第35話 千華の猛攻撃(甘々)

「崇さん、いっそのこと結婚しよう? ね、そしたら何も恐くない!」

「恐くないって、いや俺は別な意味で恐い!」


 いや、気持ちは分かる! 千華さんのことを考えたら誰も知らない土地で一からスタートするのがいいだろう。

 永吉達の件もあり、いずれは引っ越さなければと思っていた。


 それに千華さんのご両親にも、ちゃんと挨拶をしなければと交際当初から考えてはいたのだ。長々と同棲してしまっているが、嫁入り前の娘さんにあんなことやこんなことをしているなんて……!

 もし自分に娘がいたらと想像するとゾッとする。


 そう考えると今すぐにでも挨拶に出向いた方が良いのでは⁉︎

「いつまで経っても挨拶にこないような非常識な奴に、大事な千華は渡せない!」なんて言われたら!


「け、結婚はともかく、同棲を続けるならご両親に挨拶をしていた方がいいかもしれないね(少しでもスムーズに結婚する為にも、不安要素は省きたい)」


「(結婚は⁉︎ それって結婚しないって意味?)分かった……崇さんがそのつもりなら、それでいいよ」


 明らかにテンションが下がった千華さんを見て、おかしいなとは思ったもの、結婚のプレッシャーで平常心を失っていた俺は冷静に対処できなかった。


 それから家に帰りつき、俺達は互いのことをしながら過ごした。

 いつもだったら何かと絡んでくる千華さんも、スマホで調べ物をしてばかりで近づきもしなかった。


 寂しいと思いつつ、こんな日もあるんだと言い聞かせながらと自分自身も状況の整理に手一杯だった。


(確かに結婚するのも一つの手なんだよな。所詮、恋人同士の関係のままじゃ略奪されてもちゃんと訴えることもできない。婚約者——っていう手もあるけど、それよりはちゃんと籍を入れていた方が堅調だろう)


 本来ながらきちんと指輪を用意して、夜景の綺麗なレストランでプロポーズなんてベタなことをしてみたかったが、やむ得ない。

 挙式・披露宴は後々正式にするとして、籍だけでも入れよう。


(よし、そうと決まったら早速千華さんと一緒に予定を立てよう! 互いの両親に事情を話して報告を入れて)


「千華さん、ちょっといいかな?」


 ソファーに寝転んでいた千華さんに視線を向けたが、そこに彼女の姿は見当たらなかった。

 どこに行ったんだろうと首を傾げていると、腰の辺りにズシっと重さがのしかかった。

 焦りながら顔を向けると、そこにはムスっとむくれた千華さんが頬を膨らませて座り込んでいた。


「ち、千華さん? どうしたん?」

「——崇さんは私と結婚前提にお付き合いしてくれているかと思っていたけど、それって私の勘違いだったの?」


 ………え?


 待って、千華さん。俺は一言も結婚しないとは言っていないのだが?


 そんな言ってもいないことで傷ついて落ち込まれてもどうしようもないが、まさか俺が即答しなかったせいで勘違いしたのだろうか?


「待って、千華さん! 俺はそんなつもりでは!」

「いいよ、もう。どうしても踏ん切りがつかないなら、つくようにしてあげる」


 つくようにって、何?

 千華さん、君は何をしようとしているんだ?

 待て、服を脱いで、ブラジャーのホックまで外したら——!


 上半身裸の状態で手ブラのまま、千華さんは恥じらいながら口を開いてきた。

 ふくよかな胸元が今にも指先から溢れそう。彼女の栗色の髪が鎖骨で揺れた。


「崇さんだったら、私も全部あげられる。避妊具ゴムなしでしてもいいよ?」


 既成事実、強行突破⁉︎


 まって、いや、そんなことしなくても俺は千華さんを守るために籍を入れようと!


「待って、千華さん! 俺はその! そんなつもりじゃ」

「口ではそう言ってるけど、下半身は正直みたいだよ?」


 俺のムスコよ! こんな時くらい少しは自重しろ‼︎


 結局、こんな最高級の誘惑を目前に耐えられるわけもなく、俺は易々と白旗をあげる始末となってしまった。


 ———……★


「……って、千華さん。俺は別に結婚を避けていたわけじゃないよ? むしろちゃんとしたいから慎重になっているだけで」


 甘いひと時の後、俺は千華さんを抱きしめながら告白した。


「でも崇さん。結婚はともかくって」

「だって結婚だよ? むしろ『はい、分かった。結婚しよう』っていう方が恐くない⁉︎」

「ん、そう? 私は崇さんだったら全然良いけど」


 千華さん、全面的に俺を信用しすぎ!

 でもそんな千華さんだから放っておけなくて、守りたいんだ。俺は改めて彼女の身体を抱きしめて礼を告げた。


「俺は春樹さんからも赤江さんからも千華さんを守りたい。復縁を迫られているのなら、出来ないように先手を打とうか」

「……先手?」


 俺は千華さんの手を取って、そのまま薬指に指輪をつけるフリをした。本物はまだ用意していないから、予約の意味で。

 俺は大事に千華さんの指を撫でて、想像をした。


「俺はこの先ずっと、千華さんの信用を裏切らず、愛し続けることを誓うよ。だから千華さんも……俺の側にずっといてくれるかな?」


 真っ直ぐに告げられた言葉に、千華さんも満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。


「ありがとう、崇さん。私は元よりそのつもりだよ。大好き、愛してる。ずっと一緒にいようね」


 この時の俺は、随分と軽い大好きだなって嘲笑気味に思っていたけれど、この時の約束をお互い守り続けることとなる。


 ———……★


「不幸体質もラノベの主人公のスキルだが、こう言ったラッキースケベもまた主人公スキル」

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