第33話 俺にだけは話してよ【胸糞あり】

 思いがけない伏兵の登場に、赤江は悔しそうに歯を食いしばって逃げるように去っていった。


「おーい、せっかく注文した珈琲が冷めるよー? っていうか、金払えよ無銭飲食」


 やれやれと伝票を見てから裏返して、自分のところに収めた。

 危機が去った今でも心臓がバクバクして高鳴りが止まない。眩暈がして倒れそうだ。


「千華ちゃんは飲んでもいいよ。可愛い子には何でもご馳走しちゃう。ほら、ケーキも頼んじゃう? クラシックショコラも美味しそうだったよ?」

「いえ、飲み物だけで十分です。それより慎司さん。ありがとうございました」


 真っ白なカップを口にしながら「感謝するなら崇に言ってやって」とくしゃっと笑った。


「それにしても随分ときな臭い話をしていたね。千華ちゃんの元カレって暴力振るう人だった? それとも——……」

「暴力って言うほどのことじゃないんです……っ! でも、その、春樹とのことは、崇さんに知られたくない」


 ううん、本当だったら慎司さんにも羽織にも知られたくなかった。

 ずっと私と春樹だけで完結したことにして葬りたかった事実。


 唯ならぬ空気に慎司さんも察したのか、どうしようかと頭を掻いて言葉選びを悩んでいた。


「——あのね、千華ちゃん。君はドン引きするかもしれないけど、俺には恥ずかしい性癖があってね? めっちゃくちゃ気の強い女子が好きなんだ」

「………え?」

「なじって、なじって、完膚なきまでなじられた後に甘やかされるのがとんでもなく大好物で、この上なく興奮する。きっと俺だけじゃなく、人間誰しも人には言えない性壁があると思うんだ」

「でも、私は……」

「俺と情報を共有し合おう。俺も話すから千華ちゃんも話してよ? 君にだけ恥ずかしい思いをさせたりしないから」


 慎司さんはズルいな。先に話されてしまったら、イヤなんて言えないじゃない。

 崇さんに言わないなら、絶対に他言しないのなら——と、約束して、私は誰にも言えなかった秘密を暴露した。


「暴力は振るわないし、無理やりってわけじゃないんです。でも春樹は……、私の身体をロープで縛って、自由を奪って、ひたすらこう言うんです」


 ——千華は俺のモノ。頭のてっぺんから爪先まで全部、全部。


「たまに目隠しされて、何時間もかけて言ってくるから頭がおかしくなって。でも『千華がいないと俺は死んじゃう』なんて言われたら離れられないし、私が側にいなきゃって思っちゃって。でも結局、他の彼女と浮気をして裏切っていたんですけどね」


 あの時のことを思い出すと、いまだに全身の毛立って嫌な汗が滲み出る。


 春樹と別れるまでそれが普通だと思っていたから、崇さんと出逢ってからは世界が反転して色鮮やかで輝いて見えた程だ。


「ゲェー……その男、最低だなー。千華ちゃんの尊厳を根刮ぎ刈っておきながら、自分は美味しい思いをして。でもさっきの女も頭が可笑しいね。嫌な部分は千華ちゃんに押し付けて、自分だけ甘い汁を吸おうなんて。千華ちゃんには崇っていうパートナーがいるんだから諦めろって話なのに」


 何も知らない他の女に押し付ければいいのにって無責任なことを口にしていたが、それは赤江が嫌がるのが目に見えている。


「多分、私が身体を許していなかったのを知っているから、私を指名したんだと思います」

「———え?」


 私の言葉に慎司さんはキョトンと黙り込んだ。


「身体を許していない?」

「え、はい」

「ってことは、千華ちゃん、崇とヤるまで処女だったの⁉︎」

「逆に学生で行為を行う方がおかしいです。結婚する気がないならヤるなと言い続けてやりましたよ」


 崇さんはちゃんと仕事もして、責任も取ってくれると約束したので身体の関係を許したけれど、春樹に関しては許さなくて正解だったと自分を褒めてあげたいほどだ。


 結果的に赤江も妊娠して中絶していたので、私の直感は間違っていなかった。


「崇は千華ちゃんが経験済みだと思ってたから、言ってあげなよ! アイツがどれだけ元カレに嫉妬していたか、千華ちゃん知らないだろう⁉︎」

「何で? 春樹よりも崇さんの方が何百倍も素敵なのに? 嫉妬する意味が分からない」

「男っていう生き物はそういうモノなの! 何にせよ春樹って奴はとんでもない奴だねー。俺だったらケチョンケチョンにしてやるけど、千華ちゃんも崇も関わりたくないんだもんね」


「うんうん」と、何度も深く頷いた。

 下手に関わると永吉さん達の二の舞になりかねないのだ。


 結局、明確な答えを導くことができないまま、私達は店を出た。


———……★


「慎司さん、くれぐれも内密に」

「千華ちゃんもね。他人にバレたら変態の烙印を押されかねない(ガタガタブルブル)」

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