21 騎士隊長とギルド支部長の受難
冷ややかな二色の眼差しは、若い騎士を震え上がらせるには十分だった。
「え、ええっーと、坊っちゃん? 落ち着いて! 間違いは誰にでもあります! ってか、坊っちゃんは悪くないですよ! 経歴に傷も付きません! 坊っちゃんは騙されただけです!」
刀を握り、不機嫌な顔で迫ってくる高貴な青年に、レニーは口元を引きつらせながらも必死に説得を試みる。
「オレを斬ったところでコイツが偽者なのはかわらないし、どんな御身分の方かは存じませんが、今時どんなお偉い方でも、気に入らないからって庶民を斬って捨てたら犯罪になっちゃいますよー!」
早口で捲し立てるレニーの目の前に、ズイッと刀の柄頭が突きつけられた。
「君はひょっとして、王家にもちょっと詳しくて、これも偽物って言うかい?」
皮肉たっぷりに見せられたのは、真っ黒な柄頭に彫られた海の上に月が浮かぶ家紋。
「権力を笠に着るのは嫌いだけど、君の行いはあまりに目に余る。こちらも相応の態度を取らせてもらうよ」
レニーは実物を見たことはない。けれど、知っている。
この国の人間なら、誰だって知っているはずだ。
海と月ーーそれは、ラギ王家の紋章である。
「へ……?」
レニーは、ポカンとロワメールを見上げた。
今回のレニー・ロテュスのしでかした逮捕劇で、確実に寿命が縮んだ人間が二人いる。
一人はレニーが所属するコウサ騎士隊の隊長ダニエル・ヴァレリアンであり、もう一人は魔法使いギルド、コウサ支部長イスマエルであった。
コウサ領は平和な地方都市である。騎士隊の仕事はもっぱら、酔っぱらい同士の喧嘩の仲裁や、スリやひったくりなどの取り締まりだった。
それが藤月から始まった一連の殺人事件で、騎士達の緊張は一気に高まった。
そこにきて、レニーの黒のローブ偽造犯の逮捕であるが、よりによってその関係者が只者ではなかった。
「カイ・トロワ・ニュアージュだと!?」
マティス・サロモンからの報告に、ダニエル隊長は飲んでいたお茶を吹き出した。
ニュアージュ卿と言えば、宮廷の重要人物である。それを何故、地方都市の一騎士隊長が知っているかと言えば、その人物とは縁もゆかりもあるからだった。
騎士とは将軍を頂点とした縦社会である。騎士は王家に忠誠を誓い、また代々の王子が騎士を統括する最高責任者の地位に就く。
現国王キスイ陛下の御世では、その任は第二王子殿下が勤められており、その第二王子殿下の腹心が、カイ・トロワ・ニュアージュであった。
「あの、それで、ニュアージュ卿の他に、卿の主だと仰られる方もご一緒で……」
それは美しく気品ある青年だとマティスに告げられ、ダニエル隊長は卒倒した。
だが、呑気に倒れている場合ではない。ダニエルはすぐさま、そのお方がいる取調室に全力疾走した。
「この大馬鹿者がああああああああ!!!」
取調室では椅子からズリ落ちたレニーが、呆けたように銀髪の青年を見上げている。
隊長はレニーを殴り飛ばすと、そのまま引きずり倒して、自分共々床に額を擦り付けさせた。
「大変! 大変失礼いたしました!! 知らぬこととはいえ、如何様な処分もお受け致します!!!」
殴られた痛みで我に返ったレニーは、隊長相手にも負けじと言い返す。
「なに言ってるんですか! 相手が王子様かもしれないからビビってるんですか! 王族の外聞を守る為に、犯罪者を見逃すんですか!」
もう、なにから正せばいいのか判断できず、ダニエル隊長が言葉を探していると。
「この大馬鹿者が―――っっっ!!!」
血相をかえて取調室に飛び込んできたギルド支部長イスマエルが、再びレニーを殴り飛ばした。
「うぎゃ!」
二発目の拳骨を食らい、レニーは撃沈した。
「申し訳ありませんでした! お許しください! 魔法使い殺し!」
イスマエルもレニーの隣で土下座する。
レニーは両隣から、無理矢理頭を押さえつけられた。
「ああ! もう! なんですか! 隊長もイスマエルおじさんも! オレは職務を全うしただけです! 黒のローブ偽造犯を捕まえたことの、なにがそんなに問題なんですか! 契約者が王子様でも関係ないでしょ! 犯罪被害者なら、助けてあげないと! 法を取り締まるオレらが、相手が特権階級だからって尻込みしてどうするんですか!」
ここにきてなお、レニーは己が正義を貫いた。彼の正義は尊い。だが、大前提が間違っている。
「いい加減、口を慎め!」
「頭を上げるな、馬鹿者!」
支部長と隊長は土下座したまま、レニーを叱り飛ばした。
「いいか、よく聞け。レニーが偽者扱いしたのは、最強の魔法使いだ!」
「最強……? おじさん、なに言って……」
イスマエルの焦り具合に嫌な予感が背筋を這い、レニーは半笑いで誤魔化そうとしたが、うまくいかない。
「この方は、表裏漆黒のローブを纏い、全ての属性の全ての魔法を使う、唯一の魔法使いマスターだ!」
このコウサで一番強い魔法使いが、目の前の男に怯えている。
ガタガタと震えているイスマエルの体が、否が応でもレニーに現実を突きつけた。
「そんな……だっておじさん、黒い裏地の魔法使いがいるなんて一言も……」
「私は、黒い裏地の魔法使いはいない、なんて言ったことはないぞ!」
音を立てて、レニーの顔から血の気が引いていく。勢いよくセツに向き直ると、隊舎中に響き渡るほどの大声で謝罪した。
「申し訳ありませんでしたあぁぁぁ!!!」
レニーはようやく自分の過ちを自覚すると、潔く頭を下げたのである。
しかし、遅すぎる。そう思ったのは、ロワメールだけではなかった。
「あなたが頑なに存在しないと言い張った黒い裏地は、あなたの知識の中に存在しないだけであって、最強の魔法使いが羽織る魔法使いの証。そしてこの方は、第二王子殿下の命の恩人であり、名付け親でいらっしゃいます」
畳み掛けるカイの声に、はっきりと不快感が滲む。ダニエル隊長とイスマエル支部長の顔面にダラダラと冷や汗が流れた。
王子と側近筆頭、そしてマスターの怒りを買えばどうなるか。二人はレニーより、十分想像力が働いた。
「レニーは馬鹿ですが、どうか命だけはお助けください!!」
ダニエル隊長とイスマエル支部長は、レニー共々額を地面に擦り付けたのである。
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