第41話 姉、驚く

 魔道具で電卓を再現しようと思ったのは長姉エレオノーラが誠実な人物だと感じたからだ。

 監視カメラで見ていた辣腕を振るう領主代理とは別の顔にほだされたというところか。

 家族にはちゃんと情のある人だ。


 部外者からすると、今までほったらかしにしておいてという向きもあるとは思うがね。

 そのあたりはオルランが契約していた悪魔に隠蔽されていたせいなので仕方がないと思う。

 悪魔は俺が転生する前に消されたから隠蔽の効果も消滅していたはずだけど、注目しない状態が続くとそれが当たり前になってしまうからなぁ。

 切っ掛けがないと意外に気付けなかったりするものだ。


 エレオノーラが俺のことに気付けたのもエロ脳筋が俺に帳簿付けの仕事を押しつけるというバカな真似をしたからである。

 直後に発覚し姉はガルフをお仕置きした上で書庫に来た訳だ。


「兄さんが数字に弱いのはわかりましたが、そんなのは些細な問題でしょう」


「言わないで。あんなのでも使わないと時間が足りないのよ」


 エレオノーラがうんざりを絵に描いたような顔を覗かせる。


「帳簿を確定させて使える資金を早急に判明させる必要がある訳ですか」


 オルランが丼勘定でやっていたせいだ。

 奴は感覚的に領地運営ができていたんだろうが万人がそうではないし、いずれは引き継ぐ必要がある。

 しかも、今回はそれが早まってしまったために申し送りができなかった。

 詳細な資料を残しておかないと姉のように苦労させられるので丼勘定はよろしくない。


「スゴいわね。その年でそこまでわかるなんて」


 姉は目を丸くさせているが、見た目通りの中身じゃないので驚かれると微妙に居心地が悪い。


「日々の読書の賜物ですよ」


「そのようね」


 適当な言い訳を真に受けたのか姉は軽い驚きのような呆れのような複雑な感情が入り交じった顔を見せる。

 化け物扱い一歩手前といったところか。


「急ぐということは小麦でも足りませんか?」


 半分は勘だったのだけどエレオノーラが大きく目を見開いたので図星だと確信した。


「報告書に小麦の買い付けがどうこうと書かれているものが多かったので」


「そういうこと」


 カラクリが判明したことで安堵したように溜め息をつく姉である。

 ちょっと焦ったよ。

 今度こそ化け物を見る目で見られてしまうところだった。


「もし、それが領内の不作によるものなら土地が疲弊しているかもしれません」


「どういうことなの?」


「小麦に必要な栄養が土地から抜けてしまって補充されていないということですよ」


 姉が驚きに目を見開いたまま固まってしまっている。


「そんな話は聞いたことがないわ」


 動揺しながらも姉はどうにか絞り出すように声を出した。


「そうですか? でも、収量は落ちているんでしょう? それとカビたり病気にかかりやすくなったりしていると思うんですが」


「どうして……」


 わかるのかという言葉を出せずに固まってしまうエレオノーラ。


「本に書かれていた知識から推測したまでです」


 これは嘘だ。そんな本はこの書庫内に存在しない。

 この世界の何処かにはあるかもしれないけれど。

 が、動揺している姉が相手ならば押し切れるはずだ。


「どの本なの?」


 すぐにでも読みたいと言わんばかりに書庫内をぐるりと見回すエレオノーラ。

 そういう追及は想定の範囲内だ。


「随分前に読んだ本ですからね。何処に置いたか……」


 思い出す振りだけはしておく。


「すぐにはわからないので探しておきますよ。それを読めば栄養の乏しい痩せた土地でも育つ作物についても書かれていたかと思うので」


 そのあたりも記載した本を姉が帰った後にクリエイションででっち上げる予定だ。

 内容が薄いと疑われる恐れがあるから四圃式農法だけでなく三圃式なんかも記述する。

 三圃式は土地を三分割しても休ませる土地が必ず出てくるから採用されないとは思うけどね。


 小麦、カブ、大麦、クローバーの順で農作する四圃式も口で言うほど簡単ではない。

 場合によっては小麦、大麦、カブ、大麦、クローバー、ライグラスの六圃式にする必要があるかもしれない。

 それはミューラー伯爵領の土壌によって決まるだろう。


 あと、飼料を耕作するということは肉や牛乳など作物以外のものも増えることになる。

 それらの量の調整や耕作の種類が増えることで管理の手間が増えるなど対応すべきことは多い。

 そう考えると記載内容が増えて薄っぺらい本にはならないか。

 いずれにせよ、することが増えてしまうが領内の危機であるなら無視する訳にはいかない。


「そんな作物があるの!?」


 驚愕に目を見開くエレオノーラ。


「僕の記憶が確かなら芋類や大豆、トウモロコシ、蕎麦といったところですか」


 あとはブルーベリーなんかもあるけど落葉低木の果物なので他の農作物を順番に育てる畑作には向かない。


「そんなに……」


「あ、でも、大豆やトウモロコシは虫がつきやすいですし、蕎麦は気候も影響するのでこのあたりで育つかはわかりません。所詮は本で得た知識でしかないですから」


「他領から購入する以外に備蓄を増やす当てがあるなら試すまでよ」


 どうやら姉は保守的なオルランとは正反対な性格をしているようだ。

 まあ、奴も自分を魔改造したという点においてはチャレンジャーではあったな。

 人外に成り果てると知っていたなら悪魔と取引したかどうかは分からないけれど。


「シド、その本を必ず見つけてちょうだい」


「わかりました」


 書き上げますという言葉は飲み込んだ。

 変な誤解を生むだけだからね。

 自分の体験と知識をベースにするから信用されなくてもしょうがないかなとは思うんだけど。


 情報に間違いがないかアカシックレコードにアクセスして確認し補完するつもりなので問題はないはず。

 後はクリエイションの魔法で一気に仕上げる。

 手書きするより圧倒的に短い時間で本にできるだろう。

 でないと姉が痺れを切らせて本の捜索人員を送り込んでくる恐れだってある。

 俺の自由な生活が脅かされてしまうから、それだけは絶対に阻止しないといけない。


「それでは、また来るわ」


 そう言い残してエレオノーラは去っていった。


 そこからは大忙しですよ。

 農業指南の本と電卓もどきの製作を急ピッチで進めたさ。

 本の方はタブレットを使って情報をまとめ上げるところからなので、それなりに時間がかかったよ。

 他の作業をしながら音声入力で進めたので気がつけば終わっていた感じだったけどね。


 電卓もどきは本が仕上がる前に完成した。

 作業量が全然違うから同時進行だと、そんなものだ。

 四則演算だけのシンプルなものにしたけど画面を大きくしたりカーソルキーを追加して計算式をさかのぼって確認と編集ができるようにはしておいた。

 入力ミスがあるか確認できて修正できれば入力の手間が減らせるからだ。

 動力源は登録者の魔力だけど消費量はごくわずかなので長時間使っても問題ない。


 ちなみに電卓もどきは魔法卓上計算機と命名した。

 略して魔卓である。


 それと算盤も作っておいた。

 魔道具である魔卓はコピーしづらいからね。

 解析されないようメインの術式部分はブラックボックス化してるし、無理に調べようとすると自壊するようにしてある。

 それだけではなく血を用いた契約魔法で登録した者以外は使えないし盗まれても召喚魔法で帰ってくるのでセキュリティは高いと思う。

 その上で構造が単純な算盤が普及すれば隠れ蓑になって盗難被害とかも多少は抑制できるんじゃないかな。

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