第37話 後悔だけはするなよ?【ちょい甘】

 ——とはいえ、実際籍を入れたことを後悔していないかと尋ねられたら、多少の不安は残っていた。


 俺はいい。結局、二十三年間まともにお付き合いした女性は千華さんだけだったし、雪世という恐怖を経験した今、多少の女性への不信感が残っていて新たに女性と恋愛なんてする気が起きない。


 だが千華さんは勢いで結婚しても良かったのだろうか?


「え、俺は羨ましいけどなー。俺も結婚してェ。でも透子はアイドルに夢中で、そんな気は毛頭ないだろうなぁ」


 慎司さんの口から透子さん彼女の名前が出て、思わず反応してしまった。


 付き合った噂は本当なのだろうか?


「あー、俺と彼女の場合、普通の恋人っていうよりも利害の一致というか? 基本は自由なんだけど、月一くらいで会ったりしてる関係かな?」

「意外とドライな関係なんですね。慎司さんの場合、もっとねちっこい関係を迫ると思っていたのに」

「ねちっこい言うな! って言いつつも、確かに崇の言う通りなんだけどな。でも向こうから出された条件だから仕方ないんだよ」


 条件? 人の都合なんて気にせず自由奔放に生きている慎司さんが?

 予想外の言葉に耳を疑ったが、裏を返せば条件を飲んででも付き合いたかったと言うことなのだろう。


 羽織さんといい、透子さんといい、気の強い女性が好みの慎司さんのことだから、案外距離を置いているくらいが丁度良いのかもしれない。


「崇! 好きな人と付き合って結婚できるなんて、奇跡に近いことなんだから大事にしろよ?」

「慎司さんも早く関係が進むといいですね。お互い頑張りましょう」

「く……っ! お前、自分がうまくいったからって、随分上から目線だなコラァ!」


 やっぱ慎司さん、面倒臭い。

 心の底から透子さんのことが心配に思えた。


「にしてもさー、話を戻すけど、もし相手が仕掛けて来なかった時はどうするん? 何か別の手を打つん?」

「え、別に? 今以上の攻撃をするつもりはないですけど? わざわざ自分達から蜂の巣を突っつくような真似はしませんよ」


 それこそ永吉達のように、マウントを取って自滅するようなことは死んでもお断りだ。基本的に関わらずに生きていきたい。

 だが話を聞く限り、このまま大人しく姿を消すような連中には見えないのだ。


 そう、まともな人間なら愛する男との復縁を勧めたりはしない。

 変態なのか、頭がおかしい人なのかは分からないけれど、まともな人間だと思っていると自分達が痛い目に遭うのだ。


 ———……★


 しかし実際何事もない日々ばかりだと、アクションを起こしたくなるのは人間の性なのだろうか?


 引っ越しをして転職をしたのが功を生じたのか、普遍的で平和な日々だけが過ぎ去っていた。


 今度の住まいはオートロックの五階で、周りに侵入を許すような建物もない。余程のことがない限り、奴らに手出しはできないはずだ。


 だからこそ、いつまで警戒すればいいのかが分からなかった。まるで奴らからのアクションを待っているようで、矛盾している自分に嫌気が差す。


「崇さん、おかえりなさい。慎司さんへの報告はどうだった?」

「ただいま。まぁ、想像通りって感じかな? 千華さんも変わったことはなかった?」

「何もなかったよ。大丈夫」


 出迎えてくれた千華さんを抱き締めて、額に唇を落とした。エプロン姿で夕食の支度をしている彼女を見て、改めて結婚したんだってことを実感する。


 なんて幸せだろう……。

 これだけでもお釣りが出るほど幸せだ。


「ねぇ、崇さん。ご飯にする? お風呂にする? それとも……♡」


 恥じらいながら定番の質問を口にする千華さんに思わず悶えが止まない。世の男子よ、この質問をされた時に皆はどう答えているのだろうか?


(性的に)君が食べたいって言いたいけれど、そもそもこの質問自体がジョークのようなものだから、口に出さないのはやむ得ないのだろう。


「ちなみに私は一緒にお風呂に入りたいかな? 隅々まで綺麗にしてあげるから、入ろう?」


 前略撤回。新婚にジョークなんて存在しないのかもしれない。

 元々性に意欲的な千華さんは、何かに漕ぎ着けて甘えようとしてくる。結婚してその歯止めは一層意味がなくなったような気さえする。


「それとも先にご飯を食べて、精を付けてから一緒に入る? それでも私はいいよ?」


 上目遣いで誘惑するように覗きみる仕草は相変わらず可愛い。世の新婚女性はこんなに可愛いものなのだろうか? 


「先にお風呂に入って、その後精をつけて……ゆっくり堪能したいかな?」


 彼女の甘さに便乗して、ガラにもない我儘を伝えてみる。前なら引かれるんじゃないかってビクビクしていた言葉も臆することなく言えるようになったのは、結婚した福音なのだろう。


「それじゃ、先にお風呂に入ってて。すぐに用意をするから待っててね、アナタ♡」


 前から可愛かった千華さんの愛らしさに拍車がかかって困るのだが——!


 もちろん、その後は通常以上に頑張ったことは言うもがなであった。


 ———……★


 慎司「あぁ、そんな調子に乗っていると作者悪魔に地獄を見せられるぞ?」


 うん、甘いばかりで終わるはずがないんです。心の準備だけはよろしくお願いします(笑)

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