第44話 ついにご対面、だけど肝心の奴は……【ザマァ開始】

 崇視点……★


 いよいよ長年千華さんを苦しめていた元カレ、春樹さんと決着を着ける時が来た。

 指定された場所は某有名ファミレス店。ここならおかしな行動を取られる心配もないだろうと、手を取り合って入店した。


 だが、朝からずっと襲ってくる症状は、緊張だけで済ませるレベルじゃなかった。

 指先も震えるし、手汗も半端じゃない。呼吸も単発になりがちだし、頭も真っ白になって一歩を踏み出すことすら苦しみを感じるほどだった。


 けれど俺以上に千華さんが苦しいはずだから、俺の不安を表に出すわけにはいかない。繋いだ手を強く握り返して、また一歩を踏み出した。



 春樹さんが座っていたのは出入口から真っ直ぐに進んだ先にあるテーブル席。窓際の外がよく見える場所。


 キレ目の眼差しにセンター分けのアッシュブラウンの髪。やはりパン屋で見かけた青年に間違いなかった。


「——あ、千華。久しぶり、元気にしてた?」


 俺達の存在に気付きた春樹さんは、人懐っこい笑みを浮かべて挨拶をしてきた。とても女癖の悪い浮気野郎には見えない爽やかさだ。人は見かけによらないと、お手本になる極悪人である。


 いや、違うな。うまく騙すことができるから浮気をするのだろう。


「そして貴方が千華のお相手ですか? 初めまして、千華の幼馴染で彼氏だった春樹です」

「——、田中です」


 当たり前だけど、彼は俺との面識を覚えてなどいなかった。覚えられていても恐いだけなのだが、安心したような拍子抜けしたような何とも言えない感覚が襲いかかった。


 だが、それも束の間。

 まるで値踏みするかのように全身を舐め回すように見つめられ、口角を歪めながら笑みを浮かべられた。


「千華も人が悪いよな。俺に距離を取って、知らないうちに他の男と付き合っちゃうんだから」

「な——っ!」


 黙ってだぁ? 

 いやいや、千華さんから聞いた話だと、他の女性と浮気をして妊娠させた挙句、中絶させたのはお前だろう?


 だが春樹さんの言い分だと、自分ではなく千華さんに非があるような言い回しだった。


「しかも俺と別れて一年くらい? まだそんなに月日が経っていないのに結婚だなんて、随分と早まったんじゃないか? 田中さんも苦労してるんじゃないですか? だって千華って突拍子のないことをしでかすでしょう?」


 これは……マウントをとりに来ているのか?


 春樹さんしか知らない千華さん、春樹さんにしか理解できない千華さんがいるとでも言いたいのだろうか?


 俺は殴りたい衝動を抑えながら、冷静に言い放ってやった。


「とんでもない。ちっとも苦労なんて思いませんよ。とても可愛らしい行動に、癒されるほどですから」


 申し訳ないが、負の言葉で縛り付けていたお前とはスタンスが違うんだよ!

 春樹さんの体裁を守る為とはいえ、愛する千華さんを苦労呼ばわりすることも頭に来た。


 やっぱりコイツにだけは負けたくない。


「春樹、もう知っていると思うけど、私は崇さんと結婚したから、もう関わらないで欲しいの。あなたのことを思い出すたびに、高校の時に味わった惨めな思い出が蘇るから、金輪際会いたくないです。なので私の視界に、そして私の耳にも一切入らないでください」

「え、そんなの千華が勝手に決めたことじゃないか。俺はまだ認めてないよ? 今すぐ別れてくれれば水に流すから、ね? 早く俺のところに戻っておいでよ。本当の千華を受け入れられるのは俺しかいないんだから」


 本当の千華? コイツ、何を勘違いしているのだろうか? そもそもコイツと付き合っていた時の千華さんは、逃げたくても逃げられなくて我慢して怯え続けていた千華さんだ。


 何も知らないくせに現実を見ようともしない彼に苛立ちが募っていく。やっぱり一発殴ろうか?


「っていうか、田中さんもよく結婚決めましたね。千華って貞操概念が固すぎて面白くないでしょう?」

「え、全然? 俺にはすごく甘えてくれますけど?」


 ——即答した俺の言葉に、妙な沈黙が走った。

 春樹さんの口角がヒクヒクして歪な笑みになっている。


「いやいや、千華に限ってそんなこと。コイツは甘えるどころか、ろくに感情も出さない人間なんですよ? こんな面倒な女、俺しか理解できないはず」

「あなたの目は節穴ですか? 俺が言うのも何ですが、出会ったばかりの頃の千華さんは自信がなくてどこか不安そうな表情ばかりでしたけど、今はよく笑って何でも話してくれるようになりました。大体面倒? 男なら好きな女性のワガママくらい黙って聞き入れろ! 何でもかんでも自分のことばかり主張するな!」


 思わず張ってしまった声に、回りの客がシン……と静まり返ってしまった。


 やってしまった……。


「は、ははは……っ、何を言っているんですか? まだ出会って一年そこらで千華のことを分かったつもりにならないでもらいたい。コイツは空気が読めないダメ女なんですよ! コイツが回りの人間に馬鹿にされるたびに俺が庇ってやったんです! 俺がずっと守ってきたのに!」


 確かに春樹さんの言うとおり、二人の過ごしてきた年月には敵わない。

 彼の言うとおり、最初は千華さんのことを思って行動してくれていたのかもしれないけれど、今は違うだろう? 本当に千華さんのことを思うなら、彼女の幸せを願ってほしい。


「春樹、私は……あなたに感謝もしていた。ちゃんと好きだったから付き合ったんだ。でもね、だんだん気付いていっちゃったんだ。春樹はである私をそばに置いておきたかっただけでしょ? 自分の体裁を守るために」

「いや、違う! そんなことは!」

「だから私が嫌がること……浮気とかも平気でしてたんでしょう?」

「違うって、だから」

「それじゃ、何で赤江とエッチしたの⁉︎」

「千華が俺とセックスしなかったせいだろう! 全部全部お前のせいだよ!」


 やっぱりコイツ、処そう。

 だが、千華さん……未経験だったのか。思いがけない事実に、顔のニマニマが止まらなかった。


———……★


「春樹さんと千華さん、関係がなかったのか……(ってことは、千華さんナチュラルエロガール。それはそれで末恐ろしい)」


今回は2話更新です! 12時にまたお会いしましょう!

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