第17話 バクバクバクバク
雪世との一戦後——……
正直、ハンドルを持つ手が震えていたし、酷い手汗で滲んでいた。
千華さんと出会って半年以上が経とうとしていたが、彼女のあんな姿を見たのは初めてだった。未だに現実だったのかと半信半疑なまま混乱に陥っていた俺は、戸惑いながら運転を続けていた。
「んんーっ、やっと言ってやった! スッキリしたね、崇さん」
「え、あ、うん! そうだね! 千華さんもありがとう。それにしてもキャンセル料とか、よく咄嗟に出せたね」
いつも辿々しい不思議ちゃんの雰囲気を醸し出している千華さんとは思えない発言だった。だが、そのおかげで言い負かせることができたのも事実だ。
「きっと雪世さんは、かっこよくなった崇さんを見て、自分がドラマのヒロインにでもなった気分なんだろうなって気付いてね。きっと見たくない事実から目を逸らしているだろうなって思ったから、教えてあげたんだ。よくマンガやドラマでは頻繁に婚約破棄って言われているけど、実際はとんでもなく大変なことだからね」
恐ろしいことを笑顔で話す千華さんに少し背筋が凍ったが、それよりも感謝の方が上回る。
「——そういえば千華さん。さっき俺と結婚前提でお付き合いしてるって言ってたけれど、あれは?」
チラッと顔色を伺うように覗き込んでみると、彼女はニンマリと笑みを浮かべて、空いていた左手を握りしめてきた。
「咄嗟についた嘘だったけど、嫌だった? ごめんね、勝手に言っちゃって」
「いや、俺は嬉しかったけど!」
言葉が続けられず、微妙な空気が漂う。
嬉しかったのに素直に言えなくて、嫌だったと勘違いさせてしまったようだ。
くっ、本来だったら俺から彼女にカッコよくプロポーズを決めたかったのに! 全ての予定が永吉達のせいで狂っている気がする。あんなに順調だったのに。
やはり性根の腐った奴に近づくべきではないのだろう。自分達の運気が下がっている気がする。
それに対して千華さんは、やっぱり俺にとって幸運の女神だと実感する。彼女がいなかったら今の自分はあり得ないし、きっと馬鹿にされ続ける人生だったに違いない。
だからこの手を、俺は絶対に離すわけにはいかないのだと——そのまま指先に力を込めた。
正直に話すと、結婚に関してはまだ自信はない。
まだ、他人の人生を背負えるほどの経済力も責任能力も俺にはない。
彼女の幸せを願うからこそ、もう少しだけ待っていてほしいのだ。
「その時が来たら、最高の状態で伝えたいから」
独りよがりな考え方にも関わらず、千華さんは静かに頷いで「待ってるね」と応えてくれた。
———……★
それにしても全く言葉が通じなかった
すっかり満身創痍になった雪世だったが、自宅ではなく俺の部屋へと向かっていたそうだ。
そう、あまりにも昔のことすぎて、俺も忘れていた事実があった。
雪世は持っていた合鍵を手にしたまま、歪な笑みを浮かべて階段を登り続けてたのだ。
「絶対に許さない。田中くんのくせに生意気な……っ! 私は絶対に諦めないんだからね!」
部屋の前に着いた彼女は、不敵な笑みを浮かべ、鍵を取り出して施錠を開けようとしていた。
「私のことを馬鹿にするなら、金目のものを全部奪ってやる! これは慰謝料よ。私のことを中傷した罰よ!」
しかし、鍵穴に入ったまでは良かったが、いくら回してもビクともしなかった。焦る雪世。だが、彼女の思惑通りには進まなかった。
「何で? 前は使えたのに……! 開いてよ、開けろよコノヤロウ‼︎」
ドンドンドンと力任せにドアを叩いていたが、そんな行為で開くわけもなく。彼女は手に血が滲むほど迷惑行為を重ねていた。
もちろん雪世と別れた際に俺は鍵を交換していたのだ。まさかとは思ったが、やはり縁を切った人間が合鍵を持っている事実が怖かったので踏み切ったのだが、数年後にしてやっと効果を発揮したようだ。
「ふざけるなァ! 畜生!」
結局、そのアパートの住人から苦情が入った雪世は、警察に通報されてそのまま事情聴取されるハメとなった。
———……★
大家「ねぇ、田中くん。あなたの家にこんな人がいたんだけど、知り合い?」
崇「(ゲっ、雪世だ。けど今は……)いえ、赤の他人です」
大家「そっか、それなら気にしなくていいかな? 実はこの子、君の部屋の前で大暴れしていてね。勝手に通報したけれど問題なかったわね」
崇「見たかった……! その光景、見たかった!」
5月25日〜27日付、★ありがとうございます!
@shog様・@sion_sgdt54様・@omu2022様・@furico283-nemomisa1218様・@amaneko-0529様・@apostrophe666様・@kouKOBE様・@namako34様・Katsushi様
そして比絽斗様、レビューありがとうございます!
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