第54話 もう無理、俺は逃げられない

「私だけを愛して? 他の女なんかにうつつを抜かしたら、その喉を噛み切ってあげる」


 そう言って消えた彼女、真魚まなは他の女になりすましてコンタクトを取ってきた。


 全身の血の気が引いて、鳥肌がたった。

 待って、この場合、俺は他の女に心許したことになるのか?


 でも結果的に定子ちゃんは真魚だったのだから、裏切っていないことになるのだが、そもそも俺は定子ちゃんに真魚らしさを見出していなかった。

 むしろ金輪際、真魚と接点なんてないのだろうと諦めていたほどだ。だからこの再会は一ミリたりとも想像していなかった。


 ニッと、八重歯を見せて笑った真魚の笑顔に、顔が引き攣った。


 あ、俺、終わったわ。


 彼女の指先が俺の首筋をなぞる。わざとらしく爪を立てて、痛みを伴いながらクネって滑らせる。


「慎司くんは結婚がしたいんだァ。ねぇ、どんな結婚をしたいの? 亭主関白? それとも尻に敷かれたい?」

「ど、どんなって、そんなの普通に決まってるじゃん!」


 真っ直ぐに射抜くように見つめる彼女の瞳に怖気つきながら、強く唇を噛み締めた。


「——普通? ねぇ、普通って何? 慎司くんが思う普通ってさ……何何何なになになにィ? だってさぁ、慎司くんって変態でしょ? 私に跨られて下半身を硬くするようなど変態さんなのに、どんな面をして普通を所望しているのォ?」


 や、やめてくれ! こんな公然の場で俺の性癖を叫ばないでくれ!


「飼われたいんでしょ? 本当は私みたいな生意気な女に飼われて嬲られたいくせに、澄ました顔でイケメンぶらないでよォ!」

「ま、待って、真魚……! 場所を変えよう? もっと二人で、ゆっくり話せるところに」


 その言葉にピタリと止まった彼女は、満面の笑みを浮かべて甘え始めた。この豹変振りに悪寒が止まらない。


「もう、慎司くんったら。二人きりになりたいなら早くそう言って? 喜んで移動したのに♡」


 ギューっと腕を掴んで、逃げられないようにガッツリとホールドされてしまった。


「あのね、私……駅ビルの可愛いホテルを予約したの。そこなら周りのことなんて気にしないでイチャイチャできるよ?」


 いや、イチャイチャなんてする予定はないんだけれど?


「あぁー、幸せ♡ てっきり慎司くんは他の女とさっさと結婚して、子供を三人くらい孕ませていると思っていたから、独り身で良かった♡」

「も、もし俺が結婚してたら、真魚は諦めていた?」

「えー? そんなの決まっているでしょう?」


 彼女はグルンと顔を向けると、目をカッ開いて言い放った。


「………その粗末なチン◯をすり潰して、海にばら撒いてやるところだったよ」


 こここ恐っっっ‼︎


 この目は冗談じゃない! 本気マジだ‼︎

 滝のように流れる脂汗と尋常でない脈拍の早さ。なのに、期待してしまっている自分がいる。

 アレか? 生命の危機に瀕すると子孫を残したいと思うヤツ? 本能なのか? この生理現象は——……!


「——気持ち悪いね、慎司くん。一体、今どんなことを考えているのかなぁ? そんな変態で気持ち悪い慎司くんのココ、真魚がトロトロにとろけるくらい気持ちよくして上げるから……ねぇ?」


 そしてその後——……俺は骨の髄まで真魚に吸い尽くされるのだった。


 ———……★


「まさかそのまま結婚まで突き進むなんて、誰が予想しただろうか?」

「そんな話、初耳だったんですけど? ドン引きですよ、変態だとは思っていましたが、そこまでだとは——……。あの、お願いですから金輪際千華さんに近付かないでくれませんか?」

「大丈夫、もう真魚奥さん以外に欲情することないと思うから」

「そういう問題じゃないんですよ。っていうか、千華さんに変な気を起こした時点で、タダじゃ済みませんけどね、慎司さん」


 後日、奥さんとの馴れ初めを聞きたいと言われて崇に話したのだが、見事に引かれてしまった。


 いやね、素直に話してしまうと恥ずかしいから、多少フィクションも交えて話を盛っているんだけどね?


「けど、いいですね。ずっと一途に慎司さんを思い続けていたってことなんでしょ?」

「んー、どうだろう? 地元に戻ってきて、不意に元カレである俺のことを思い出したから、悪戯してやろうくらいの気持ちだったのかもしれないし」

「だとしても、元彼の為になりすまして近付いてくるなんて、普通じゃないですよ。それを受け止めた慎司さんもスゴいっすよね」


 ——ん? んん⁇


 そう言われると、確かにホラーかもしれない。

 いや、ドラマチックな再会に盛り上がって、そのまま情熱的な夜を過ごしたんだけど、確かに普通じゃないよな、真魚の行動は。


 早まったのか? 俺は早まってしまったのか?


 急に黙り込んだ俺を気持ちを察したのか、崇は溜息を吐きながら呆れるように言葉を放った。


「恋愛のスタートなんてそんなもんですよ。慎司さんはそのくらいインパクトがないと決断できなかったと思うんで、俺は良かったと思いますよ?」

「そ、そうか? そう言ってくれるか、崇!」


 多少……いや、かなり強引だけど、俺達は納得しながらこの話を終えた。


 ———……★


 純愛風にしたかったのに、無理でした(笑)

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