3ー48 カイとジスラン

 カード片手にお喋りする余裕の出てきたセツが、チラリと横手に視線を送る。窓辺の丸テーブルには将棋盤が置かれ、カイとジスランがいまだ向かい合っていた。

「なあ、あいつら勝負つくのか?」


 カイとジスランも一緒にカードを、と話していたのだが、いつまで経っても勝敗が決まらない。

 すでに何戦しているのか。

 パチリ、パチリ、と駒を打つ音が、ここまで響いてくる。


「うーん、ぼくはカイが勝つと思うよ」

 ロワメールの予想に、ジュールがカードから目を上げる。


「ジスランが弱いとかじゃなくてね。ジュールの兄さんは、すごく頭が良いと思う。カイとあそこまで白熱した勝負ができる人を、ぼくは初めて見たもの」

 だから、身贔屓とかじゃなくてさ、と真面目な口調で続ける。


「ジスランより、カイの方が性格悪いだろうから」

 カードを揃えながら、王子様は酷いことを言う。


「実力で勝負がつかないから、舌戦にもつれ込んでるわけでしょ。そうなったら、腹黒いカイが圧倒的に有利だよ」

 ジュールが返答に困り、黙り込んでしまった。


「カイはさ、魑魅魍魎跋扈する宮廷で、ずっと生きてきたから。魔法使いのジスランとは、そこが決定的に違う」

「その宮廷に、お前もいるんじゃないのか?」

「ぼくは大丈夫。うまくやってるよ」

 ロワメールがにっこりと、名付け親の心配を笑い飛ばした。


(上手くやってるっていうのは、魑魅魍魎の魔窟に住みながら腹を黒く染めてないのか、それとも魔窟に馴染んでいるのか、どっちだろう?)

 ジュールはいささか怖い疑問を抱く。


 ロワメールは笑って勝ちをさらっていきながら、それ以上その話題に踏み込ませず、真相は闇の中である。






 すでに月は中天を過ぎ、別室からはスヤスヤと寝息が聞こえてくる。

 相手の手を読みつつ腹の探り合い、という無駄に高度な腹芸をしながらの攻防はいまだ続いていた。


「ところで、ジル殿は何故男装をするように?」

「さあ、なんでだったかな」

 空惚けて、ジスランはカイに教える気はないらしい。


「本人に聞けばどうだ?」

「では、義兄上の許可が下りたので、これからは心置きなくプライベートなことも質問しましょう」

「!?」


 ジスランは心配のあまり、妹に聞いたのだ。

 カイとなにを話しているのだ、と。そしたら、不思議そうに言われたのである。

 ――仕事の話だが?


 妙齢の男女が何度も二人っきりで食事をしながら、仕事の話のみ。しかもシノンの飲み屋を制覇したいので付き合ってほしい、と酒好きのジルの嗜好をうまく刺激する、巧妙な理由で誘っておきながら、だ。


(それで本当に、仕事の話だけだと?)

 ジスランは、声には出さずに舌打ちした。

 その選択は、ジルへのアプローチ方法として、腹が立つほど正しい。


 恋愛に興味のないジルに惚れた腫れたの話をしても、一刀両断フラレるのがオチである。

 これまでジルにのぼせた挙げ句に玉砕し、なにを血迷ったかジスランに助けを求めてきた愚か者共は、皆同じ轍を踏んでいる。


 しかしこの男は、巧みにジルとの距離を詰めていた。

(慎重なのか、女慣れしているのか)

 忌々しげに睨みつける。


 気に食わないのは、まんまとジルに近付いたから、だけではない。


 それ以上に、この男は腹に一物も二物もある気がしてならないのだ。

 終始笑みを浮かべて、相手の警戒心を薄れさせ、裏で企みを巡らす――。


 ジスランにはカイの笑みが、本心を隠して他人を欺いているようにしか見えなかった。

 こんな胡散臭い奴を信用できるか、と言うのが、嘘偽らざる本音である。


 どんなに家柄が良かろうと、役職が良かろうと、人格に問題があれば論外だった。

 妹の相手として認められない。認めるわけにはいかない。


 誰がなんと言おうと、気に入らないものは気に入らないのだ。

 とにかく、である。


「卿に義兄上呼ばわりされる覚えはない」

「お互い、練習は必要でしょう?」

 火に油を注ぐ発言が、わざとだとわかっていても聞き捨てならなかった。


「おれは断じて認めない!」

「これはこれは。軽口にそこまで反応してくださるとは」

「軽口だと? 貴様、ジルとは遊びだと言うつもりか!」


 ガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、カイを睥睨したジスランは、そこで己の失敗を悟る。

「いいえ。でも、本気なら、認めてくれるんですよね?」

 初めて見せた笑みの消えた表情に、ジスランは不覚にも言葉に詰まってしまった。

「な……っ」


 カイの真剣な眼差しに、咄嗟にジスランが反論できずにいると、ガラリと襖が開く。

 セツがゆらりと現れ、据わった目で二人まとめてギロリと睨まれた。


「夜中になにを騒いでいる? 静かにやれ。というか、寝ろ」

「は、はい……」

「すみません……」


 いかに切れ者側近筆頭であろうと、次期炎司候補であろうと、最強の魔法使いの前ではなす術ない。

 二人揃って首を竦めたのだった。






 安眠を妨害され、ご機嫌斜めでセツは布団に戻る。

 左にはロワメール、枕元にミエル、そして右にはジュールが眠っている。


 布団は、最初は一部屋に一人で敷かれていたのだが。

「ぼくセツの隣!」

「あー! ロワサマ、ズルい! ボクもマスターの隣!」

 と言って、ズルズル布団が引張ってこられたのである。


 ヒートアップしたカイとジスランの声をものともせず、二人と一匹はぐっすりと眠っている。


「………」

 あの一瞬で、何故こうなった?

 セツはポリポリと首筋を掻く。


 ロワメールは相変わらず寝相がいい。しかしジュールは布団を剥いで、豪快に大の字で寝ている。しかも夜着がはだけて腹まで見えていた。

「風邪引くぞ」

 セツは寝惚けながら、布団をかけ直す。


 ふあ~ぁとあくびをしながら、自分の布団に戻った。

 なかなか世話の焼けるメンバーである。





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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー49 願う未来 は、1/15(水)の18:30頃に投稿を予定しています。

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