第45話 何で受け入れなかったの?【ざまぁ&残酷描写有り】

 やっと春樹さんから本音を聞き出すことができたのだが、所詮このイケメンもヤリたかっただけの性欲男だったのかと呆れ返る状況だった。


「だから私、言ったじゃん。ちゃんと独り立ちして自分で責任が持てるようになったら、してもいいって」

「そんなの無理だろう! ブラヒモや透けブラだけでも興奮するようなお年頃だったんだぞ? しかもずっと好きだった女の子とやっと彼氏彼女になれたのに、お預けくらい続けていた俺の気持ちが分かるか⁉︎」


 分からなくもない——が、それはお前の勝手な言い分だろう、春樹さんよ?


 それに、おそらく千華さんが怒っていうのは浮気ではないのだ。


「私は春樹が浮気しても黙認していたんだよ? でも赤ちゃんを……罪のない赤ちゃんを堕したことだけは絶対に許せなかった。私はちゃんと責任を取って欲しかった」


 そう、千華さんが春樹さんとの決別を決めたのは赤江さんの中絶だった。


 今はもう空へと召された赤ん坊のことを思い、力一杯拳を握り締めながら彼女は怒りに耐えていた。


「でもそれは、千華との将来を危惧して選択したことで」

「違う、あなたは無責任な行動をしただけだよ。快感の為に避妊を怠って、できたら無責任に殺して、本当に最低」


 しかし千華さんの考えは若干潔癖にも近い考えでもあったので、少しだけ春樹さんの気持ちも分からなくもなかった。


 今でこそ仕事をして自立して生きていけるようになったが、学生の時に妊娠させてしまったとなると、出産という未来は簡単に選べないだろう。

 それ以前に臆病者である俺には、避妊なしで性行為なんて考えられないが。


「違うんだよ、千華! もしこれが千華との子供だったら、周囲の反対を押し切ってでも産んでもらって一緒に育てたよ? でも他の人との子供なら、な? 分かるだろう? 邪魔なんだよ、俺達の未来には」


 その言葉に、かつてない程の苛立ちを覚えた。こんな勝手なことを軽々しく口にする男は初めてみたかもしれない。


「俺はいつだって千華のことを一番に思っていてだな」

「そう……だったんですね」


 俺でもない、千華さんでもない第三者の声に、春樹さんは言葉を止めた。

 何でここに彼女がいるのだと疑問が脳裏を掠ったが、そもそもいてもおかしくはないだろう。


 だって彼女は、この場を設けてくれた立役者の一人なのだから。


 赤江さんは無表情のまま、暗い影を落としながら立っていた。いつから聞いていたのだろう?


「赤江……なんだ、来てたのか」

「………」

「なぁ、お前からも言ってやってくれよ。学生で妊娠出産なんてしたら人生不意にしていただろうってな。お前も堕して正解だったと思うだろう?」


「…………るさい」

「え? 赤江?」

「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい……! 私は全然思えない! ずっと後悔ばかりしてる! ちゃんと避妊しなかった自分にも、春樹さんから逃げてでも産まない選択をしてしまった過去も‼︎」


 彼女は持っていたフォークを握り締めて、徐々に徐々に距離を縮め始めていた。


 恐ろしい……っ! ここまで狂気で満ちていると、フォークですら危険に思えるほど脅威を感じるのかと身構えた。


「いや、待てよ……! なぁ、赤江。お前は俺のことを愛しているんだろう?」

「うるさい! こんな時ばかり都合のいい御託を並べないで! 私は産みたかった。この腕で抱き締めたかった! 私は……あの子を傷つけたくなんてなかった」


 その瞬間、赤江は両手で顔を隠して、蹲るように泣き崩れた。ワンワンと泣き喚く彼女に多少の同情が芽生えだしたが、もう全ては後の祭りだろう。


 もし彼女も早く目を覚まして、春樹さんから距離を取っていれば、もっと違う未来があったのではないだろうか?


 今となってはどうしょうもない過去に、最早憐れむことしかできなかった。


「——絶対に許さない。やっぱり私には春樹さんしかあり得ない。あなたが私を騙して誑かしたのなら、最後の一滴まで貪り吸い尽くしてやる」


 吸い尽くす⁉︎

 ——何を⁉︎


 愛が裏返り、憎しみで心中が溢れ返った赤江を見て、身の危険を感じた春樹さんは「ヒィ……っ!」と声を漏らし、後退りしていた。


 散々彼女のことを利用しておきながら、対処できなくなった途端に手放すなんて、無責任にも程があると俺も千華さんも呆れて傍観していた。


「春樹、アンタは簡単に堕ろせると思っただろうけど、そもそも妊娠って女性にとって命を分けるようなものなの。お腹の中に命を宿すってことは、それだけで尊くてかけがえのないもの。それを蔑ろにするなんて……あり得ない」

「な、何だよ! 千華に何が分かるんだよ! 何も知らない奴が偉そうなことを言うなよ!」

「分かるよ! だって今、私のお腹には赤ちゃんが宿っているんだから」


 ——は?


「妊娠検査薬、今朝試したら陽性だった。だから私にも語る権利はあるよ」


 エッヘンと胸を張っていたが、待って?

 俺も初耳なんだけど⁉︎


「だってネットでは心音が聞こえてから旦那さんにもカミングアウトした方がいいって書いてあって。初期流産とかも少なくないみたいだし」

「それにしてもタイミングだよ! そんな大事なことをクズ春樹さんと一緒に聞かせないでくれ!」

「いやいやいや、お前ら待てよ! ふざけるなァ! 惚気満載の夫婦漫才は家でやれよ!」


 あまりにもぶっ飛んだ告白に、彼らの存在を忘れていた。クソっ、今はそれどころじゃないのに、俺はどうすればいいんだ?


「………いいなぁ、千華さん。私ももう一度、あの幸福感を味わいたい。ねぇ、春樹さん。私とまた子作りをしましょう? 出来るまで何度も何度も情事を重ね合いましょう?」


 幸せオーラに当てられた彼女は、不気味な笑みを浮かべながら距離を縮めてきた。


 これが年貢の納め時だろう。観念するんだなと見守っていると、彼は急に立ち上がって逃げるように立ち去り始めた。


「嫌だ嫌だ、何で俺が赤江なんかと……! 千華は無理でも、もっと相応しい女がいるだろ?」


 何て往生際の悪い男なんだ。その後を追いかける赤江さん。だがその距離は縮まることなく離される一方だった。このままでは逃げられてしまう。


 その瞬間だった。


 横断歩道を渡ろうとした春樹さんに突っ込んでくる一台の真っ赤なスポーツカー。赤信号にも関わらず、全く衰えることのないスピードのまま、彼を目掛けて突っ込んできた。


 それはあまりにも一瞬の出来事で、まるで映画のワンシーンのように現実離れした光景だった。


 人形のように呆気なく飛ばされた春樹さん。

 回りが阿鼻叫喚する中、俺達は呆然と眺めることしかできなかった。


 ———……★


「………っ⁉︎」

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