第20話 元カレの方がいい……?
当初の予定通り、買いたいパンを購入することができた俺は、千華さんの待っている部屋へと足早に戻った。
既に目を覚ましていた千華さんは、サラダとミルクたっぷりのカフェオレを用意して待っていてくれたことに、自然と頬が綻んだ。
「崇さん、おかえりなさい。クロワッサン、あった?」
「おはよ、ただいま千華さん。それとナッツのラスクも買ってきたよ。確かコレも好きだったよね」
彼女は嬉々とした表情を浮かべて跳ねるように近づいて袋の中を覗き込んできた。まるで小動物のような行動に思わず表情筋が緩み切ってしまう。
「早く食べよ! 崇さんはコーヒーがいい? それともカフェオレ?」
「今日はカフェオレを貰おうかな? いやさー、パン屋で変な男の人に声をかけられてビックリしたよ。男一人で買いに行くのって変なんかな?」
「ケーキ屋とかカフェとかならともかく、パン屋なら別におかしくないけどね。もしかしてその人がゲイで、崇さんのことが気になって声を掛けてきたんだったりして」
——ゲイ? 今まで回りにいなかったので、大袈裟に驚いてしまった。
偏見はないけれど、自分は性の対象が女性なので好意を持たれても困るのだが……。
いや、確か元カノがクロワッサンが好きだって話をしていたから、ゲイの可能性は低い。バイの可能性は否定できないが。
「名前もさ、春樹ってイケメンらしい名前でさ。スゲェーモテるんだろうなって思ったよ。メロンパンやサンドイッチばかりだから、オススメはないか聞かれてさ」
トースターで軽く温めようと皿に移している最中だったのだが、彼の名前を告げた瞬間に顔を強張らせていった。
みるみるうちに青ざめる表情。黒目を泳がせて分かりやすく動揺し始めた。
「……え、待って? その人って、身長は? 崇さんより大きい? 目はツリ目じゃなかった?」
「んー、少し大きかった気がする。目はそうだね、ツリ目でセンターで前髪を分けていて」
すると、千華さんは見たことのないくらい嫌そうな表情で視線を逸らした。
何? どうした?
「崇さんって、本当に不幸体質。なんでよりによって春樹と会っちゃうの? ヤダヤダヤダヤダー……、ソイツ、私の元カレだよ、多分」
「え? えぇぇ⁉︎」
あまりの驚愕に、せっかく買ったパンを床に落としてしまったが、最早それどころではない。
「まさか連絡先とか交換していないよね? 後をつけられていないよね? やだー、もう二度と会いたくないんだけど」
「も、元カレってそんなに嫌な奴だった?」
これで否定でもされたらショックだったが、聞かないわけにはいかなかった。
だが、返ってきた反応は別な意味で想像していないものだった。
「最低だよ。救いようもないくらい。一見、好青年なのが更にムカつくんだよね。どうせ縁を切るなら、バリカンで眉まで刈り上げてやればよかったと思うくらい」
ハゲにされるのも嫌だけど、眉はもっと嫌だなと苦笑いを溢した。
それにしても、千華さんにここまで言わせる春樹さんってどんな奴なのだろう?
「ある意味、永吉先輩より最低。女の敵。私も羽織ちゃんも散々嫌がらせをされたもん。春樹の取り巻きに」
「と、取り巻き?」
「春樹を崇拝している変な女の子達。崇さんも気をつけてね、あの人外面だけはいいから」
あ、頭が痛くなってきた。
それにしても千華さんも、何故そんな奴と付き合っていたのだろう?
顔か? 所詮、やはり顔なのか?
「春樹はね、元々幼馴染だったの。昔はいい人で、よく皆で遊んだりゲームしたり、一緒にいることが普通だったんだけど……」
どんどん小さくなっていった声。最後の辺りは上手く聞き取れなかった。
やはり元カレとの過去を思い出して悲しくなったのだろうか?
「——させたの」
「……え?」
「ある女の子を妊娠させたの。しかもよりによって、私にずっと嫌がらせをしていた取り巻きの女の子を!」
に、妊娠——……⁉︎
と、いうことは、避妊をしていなかったのだろうか? それとも〇.〇一%の確率で失敗でもしてのだろうか?
「別にいいの、妊娠させてしまったことは。それが彼の運命だったんだから責任取って育ててくれたら。なのに春樹は……その子供を堕ろしたの。ううん、正しくは女の子が堕したのか、どっちが言い出したのかは分からないけど、気づいた時にはお腹の赤ちゃんはいなくなっていて、私はそれが許せなかった」
思っていた以上に重たい事実に、俺は掛ける言葉が見つからなかった。
そして千華さんが、どれだけ失望して別れたのかをやっと知ることができた。
——だが、同時に棘のように引っ掛かる事実が残っていた。
おそらくだが、春樹さんはまだ千華さんに未練を抱いているに違いない。彼が話していたクロワッサンが好きな元カノは千華さんに違いないだろうから。
「崇さんも気をつけて。アイツはタチが悪いよ? 永吉先輩や雪世さんとは別な意味で近付きたくない人間だから」
———……★
「そんなに悪い奴だったのか。え、春樹さんは俺が千華ちゃんと繋がってるって分かってて話しかけてきたのか⁉︎」
「その可能性は低いと思うけど………だとしたら、崇さん本当に運が悪いね」
★ありがとうございます!
@193miya様、みなみのねこ🐈様
みなみのねこ🐈様からはレビューも頂きました! 本当にありがたいです!
※ 前話で春樹をクズにはしないと書いていたのに、書いたのを忘れて屑男にしてしまいました💦
申し訳ないです💦
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます