第31話 甘やかし、所望します

 崇視点……★


「昨日、嫌な夢を見たので、記憶を上書きする意味を含めて、満足するまで甘やかしてもらいたい所存です」


 ——所存?


 起きて早々、ギューっと抱きしめられて、衣服を剥ぎ取られ、首元を甘噛みされながら千華さんに懇願されていた。


 って、何?

 あの俺、まだ寝ぼけ過ぎて状況が分からないのですが?


「この前の不在着信とか、羽織に相談したせいで春樹のことを思い出しちゃって、すごく嫌な夢を見ちゃったの。だから崇さんとイチャイチャして記憶を改竄かいざんしたいんだけど」

「改竄って、悪いことをしたわけじゃないのに」

「ダメ……? 私、頭の中を崇さんのことでいっぱいにしたいんだけど」


 だ、ダメじゃないけど、こんな朝っぱらから?

 窓を開けたら小学生や主婦の声が聞こえる、そんな日常と隣り合わせの状況で?


 いや、こんなに不安になっている千華さんのこをを思えば、今すぐにでも抱き締めてあげたいけれど、きっとそれだけで終わるとは思えない。

 そもそも男の朝は、性欲とは無関係に元気いっぱいなのだ。今の状況を見られたら、確実に勘違いされて襲われる!(いや、襲うのだが)


 だが、こんなに不安いっぱいになっている彼女を放っておいていいのだろうか?

 ここで千華さんを元気づけることができなくて、俺に存在意義は見出せるのか?


 いや、ない。千華さんの役に立てないのなら存在している理由はないに等しい!(※ 寝起きの為、思考回路がおかしくなっています。大目に見てあげてください)


 俺は覚悟を決めて、両手を広げて待ち構えた。


「千華さん、俺で良かったらいつでも力になるよ」

「崇さん……! それじゃ、お言葉に甘えて♡」


 そのままダイレクトに抱き締められ、千華さんの豊かな二つの膨らみが押し付けられた。


 パジャマ越しでも伝わる柔らかい感触。

 耳元を掠める温かい吐息。


「崇さん、私のこと好きって言って抱き締めて?」


 ヤバい、まともに働かない寝起きの脳には刺激が強すぎる……!


「ち、千華さん。とっても可愛いよ。好きだ」

「もっと、もっと。まだまだ足りない」

「好きだ、ものすごく好きだ。世界で一番好き、大好きだよ」

「もっと、お願い。崇さんの愛を感じたいの……」


 一体どんな夢を見たんだ⁉︎

 顔を真っ赤にしてワナワナしていると、彼女の目がジッと見つめてきて、そのままチュッと軽いキスを交わしてきた。


「私、崇さんと出逢えてよかった♡」


 それは俺のセリフだ。こんな可愛い彼女ができて、俺は世界で一番の幸せ者だと思う。


 だが、だんだんと冷静さを取り戻した俺は、千華さんが見たという夢の内容が気になってきた。


 こんなに追い詰められるなんて、一体彼女はどんな過去を過ごしてきたのだろうか?


 ———……★


 千華視点……★


「満足……! 今日もたくさん崇さんを摂取」


 仕事前の崇さんに無理言って甘えてしまったけど、おかげで自分もヤル気が満たされた。

 これならどんな夢を見ても、月末の棚卸しも難なくこなせそうな気がする。


 勤務先のワンコインショップでエプロンを着用して支度を終え、レジへと向かった時だった。


 甘くて優しい気持ちが一気に溶けて、ベタベタな悪意だけが残ったような不快感。


 何でがここにいるのだろう?


あずまさん、おはようございます。丁度良かった、東さんのお知り合いの方がいらっしゃっていたんですよ」


 連絡先も消した。

 住んでいた場所も引っ越した。

 共通の友達は羽織くらいだけど、彼女から伝わる可能性はゼロに近い。


 そうなると私の勤め先を探るのは当然の結果なのかもしれない。


 でも私は会いたくなかった。

 夢の中でさえ嫌悪感でいっぱいだったのに、現実の彼女はもっと悪意で満ち溢れている。


「千華さん、お久しぶりね。お変わりなかったかしら?」

「あなた達と縁が切れたおかげでとっても幸せな時間を過ごさせて頂いてます。それにしても何の用? 春樹と別れた私に会う理由はないでしょ? 赤江さん」


 きっと天国から地獄に突き落とされる気分ってこんな感じ。


 あぁ、何で私の過去の人も崇さんの過去の人も、私たちを放っておいてくれないのだろうか? 私達を踏み台に勝手に幸せになっていったんだから、もう振り返らずに先へいってほしいのに。


 ———……★


「あれぇ、東さーん? 引き継ぎ、引き継ぎしませんかー?」


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