2ー45 湖上の黒城14 玉座の間 一級魔法使いの責任

「埒が明かないな。火力が足りない」

 フレデリクは苦々しげに、魔者を見据えた。

 魔者の防御を壊せないまま、魔力だけが削られていく。

 遠からず、こちらの魔力は底をついてしまうだろう。


「リュカ! 頼む!」

「了解!」


 その一言で、リュカはフレデリクの前に移動した。

 フレデリクの詠唱に合わせ、すぐさま防御魔法を発動する。

 防御は得意ではないが、言ってられない。威力の大きな魔法は、それだけ呪文の詠唱に時間がかかる。リュカはその間無防備になるフレデリクの盾となるのだ。


「させると思うか?」

 しかし、魔者もフレデリクの実力は見抜いている。

 フレデリクが自身の最大魔法を使おうとしているのに気付くと、詠唱を阻止せんと、フレデリクに、彼を守るリュカに、攻撃を集中させた。


 ドドドドドドドドーッ!!

 容赦のない猛攻が、リュカを襲う。

 防御魔法を支える腕が、ビリビリと痺れた。あまりの衝撃に押し負けそうになる。

 だが、リュカは顔を歪めながらも一歩も引かなかった。


「ディア! リーズ! シモンとオドレイの防御!」

 代わりに、声を張り上げる。

 フレデリクが攻撃に加わる――それは、絶対の防御を失うのと同義だった。それでもフレデリクの詠唱が完成するまで、このパーティーを持ち堪えさせねばならない。

 例え仲間の命を危険に晒しても、負けるわけにはいかなかった。


「シモン! オドレイ! ランス! しばらく耐えろ!」

「リュカさん、オレも……!」

 胸を押さえたまま、レオが参戦を希望する。

「レオ、やれるか!?」

「うす!」

「よし、踏ん張れ!」


 平気な顔を装ってるが、それが痩せ我慢なのは流れる脂汗を見ればわかった。本来なら立つことすら辛いはずだ。

(堪えてくれ)

 戦力が足りない。

 怪我人を休ませることすらできない。

 不甲斐なさに、ギリ、と奥歯を噛みしめる。

 

 だが、魔者を倒せなければどのみち全滅だ。


「フレデリクさんがどデカいのをお見舞いする! それまで持ち堪えろ!」

 フレデリクを守りながら、リュカが檄を飛ばした。


「撃て撃て撃て撃て撃てぇっ!!!」


 シモンが、オドレイが、ランスが、こぞって攻撃を仕掛ける。

 風が、炎が、水が、魔者を貫かんと降り注いだ。

 ドン、ドン、ドドンッ! と高火力の攻撃が撃ち込まれる。


「くっ……!」

 魔者が、美しい顔をしかめた。

 ダメージがあるのだ。

 リュカは魔者のその反応を見逃さなかった。


 フレデリクを警戒するあまり、魔者の防御に綻びが生じている。攻めるなら今だった。

「効いてるぞ! やっちまえッ!」

 リュカの指示に、魔法使いたちは更に激しく魔法を放つ。

 猛烈な魔法の応酬に、空気までもがビリビリと振動した。


「ディア、リーズ」

 オドレイが防御魔法を張る少女たちに、そっと囁いた。

「フレデリクさんの魔法に合わせて、あたしたちもありったけの魔力を込めて攻撃を放つ。防御は捨てる。詠唱中無防備になるけど、耐えられる?」


 少女たちは目を瞠った。

 捨て身の攻擊をするというのだ。

 シモンとランスを見れば、二人共こちらに向かって頷く。


 フレデリクを信じていないわけではない。ただ自分たちも、全力を尽くすべきだと思うだけだ。

 それにこの敵は、余力を残して倒せるほど甘くないはずである。


 少女たちは視線を交わした。

 防御を捨てる恐怖は、想像を上回る。

 あの攻撃の前に、無防備に立つということだ。

 けれど。


 彼女たちがここで魔者を食い止めなければ、被害はソウワやシノンの街にも広がる。罪のないおおぜいの人々が犠牲になる。

 それを止めることができるのが、魔法使いだった。

 それを止められるからこそ、魔法使いなのだ。

 彼女たちの襟元で、金ボタンが誇らしげに煌めく。


『魔者を倒すのは、一級魔法使いの責任』


 新人であろうと女であろうと、自分たちは一級魔法使い。守られ、庇われるいわれはない。


「嬉しいです。ワタシたちも戦力に数えてくれて」

 リーズは力強く答えた。

 魔者はかわらず恐ろしい。

 だがそれ以上に、魔法使いとして戦う意志は揺るぎない。


「女は度胸! ですよね!」

 フン、と鼻息荒くデイアも息巻いた。

 オドレイに、一人前の魔法使いとして扱ってもらえたことが嬉しい。


「上等。それでこそ女ってもんよ」

 オドレイは少女たちに、艷やかに笑ってみせた。

「リュカ先輩は貴女たちを女の子扱いだけど、違うってところを見せてやりましょ」

 リュカは優しい。総攻撃を指示しているようで、その実、少女達は矢面から遠ざけていた。女の子を傷付けたくないと思っているのだ。


 オドレイに前線を任せているのは、オドレイの性格をわかっているからか、それとも彼女を信じてくれているからか。

「さっき動揺してみんなに迷惑かけた分、キッチリ取り返す! 名誉挽回してやろうじゃない!」

 そこに、先程の涙の名残は微塵もない。

 気炎を上げるオドレイは、どんな時よりも輝いて見えた。


「どうして魔法使いの女ってのは、どいつもこいつも、こう気が強いんだか」

「聞こえてるわよ、シモン!」

 キッと睨まれ、シモンは首を竦める。

(ま、こっちの方がオドレイらしいけど)

 ポロポロと涙を流すオドレイも可愛かったが、やはり、どんな強敵だろうと怯まず挑む姿が彼女らしかった。


「さて、ランスよ。女性陣にいいとこ持ってかれないように、おれたちも男の意地を見せるか」

 少しでもリュカの負担を減らすため、魔者の注意を分散させようとするが、癪に障ることに魔者はシモン達に見向きもしない。

 シモンたちの攻撃など、かすり傷だと言わんばかりだった。


 しかし、そうではない。

 シモンたちを無視してでも、フレデリクの魔法を止めたいのだ。

 

 魔者はフレデリクに意識を集中し、彼を守るリュカに集中砲火を浴びせている。

 それだけフレデリクは、魔者にとっても脅威なのだ。

 それは即ち、フレデリクの攻撃を受ければ魔者もただでは済まない、ということである。


 部屋中に響き渡る、フレデリクの詠唱。それに伴い、高まる魔力のうねり。

 刻一刻と、呪文が完成されようとしていた。

 魔者はそれを阻まんと、フレデリクに、リュカに激しい砲撃を浴びせ続ける。


 ここが勝敗の分かれ目。それがわかるからこそ、どちらも一歩も引かなかった。

「うおおおおおおおお!!」

 魔者の攻撃を一手に引き受けるリュカの額に、びっしりと玉の汗が浮かぶ。

 ここで負けるわけにはいかない。

 彼らが尻尾を巻いて逃げ出せば、何百、下手をしたら何千という犠牲者が出る。


「負けるか! オレたちは魔法使いだあああああっっっ!!!」 

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