第29話 昔の千華は、こんなに笑う子じゃなかったんだよた
「あー……買ってたお菓子、全部食べちゃったね。羽織はまだ時間ある?」
「うん、今日は何も予定ないけど、気を遣わなくていいよ」
「ううん、ただたんに私が食べたいだけ。ごめん、崇さん。ちょっとコンビニに行ってきます」
「それなら俺が行こうか? 千華さんは羽織さんと語っていたらいいよ」
だけど千華さんはフルフルと顔を振って「自分で食べたいものを決めたいからいいよ」と早々と出ていってしまった。
いやいやいや!
いくら信頼しているとはいえ、彼氏と友達を残して行くか? 普通なら万が一のことがあったらと心配になるはずのに。
残された二人は呆れながら苦笑を溢し合った。
「千華らしいなぁ。でも丁度良かった。私も崇さんに話したいことがあったから」
「え?」
そう言って羽織さんは、少し足を崩して俺の方に身体を向け直してきた。
典型的な美少女タイプの千華さんに比べて、クールでサバサバした綺麗系な羽織さん。
やましいことは考えていないにしても、変な汗が噴き出て顔が引き攣ってしまう。
「あ、あぁ、そうだ! 羽織さんは何か飲む? フルーティな味がする紅茶とかあるけど」
「ううん、お気遣いなく。まだお茶が残っているし」
ジィーっと見つめて、落ち着かない。
コンビニのお菓子を全種買ってきてでも、買いに行けば良かったと激しく後悔した。
「ふふっ、崇さんって本当に良い人だよね……」
「いや、そんなことは。俺なんてただの小心者だし」
「そんな謙遜しなくてもいいよ。だって今の千華を見ていたら、どれだけ崇さんに大事にされているか分かるもん。崇さん、これからも千華が笑顔でいられるように、よろしくお願いします」
深々と頭を下げられ、俺はただただ焦ってしまった。こんなことされても困るだけだ。
そもそも俺は、無意識に接しているだけで、何も特別なことをしているわけではない。
「だとしたら尚更。だって千華は、こんなに笑う子じゃなかったんだよ? 春樹は自分は好き勝手していたくせに、彼女だった千華が他の人と仲良くしているだけで不機嫌になって責め立てるような器の小さな男だったから」
どういう意味だろう?
俺も千華さんが他の男性と仲良く話している姿を見たら普通に嫉妬してしまうが、それは好意を抱いていたら普通の状況ではと疑問が湧いた。
「千華って、少し空気を読まずに発言することがあるでしょ? そのせいで友達が少なくてね。小さい頃からずっと春樹が面倒を見たてくれたみたい。でもそこをうまく利用して、春樹は千華を都合のいい存在に仕立て上げたの」
少しずつ見えてきたする。
羽織さんは、やっと転機を迎えた友達が元に戻ってしまうことを恐れているのだろう。
「春樹といる時の千華は、生気がなくて痛々しかった。春樹は他の女の人と仲良くしていても何も言えなくて、ひたすら我慢して。春樹の取り巻きの子の妊娠のおかげで縁を切ることができたんだけど、春樹は千華に固執していたから心配なんだよね」
パン屋で話した時には気付かなかったけれど、よく考えたら初対面の俺にしつこく声を掛けてきたのも普通ではなかったのかもしれない。
「ごめんね、うまく説明できなくて。とにかく私は千華に幸せになってもらいたいの」
「俺なんかが幸せにしてあげられるのか不安だけど。俺にできることは何でもするよ」
それからしばらくして、千華さんは大量のお菓子とジュースを持って戻ってきた。
「見てみて崇さん、羽織! すごく美味しそうなチョコを見つけたよ!」
まるでお菓子を買い与えてもらった幼稚園生のように笑顔をみせてくる彼女を見て、悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
「どうしたの、二人とも。元気がないよ?」
首を傾げて不思議そうな表情を浮かべて。
つくづく人間っていうものは、付き合っていく人間によって大きく人生が変わってしまうと痛感した。彼女が幸せに笑ってくれるのなら、この笑顔を守る為に最善を尽くそう。
「千華、アンタ。崇さんを大事にしてね? 応援してるから」
「え、うん。ありがとう」
千華さんの為にも、俺の為、羽織さんの為にも強くなろうと決意した。
———……★
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