第4話 トレード相手の人生はハードモードだった
『それで俺と魂をトレードする相手はどうなるんだ?』
事故のせいで体は酷いことになっていそうだし本人は心が折れているという話だし。
ハードモードな人生が確定しているとはいえ自分の意思で動ける状態の俺とは比べるべくもない。
あまりの差に申し訳なくなってしまったさ。
『心配は無用だよ。宍戸くんの体は昏睡状態にあるが、その方が都合がいいくらいなんだ』
『意味が分からないんだけど?』
『今のシドくんには長い年月をかけた休養が必要なんだ』
思った以上に深刻なダメージを心に負ってしまっている訳か。
『それって俺の体は目覚めるまで何年もかかる状態ってこと?』
トレードを拒否していたら残りの人生は、ふいにすることになっていたのかもしれない。
『何年も目覚めないんじゃなく死ぬまで目覚めることはない状態だよ。ざっと数十年ほどかな』
『もしもしぃ?』
死ぬまで目覚めないのは、どうかと思うぞ。
そんなの魂をトレードして生まれ変わったも同然の身になる意味がないじゃないか。
『そんなので入れ替わっても意味ないんじゃないのか?』
『あるんだよ。誰からも干渉を受けることなく癒やされる時間が確保できる』
それにしたって俺の方だけ有利すぎるトレード条件だと思うのだが。
自分から積極的に損をしたいとは思わないが、さすがに罪悪感が湧いてくる。
『限度があるだろう。せっかく魂がいるべき世界に来られても見ることも聞くこともできないまま死んでしまっちゃ何のために世界を渡ってくるんだってならないか?』
『それはその次の人生で満喫してくれればいいさ』
言いたいことは分からなくもないのだけど、何処かもやっとするものを感じてしまう。
トレードで転生したと思ったら体の自由がきかないってどうなんだ?
世界の管理者は休養と言っていたけど身動きも取れないんじゃ苦行にも等しいのではないだろうか。
『宍戸くんは慈悲深いね。縁もゆかりもない相手の境遇に苦悩し気にかけるなんて』
俺はそういう表情を浮かべていたらしく、そんなことを言われてしまった。
どうにも誤解されているな。
俺自身は割とドライな性格だと思っているからね。
『対等なトレードじゃなきゃ不公平だろ』
『シドくんにはこれ以上ないくらい好条件なんだけどね。むしろ宍戸くんの方が転生後に過酷な人生が待ち受けているから申し訳ないくらいなんだよ』
世界の管理者からすると、俺とは真逆の印象を持っているらしい。
『何処が好条件なのかサッパリ分からないんだが』
世界の管理者が俺の言葉に虚を突かれたのか呆気にとられた顔を見せる。
そして次の瞬間には苦笑した。
『シドくんの状態は君の想像を超えていると思うよ。さっきは心が折れたと言ったけど、それは宍戸くんがショックを受けないよう配慮したからなんだ』
そう簡単に癒えるような心の傷ではないということか。
数十年も時間を費やさねばならないほどとは、どれほどの痛み苦しみなのだろう。
数多の前世において肉体的にも精神的にも様々な痛苦は味わってきたけれど、きっとそれらを越えているに違いない。
想像しただけで恐ろしくなって身震いしてしまった。
『シドくんについては世界の管理者として責任を持ってフォローしよう』
そこまで言われてしまうと俺からは何も言えなくなってしまう。
立場のある者が責任を持ってと言ったのだ。
シド・ミューラーの心が癒やされる日が来るまで面倒を見てもらえるはず。
途中でサジを投げるようなことがあればウソをついたということになるからね。
真に世界の管理者すなわち神であるのならば、そういう軽率な真似はすまい。
疲れ切った顔をしていることに一抹の不安を感じなくもないが。
それだけ前任者の尻拭いのために奔走して疲弊しているのだとは思うけれど、だからこそ肝心なところで息切れしてフォローが途切れてしまうこともあるかもしれないし。
『宍戸くんには後顧の憂いなく本来いるべき世界へと向かってほしい』
そういや俺が向こうの世界に行けば、俺がシド・ミューラーになるんだよな。
そして、シドが宍戸紀文になる。
何度も生まれ変わってきたけれど今回ばかりは今までに感じたことのない奇妙な気分を味わっているよ。
宍戸紀文の意識を残したまま別人になるようなものだし。
乳幼児期をすっ飛ばすのが一番の原因かもしれない。
さすがに10才児から人生をリスタートするのは初めての経験だからね。
初めてと言えば、暗殺されるかもしれないんだよな。
苦難はあって当たり前だった前世の数々においても暗殺だけは未経験。
殺されたことはあっても、それは主に戦いの場においての話だ。
追放されたことはあるんだけどね。
『後顧の憂いはなしでいいけど、進む先にあるはずの不安要素は本当にシドの記憶を引き継ぐだけで切り抜けられると?』
『ああ、それもあったね』
俺に無理難題を押しつけてくる当事者のはずなのに、まるで他人事のような反応だな。
ちょっとイラッとした。
『魔法が使えれば危機は乗り越えられるはずだ。ピンチの際に適切な魔法が使えるかどうかが鍵を握るだろうね』
『適切な魔法って……』
火を放たれたら水の魔法で対抗し、高所から突き落とされれば空を飛ぶ、といった具合か。
『多彩な魔法を自在に使えなければならないんじゃ?』
俺も魔法が使えるようだけど、身体強化しかしたことがないみたいだし。
『そのための下地は充分にある』
ホントかよ。
『シドくんは適合しない世界に生まれたために魔法が使えなかったけど、それは宍戸くんと入れ替われば解決する』
『そうは言うけど魔法なんて意識して使ったことがないから素人同然だと思うんだが?』
『それについてはシドくんの知識が補ってくれるだろう。彼は勉強家だったからね』
魔法が使えなかったからこそ使えるようになるべく頑張ったとかありそうだな。
『だとしても自在に使えなければ意味がないんじゃ?』
『制御については宍戸くん、君が鍛え上げてきたじゃないか。後は様々な魔法を使いこなせるよう練習あるのみだよ』
うん、わかってた。
いきなり魔法を自在に使いこなせる訳じゃないってことくらい。
それと懸念材料はまだある。
『練習って言うけど、そんな余裕はあるのかね』
死に戻る際に何処までマージンを残すのかは知らないが何年も下準備ができるとも思えない。
最初の暗殺が起こるまで1年と猶予はないだろう。
下手をすれば1日で最初の危機が訪れることだって充分に考えられる。
上手く立ち回れば先延ばしも不可能ではないかもしれないが。
そうだとしても結局は死に戻っている。
『魔法を使わなくても切り抜けられる場面は多々あるんだよ』
そうなんだ。
『シドくんはそれで20年以上生き延びたこともある』
そいつはスゴい。
どうやってピンチを脱してきたのか気になるところだ。
『早いときは1日でアウトなんじゃないか?』
これを確認しておくのは重要なことである。
シドの記憶を引き継げるようだから、向こうに行ってからでも知ることはできるんだろうけど。
『そうだね。最短は数時間ほどだったよ』
直前でないだけ、まだマシかな。
逃げ隠れする余裕はあるってことだから。
後は誰にも悟られることなく魔法の練習をしなきゃならない訳だが。
これについては未知の領域だ。
果たしてどうなるかな。
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