第2話 【悲報】俺はネチネチ前戯男らしい
雪世と最後に会ってから半年が経とうとしていたが、向こうからは一切謝罪もなかった。
むしろ元同僚の間では、俺はねちっこい前戯ばかり強要するムッツリ助平野郎になっていて、肩身の狭い思いを強いられる羽目になった。
「——一回しかしてないのに? しかもちょっと、ちょーっとしただけで?」
今思いえば、紹介した時点で俺のことを馬鹿にしようと企んでいたのかもしれない。キスも片手で数えられるくらいだったし、雪世から好きだと言われた記憶も皆無だ。
「いや、仕方ないんだ。俺みたいな底辺男に彼女がいたって実績ができただけでも」
永吉先輩の紹介がなければ、一生彼女も出来なかったかもしれない。
それがたとえ、オタサーの姫のような垢抜けないオタク系ミニスカ女子だったとしても。
「……とはいえ、俺も雪世のことを言える口じゃないんだよな。服のセンスも何もないし」
悲しいことに、この間も職場の先輩に
「田中くんってさ、せめて服のセンスくらいはどうにか出来ないの? 最近の中学生でももっと良い服着てるよ?」
「あの眉毛、ボーボーなのってどうにかならないのかしら? 男だからメンテしなくてもいいなんて脳内お花畑にも程があるわよね」
——生きているのがツラい。
センスのなさはどうしようもない。
店で売っているのなら、大金叩いてでも欲しいくらいだ。
この間もショップの店員に相談しながら購入した服も、柄物や原色ばかりで煩いと不評だった。せっかく数万出して奮発したというのに……。
だが、そんなド底辺まで落とされた俺だったが、予想だにもしていなかった転機が待っていた。
その日、久々に買い物に出掛けると、やたらと女性ばかりターゲットにしたぶつかりオジさんが目についた。
(弱い者を痛ぶって最低だな……)
胸糞が悪いとしかめ面で見ていると、一人の女性が罵声を浴びせられて、座り込んで怯え切っていた。
自分からぶつかっておきながら、自らが正義だと主張するオジさんの態度と理不尽な行動を黙って見ていられなくなってきていた。
気付けば俺は、女性とオジさんの間に庇うように割って入っていた。
「こんなところで大声を上げる方が迷惑ですよ」
「あぁ? 何だね君は!」
間近で対面して、改めて圧が酷いと体感した。
容赦なく浴びせてくる罵声と唾。これは男の俺ですら怯んでしまう威圧感だ。
だが、だからと言って見過ごしていい理由にはならない。俺は頭のおかしい罵声に真摯に対応して、ひたすら怒りが収まるのを待った。
そして数分後——……観念したぶつかりオジさんは、諦めるようにその場を去っていった。
思ったよりも骨が折れた。
「……まぁ、これで一安心か」
自分でも多少は理解している。
これはただの偽善だ。
俺が対応することで女性に逃げる時間ができればいいと思っていた。
だが予想に反して彼女はまだ、その場に呆然と蹲っていたのだ。
(え、嘘? こ、これって声を掛けなきゃいけない流れ⁉︎)
まさか、残っているとは思っていなかった。
こんな偽善の押し付けのような展開、予想もしていなかったんだが?
悪いことは何もしていないのに自己肯定が底辺をついていた俺は、すっかり自信喪失に陥っていた。この行為も蔑まされるんじゃないかとビクビクしていたほどだ。
きっと職場の木梨さんなら「勝手に恩を押し付けないでくれる? さも自分が良いことしたような素振りが鼻につくわ」と軽蔑の眼差しをむけてくるだろう。
けれどこの場合は、声を掛けないわけにはいかないだろう。俺はちっぽけな勇気を振り絞って声を掛けた。
「——大丈夫? 怪我はない?」
「あ、ありがとうございます」
その声に反応するように挙げられた顔。
涙で潤んだ大きな瞳が真っ直ぐに俺を見つめてきた。
——か、可愛い……!
あのぶつかりオジさん、美女だと分かってターゲットにしたな⁉︎
同じ人間だと思えない程可愛くて、息をするのを忘れそうになるくらい心臓がバクバクして落ち着かなかった。
……結論から言うと、この時助けた美少女が、後の俺の彼女になるわけで。
この日を境に俺はどん底だった人生から一変して、幸せな日々を送ることとなる。
———……★
「か、可愛すぎて語彙力が……!」
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