第39話 真実はいつも残酷で【ホラー】

 千華視点……★


「え、赤江が攻撃仕掛けてきた?」

「うん、GPS送りつけてきて住所を特定されちゃった」


 今日は久々に羽織ちゃんと一緒に喫茶店に食事をして、お互いの現状を報告し合った。

 赤江はあくまで私と春樹を結ばせたいらしいけれど、分かりやすい攻撃や嫌がらせに理解不能だった。


「……え、赤江はまだ春樹と付き合ってるの? 赤ちゃん堕したり千華と復縁企んでいたり、意味が分からないんだけど」

「もう何もかもが謎。多分、誰も理解できないと思うな」


 やることなすこと全てが回りくどくて気持ち悪い。そのくせに諦めが悪くてしつこくて困っているんだ。


「でも、正直どうでもいいんだけどね。何かしてきたら警察に相談するだけだし」


 そう、やることは決まってる。

 あの二人が何かをしてきたって訴えるだけなんだ。私には崇さんがいる。


 そう思っていたのに、まさかこんなこんなことが待っているなんて思ってもいなかった。



 新しいマンションは築浅物件でとても綺麗。

 中心部から離れているおかげで、思ったほどは家賃も高くないみたいだけど、それでも二人の収入よりも割高なので申し訳ない気持ちになる。


 私のせいで崇さんは慣れていた職場を辞めて、新たな老人ホームで働き始めた。結婚だって引っ越しだって、全部私の為だからって二つ返事で了承してくれた。


 あんな素敵な人、もう二度と現れない。

 私にできる限りを尽くして、崇さんを幸せにしてあげたい。


「崇さん、シフォンケーキ好きかな? 羽織と一緒に行った喫茶店、とても美味しかったな」


 カードキーを取り出して、エントランスへと入ろうとしたその時だった。

 少し奥にあるポストの辺りに二つの人影が目に入った。不審者かなと警戒しながら見ていると、その一人が崇さんだってことに気付いて、一気に血の気が引いてしまった。


 絡みつく腕。堀の深い厚化粧に大きな胸元。


 ただ絶望せずに済んだのは、その顔が思いっきり突き放されていて、見たことのない醜女っぷりを晒していたおかげだった。


「違っ、いや! 崇さん、何が起きてるの⁉︎」

「ち、千華さん! 違う、これはその! 勘違いしないで!」


 大丈夫、その状況では流石に勘違いしない! ちゃんと抵抗してくれているのは分かっている。


 でも何が起きてるの⁉︎


「わ、別れろって言ってんのに、何で別れないんですか! 千華さん、あなたもあなたですわ! こんなクソつまんない男と付き合ってないで、早く春樹さんとヨリを戻せェ!」


 戦ってるの? 揉み合ってるの? 別な意味で!


「千華さんは復縁する気なんて全くないんだから、さっさと諦めろ! んで二人で乳繰り合え‼︎」

「このクソ分からずや! 私じゃダメだから、こうして色々してるんじゃないですか!」

「なら何で千華さんに嫌がらせをしたんだよ! 自分のことしか考えていないくせに振り回すなァ! いや、結果的には別れるきっかけをくれてありがとうなんだけど!」


 崇さんも何で感謝しているの?


 え、居場所を突き止めた赤江が突撃してきた場面に崇さんが遭遇したってことだろうか?


 デレデレしたり、移り気したらどうしようかと不安だったけれど、そんな感じにならなくて良かったと安心した。でも今はそんな言ってる場合じゃない!


 カバンに備え付けていた防犯ブザーを手にし、そのままブザーを鳴らした。


 ビィィィ———ッ! ビィィィ———ッ!


「ち、千華さん! このタイミングで⁉︎ やめてくれ、まるで俺が襲っているみたいじゃん!」

「え、襲われているのは崇さんでしょ?」

「そうだけど、待って! 事情を知らない人は勘違いするから‼︎」


 崇さんは必死に赤江を突き放して距離を置いた。それでも無我夢中に追い求めてくる様子は最早ホラーのワンシーンのようだったが、周囲の住人が野次馬のように現れたのをきっかけに、赤江はバツが悪そうにその場を去っていった。


「——ふぅ、まさか鉢合わせるとは思ってなかったな」

「一体何が起きたの? 理解出来ないんだけど」

「いや、俺も何が何だか。エントランスに入ろうとした瞬間、いきなり襲われて。別れるまで離さないって脅されたんだ」


 一歩間違えれば警察沙汰だというのに?

 この前から赤江の行動がおかしい。

 こんなのまるで、わざと捕まりたがっているとしか思えない。


 現実が思っていた確信から遠ざかっていって、だんだん恐くなってきた。

 もしかして私は、色々と思い違いをしているのではないだろうか?


 とりあえず騒動を起こしてしまったことを詫びながら、私達は部屋へと戻った。

 そして一から情報を整理することにした。


「千華さんと春樹さんは昔からの幼馴染で、高校の時からお付き合いをしていた。けれど高二辺りから赤江に嫌がらせを受け出した——で、合ってる?」

「合ってる……。そして高校三年の時に赤江が妊娠してる噂が立ったの。実際に何日も休みが続いたこともあったし……。でも彼女が戻ってきた時にはお腹も大きくなくて、子供を堕したって後から知ったの」


 その時、崇さんは考え込むように口元を押さえ、しばらくの間黙り込んでいた。


「それってさ、どっちの判断だったんだろう?」

「え?」

「彼女の意思で堕ろしたのか、それとも春樹さんが堕すように頼んだのか。そもそも本当に妊娠していたのか」


 その時は妊娠するような行為をしていた挙句、罪のない子供を堕したことに腹を立て、深く追求しなかったが、確かに……。

 私も噂でしか聞いていないので、真実は分からずじまいだった。


「羽織さんなら何か知ってるかな。赤江さんの奇行のせいで思い違いをしていたかもしれないけど、赤江さんは本当に春樹さんと付き合ってるのかな」

「ど、どういう意味? だって赤江は春樹のことを」

「千華さんは春樹さんから逃げ出したいくらい怖かったんでしょう? 実は赤江さんも同じ思いをしたんじゃないかな? 洗脳まがいなことまでして束縛して……。今の赤江さんが脅されていないって確証はどこにもないだろう?」


 ——そういうことか。

 被害者は私一人とは限らないんだ。


 赤江は私に春樹を押し付けたくて復縁を迫っていた。

 それが叶わないなら、自分自身が警察に捕まれば春樹と距離を取れると思って、あえて犯罪まがいなことをした……?


「待って、それ……すごく恐い。春樹は赤江を脅してまで、私を傍に置こうとしてるってこと?」


 その瞬間、過去の記憶が鮮明に蘇った。

 腕を縛られ、目隠しをされて、ずっとずっと愛してると囁かれていた忌々しい思い出が……。


『千華、愛してるよ。ずっとずっと俺が傍にいるからね』


 同じ愛でも、崇さんとは全然違う。

 自分の手は一切汚さず、自分勝手で独りよがりな想いに嫌気が差した。

 でもそれは私も同様なのだろう。


 きちんと決着もつけずに逃げてばかりで……ちゃんと終止符を打てば、こんなのことにならなかったのだろうか?


思い出しただけでも手足の震えが止まらない。だけど逃げたらダメだ。ちゃんと向き合わないと、終わらせないと——……!


「崇さん、私……春樹に会ってくる」

「え? いや、千華さん、それは危険だから」

「——うん、分かってる。でもそれでもちゃんと終わらせないといけないんだ。だからお願い……私と一緒に会ってくれないかな?」


 一人では戦えない。でも彼となら、崇さんと一緒なら。


 私はきちんと終わらせることができそうな気がする。


 ———……★


「ってことは、赤江も被害者? どうなんだ?」


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