破壊するしかなさそうだった。
「すみません。私では破れなくて」
ダニエルが、恥ずかしそうに謝罪する。
粗野な檻だが、これは魔者が作ったものだ。三級魔法使いの手に負える代物ではなかった。
「ぼくの刀で斬れるかな?」
ジュールの隣で檻を確認しながら、ロワメールが呟く。
「試してみますか? 無理ならボクがなんとかしますから」
「……うわー、上から」
「そ、そんなつもりじゃなくてですね!? これは魔法使いの領分っていうか! 魔力絡みだし、それならボクが頑張るべきだと思って!」
焦って言い訳するジュールの耳に、クスリ、と笑い声が聞こえた。
見れば、ロワメールがクスクスと笑っている。
揶揄われたらしい。
「さあ、ご立派な一級魔法使いも檻の中の貴方も、ちょっと離れてて」
ロワメールは刀の柄を握り、腰を落とした。
数度呼吸を整え、目にも止まらぬ早業で、一閃。魔剣の刃は魔力の檻を斬り裂いた。そのまま刃を返し、人ひとり通れる隙間を作る。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ジュールの手を借りながらダニエルが檻から解放されると、ゴゴゴッと低い唸りが辺りに響いた。
「ひえっ!?」
恐怖に座り込むダニエルを守り、ロワメールとジュールが臨戦態勢を取った。
しかしテーブルが床に沈み込んだ他は、なにも起こらない。
「……ああ、なるほど。そういうことか」
しばしの沈黙の後、警戒を解き、ロワメールが思慮深く言葉を選んだ。
「今まで壁だった所に急に部屋ができたのは、たぶんこれだよ。ぼく達と一緒にここに飛ばされた魔法使いが、三級の人達を助けたんだ」
「でも、どうしてわざわざ攫った三級の人達を救出させるんでしょう?」
ロワメールの推測に納得しながら、ジュールが疑問を挟む。
「それは……なんでだろう?」
魔者の行動は、あまりに不可解だった。狙いが三級を助けに来た一級だとしたら、何故このタイミングで攻撃してこないのか?
罠と言えるのは迷路のような城内と、魔獣の襲撃だけだ。
魔者の城として、全体的になるいのである。
魔者の目的が全く掴めなかった。
これだけの城を作っておいて、なにがしたいのか。
消耗させることが目的と言うより、裏になにか大きな企みがありそうな気がしてならない。
ロワメールとジュールは顔を見合わせ、溜め息を吐いた。
「考えても、答えはでないね。今はそれより、他の人との合流を優先しよう」
ロワメールに促され、ジュールはへたり込んだままのダニエルに手を貸して立ち上がらせた。可哀想に、三級魔法使いはよほど恐ろしかったのだろう。ビクビクとおびえて周囲を見回している。
「今のところ魔獣はいないみたいだから、心配いりませんよ」
ジュールはダニエルを安心させようとしたのだが、効果はなかった。何故なら、ダニエルがおびえているのは魔族ではなかったからだ。
「……魔法使い殺しは、王子様と一緒ではないんですか?」
先程までの穏やかな雰囲気が、ヒヤリと底冷えするものにかわる。
ロワメールはふいと顔を背け、もはやダニエルには見向きもしなかった。
こんな場面ですらセツを魔法使い殺しと恐れる魔法使いに、ロワメールは怒りを通り越して失望すら覚える。
あの模擬戦以降、目に見えて魔法使いの態度はかわったが、全体を通してみればほんの一部の人間にすぎず、一朝一夕にギルドの体質がかわるわけもない。
「ダニエルさん。ロワメール王子殿下の名付け親であるマスターを、その呼称で呼ぶのは失礼ですよ」
ジュールが貴族として、王族への礼儀を伝えていた。
ロワメールがふと気付く。
さっき『秋雲』で会った魔法使いは、誰もセツを魔法使い殺しとは呼ばなかった。
(もしかして、ジュールが?)
微笑みながらも、ジュールはダニエルに強く訂正を求めている。ロワメール個人の感情の問題ではなく、王族の名付け親であると強調し、注意を促していた。
「それにマスターは、捕われた人達を助けに来ているんです」
一級の立場と貴族の身分を最大限に活かし、やんわりと非難する。
「たいへん失礼いたしました!」
ジュールに指摘され、ダニエルは深く腰を折って謝罪した。
(殿下はきっと、こんな思いをずっとされてきたんだ……)
ジュールは胸に、チクチクとした痛みを覚える。
本部に滞在する一級魔法使いの面々には伝えたが、新人であるジュールが、面識のない二級三級魔法使いにまで、マスターを魔法使い殺しと呼ばないで欲しい、とはさすがに言えなかった。
一級魔法使いがセツをマスターと呼ぶようになれば、おのずとその呼び名が浸透すると考えたが、それには時間がかかりそうだった。
(魔法使いであり貴族であるボクの立場は、ひょっとしたら殿下にとって、すごく有益なんじゃないだろうか……)
魔法使いでありながら、伯爵家次男の肩書きがあれば、どちらの立場からでも、あるいは両方の肩書きがあるからこそ、殿下のお力になれる場面があるのではないか。
(ボクにしか、できないことがある……?)
貴族の身分を持った魔法使いは、ジュール一人ではない。兄姉をはじめ、風司もそうだ。他にも多くいる。
それでも。
その可能性に、ジュールの胸はドキドキと高鳴り続けた。
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