3ー4 一級魔法使いの洗礼

「レオ、調子はどうだ?」

 その日、リュカがひょっこりと病室に顔を出してくれた。


「リュカさん! 来てくれたンすか?」

「当たり前だろ。オレが可愛い後輩のお見舞いにも来ない、冷たい奴だと思ったか?」

 リュカが目尻に笑いジワを刻む。


「まあ、しっかし派手に洗礼受けたな」

 椅子にドカリと座って、リュカは包帯だらけのレオをマジマジと眺める。


「洗礼? ってなンすか?」

「魔法学校卒業と同時に一級になった、いわゆるエリートが受ける一級の洗礼だよ」

 レオだけでなく、リュカもそうだ。若い一級魔法使いは、ほぼエリートと呼ばれる魔法使いの逸材である。


「大概みんな受ける。で、プライド、バッキバキに折られる」

「リュカさんも?」

「オレは卒業前だけどな。フレデリクさんに。そりゃあもう、バッキバキのバッキバキにな。再起不能なんじゃね、くらいにへし折られた」

 今では笑って話せるが、当時の落ち込みようは半端なかったという。


「あの人、ああ見えて容赦ないから」

 けれど、自分のために、あえて完膚なきまでに叩き潰してくれたのだと、リュカは語った。

「お前は弱い。勘違いするな。つけあがるなってさ」

 組んだ指はいくつもの戦いを潜り抜け、レオにはない逞しさを持っている。喉から手が出るくらい、レオが求める力強さがそこにはあった。


「三級から二級、一級って上がる叩き上げの奴より、オレらみたいにいきなり一級から始める奴の方が、実は難しいんだよ」

 一級の死傷率は、叩き上げよりエリートの方がダンゼン高い。若年層の死傷率の高さは、二級三級に比べても断トツだった。

「経験ないくせに、プライドだけは一人前にあるからな。タチが悪い」

 リュカは自分の話をしているのに、まるでレオのことを言われているようだった。


「だから、このタイミングで洗礼受けれて良かったんだよ。じゃないと、勘違いしたまま増長だけする。それこそ、こないだギルドを裏切ったレナエルみたいにな」

 リュカの言う通り、もしここで自分が弱いと気付かなければ――想像し、レオはゾッとした。


「な? 鼻っ柱、折られといて良かったろ?」

「そ……っすね……」

 オレはなんてバカだったんだろう。

 教えてもらわなければ、そんな大事なことすらわからなかった。


「これで、尻についた殻が取れたな」

 リュカの言葉が、素直に飲み込める。

 魔者と戦う前のレオなら、どうだったか。

「ようやく、スタートラインに立ったってわけだ」

 停滞していた血液が堰を切り、一気にレオの全身を駆け巡る。

 

 鉛のように重かった体が、急に軽くなった。

 あんなにし辛かった息が、気付けば楽にできている。

 リュカが笑った。

「早く元気になれ。可愛い彼女に、あんまり心配かけんなよ」

 バシリと、背中を叩かれる。肋骨に響いて、ちょっと涙が出た。


 魔法使いは実力主義の世界。

 洗礼を受け、それでもなお立ち上がり、上を目指す者だけが生き残れる。


「彼女?」

「すっとぼけんなよ」

「いや、すっとぼけるもなにも……」

 残念ながら、現在レオに彼女はいない。


「毎日すんごい美少女が世話焼きに来てるって、看護師さん言ってたぞ」

 少し話を整理してみる。毎日来てくれる美少女、そして世話も焼いてくれる……一人思い当たるが、それは彼女でもなんでもなく、もっと言えば少女でもない。

「それ……ジュール……」

「………」

「………」


 リュカは、話をなかったことにした。それが大人というものだ。

「病院食ってさぁ、少ないし、味気ないだろ?」

 持ってきたお見舞いの菓子袋を漁り、レオに適当に渡しながら自分も口に放り込む。経験からか、やけに実感が籠っている。


「もっとこうさー、ガツーンと肉とか食わしてくれないと、治り悪いよなー」

「……栄養をキチンと考えて、過不足なく患者には食わしている。文句あるか?」

 ガシッと、細く長い指が、リュカの頭を鷲掴みにした。

「ゲッ、この声は……」


 ギチギチと、力の限りリュカの頭を片手で握り、レオの主治医ヴィクトリアが恐ろしい目でリュカを睨みつけている。

 リュカが恐る恐る背後を確認し、その顔を引きつらせた。


「ね、姉ちゃん!!」

「よお、愚弟」

「お、お姉様にはご機嫌麗しく……」

 リュカの目があからさまに泳ぐ。


「この私に文句をつけるとは、いい度胸じゃねぇか、ああん?」

「文句だなんて、そんな滅相もない」

 ダラダラと冷や汗を流すリュカに、レオが呆気に取られていた。


「先生、リュカさんのお姉さん!?」

 ヴィクトリアの肌は日に焼けて小麦色だが、言われてみれば目鼻立ちは似ているし、ポニーテールにされた長い髪もリュカと同じ琥珀色だ。

「ああ、紛れもなく血を分けた姉弟だ」


 魔者にすら不敵に笑っていたリュカが、ガタガタと震えている。そして姉の手が緩むと、脱兎のごとく逃げ出した。

「すまん! レオ! オレは帰る!」


「病院で走るな! 馬鹿者!」

 大慌てで逃げていくリュカに、怒声が飛ぶ。と、思ったら、リュカが戻ってきた。

「姉ちゃん! オレ、フレデリクさんの弟子になったから!」


 リュカもまた、強くなるために歩みだしている。

 そう思うと、こんな所で寝ているのがもったいなかった。

「く〜、オレも早く退院してぇ」


 ヴィクトリアが、レオの顔をじっと観察する。今朝の診察時とは、別人のように生き生きしている。

「そうだな。もう少しで退院していいぞ」

「ホントっすか!? やった!」

 全身の傷より、その力を失った目が気がかりだったが。

「リュカめ、一丁前に先輩してるじゃないか」

 肩にかかる琥珀色の髪を背に流し、小さく笑う。


「いたかったら、好きなだけいていいぞ? 一級魔法使いは金回りがいいからな」

「勘弁してくださいよ! オレなンて新人で、そンな稼いでないンすから!」

「なら、とっとと退院しろ」

「ひでぇ!」


 怖くて美人と評判の女医は、魔法使いを金ヅルと見做す強者である。

 しかし、金はあるところからふんだくり、貧困層にはタダ同然で治療を施す、そんなヴィクトリアへの信頼は厚かった。

 そしてその身を賭けて戦う魔法使いにとって、シノン一の腕を持つ女医は、なくてはならない存在である。


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❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 3ー5 強くなるんだ  は、8/14(水)に投稿を予定しています。

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