第46話 その後の二人について……
俺と千華さん、そして春樹さんとの対話した日のことだが——結果だけを伝えると、春樹さんは奇跡的に一命を取り留めた。
しかし、事故の損傷で顔に大きな傷跡と、半身不随という大きな障害を背負うこととなった。
ちなみに事故を起こした車の運転手は、違反をしていたせいで無免許で車を走らせていた最中だったらしいく、パトカーを見かけてパニックになって突っ込んだらしい。なんにせよ、同情の余地もない犯行だった。
「もしかしたら堕した水子の赤ちゃんの霊が、寂しがってお父さんを連れて行こうとしていたんじゃないかな? 何がともあれ今まで自分のしでかしてきたことの報いだと思って反省するべきだよね」
冷たく突き放す千華さんだったが、その可能性も否定出来ないかもしれない。それくらいあの時の赤江さんは狂気で満ちていた。何かこの世のものではないものが取り憑いているんじゃないかと思ったほどだ。
結局、自由と自慢の甘いマスクを失った春樹さんは引き篭もりになり、部屋に閉じ籠ったまま誰とも会おうとしなくなった上に、誰も面会に来なかったらしい。
ただ一人の女性を除いて——……。
こんな状況になっても、赤江さんだけは春樹さんに付き添い、献身的に支えたそうだ。食事の世話、トイレ介助、脱衣補助……。
最初のうちは拒んでいた春樹さんだったが、赤江さんの好意を目の当たりにした彼は、徐々に改心していったそうだ。
そんな赤江さんが春樹さんに求めることは一つ、もう一度春樹さんとの子供を授かりたいだったそうだ。
「今度こそちゃんと抱きしめてあげたいんです。ダメですか……?」
「ダメだなんて、そんなこと俺に言う権利はないし。けど、俺はこんな状況なのに。むしろ俺なんか放っておいて、他の男と一から始めたほうがいいんじゃねぇ?」
赤江さんにまで見放されたら、今度こそ一人きりになってしまうと言うのに、強がりを張り続ける春樹さんの真意を見抜いていた赤江さんは、顔を横に振って否定した。
「申し訳ないと思うのなら、ちゃんとリハビリをして、社会復帰を果たして下さいませ。それまで私が支えて差し上げますから」
手を重ねて見つめ合う様には、しっかりとした信頼関係が築かれていた。
きっともう、千華さんに固執するようなことはないだろう。こんな赤江さんを裏切るような展開になれば、今度こそ天罰が下るに違いない。
(いや、神が許しても俺が絶対に許さない。必ずだ)
——っと、春樹と赤江のその後については以上だが、俺にはもっと重要なことが残されていた。
まさかの千華さんの告白。妊娠していたとか……?
「千華さん、なんでそんな大事なことを話してくれなかったんだ?」
「だってまだ妊娠初期だし、ちゃんと心音が聞こえるまでは油断できないって言われたから」
「俺は……! 仮に初期で流れたとしても、今、こうして千華さんの元に宿ってくれた子供を祝いたいんだ。俺にもその喜びを分けて欲しいんだ」
彼女はハッと気づいたように驚き、はにかみながらお腹に視線を向けた。
「……そうだよね。この子はもう、私達の子供なんだもんね」
「そうだよ。もし妊娠してるって分かっていたら、春樹さんに会わせたりしなかったのに」
ストレスや疲労は妊娠によくないのだ。それに万が一のことがあったら、ボコボコのギタギタにしても許せないほど痛めつける羽目になっていただろう。
「それはダメだよ。お父さんが犯罪者になったら、生まれてくる子供が可哀想だから。それにあんなのを殴って、崇さんが罪を犯すのも間違ってる」
そうならなくて良かったと心から感謝するばかりだ。
俺は千華さんのお腹に手を当てて、ゆっくりと撫でた。
ここに俺と千華さんの子供がいるなんて信じられない。そもそも結婚だって、同棲の延長みたいで自覚が芽生えていないというのに。
「俺、二人を守るために頑張るよ。何があっても絶対に幸せにするから」
「崇さん……。ううん、そんな意気込まなくてもいいよ。そもそも今の時点でかなり幸せ。私は崇さんと出会えた時点で、ずっとずっと幸せなんだから」
優しく微笑む千華さんの頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねあった。
柔い感触と温もりと。
俺は今の幸せを噛み締めながら、強く抱き締めた。
———……★
「これにて春樹・赤江編終わり」
第二章も無事に終わりました! 長かったような、あっという間だったような……。
春樹に関しては、ちょっと甘緩い結末になってしまったかもしれないですが、後日ちゃんと謝罪があったので多めに見てあげて下さいm(_ _)m
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