第23話 元から絶ったと思ったのに

 断空牙でダンジョンへの魔力供給を断ち切るとダンジョンはただの洞窟と化した。


「こいつは……」


 人為的に作られたダンジョンだ。

 おそらく最初は横に広がるだけの洞窟だったのだろう。

 そこに何者かが手を加えてひたすらゴブリンを生み出すだけのダンジョンにした。

 階層を幾重にも増やしたのも、そのためだろう。

 さしずめゴブリン製造工場といったところか。


 一体、何がしたいのかはおおよその見当がつく。

 領内に甚大な被害を出すこと。

 スタンピードが発生してしまえば数の暴力でそうなるのは明白だ。

 何を目的としてそんな真似をするのかまでは判断材料が少なすぎてわからないけどね。


 手間暇かけた割に効率は悪すぎる。

 この方法でスタンピードに至るほどゴブリンを大量に発生させるのは運頼りのところがあるからだ。

 いくら地脈から魔力供給していたとはいえ発見されるのを恐れてか急激にゴブリンが増えないようにしていた。

 ダンジョンを囲うようにして希薄な魔力供給が行われていたのは、そのためだと考えられる。


 最初は間怠っこしいことをするものだと思ったのだけど何かが引っ掛かった。

 いや、何がそう思わせるのかはハッキリしている。

 地脈から魔力を供給しているなら一気にゴブリンを増やすことができるのは確実なのだから、さっさと目的の数にしてしまえばいいのにそれをしようとしない。

 それが違和感となっていたのだ。


 目的と行動があまりにチグハグだ。

 もしかして俺が考えている何者かの目的が見当違いだったりするのだろうか。


 だとしても他に何がある?

 ゴブリンを際限なく増やして得をすることなどあるとでも?

 古いRPGなら地道に狩り続けることでレベルをカンストしたりもできるのだろうが、現実は時間と労力の無駄にしかならない。


 ああ、ダンジョン産ならドロップアイテム化するから魔石が簡単に手に入るのか。

 所持武器はガラクタだから売っても二束三文だろうけど、魔石であれば少しは金になる。

 とはいえ、あまり多いと買い取りを拒否されると思うのだが。


 あとは討伐証明部位を冒険者ギルドに持ち込んで功績にするとか?

 大量に提出しても弱い魔物のものでは大して評価されまい。

 それに入手先を問われるとマズいのではないだろうか。


 ゴブリンしか出てこないダンジョンとはいえ戦う術を持たぬ一般人には脅威だ。

 しかも大量発生しているのであればスタンピードの恐れも出てくる。

 冒険者ギルドであれ為政者であれ誰かの指示によって徹底した調査が行われることになるだろう。

 そうなれば人為的にゴブリンを増やそうとしていたことがバレてしまう恐れがある訳で。

 真っ先に疑われるのは討伐証明部位を持ち込んだ者だ。


 現代日本でならともかく、こちらではろくに調べもせず犯人扱いされるのは目に見えている。

 そして、行き着く先は極刑だろう。

 ひとたびスタンピードが起きれば被害は激甚級だ。

 むち打ちや労役などで償えるものではない。


 こうなってくると、ちょっと想像がつかないな。

 俺がこれをやらかした犯人だったらどうするだろう。

 魔石を集めて実験するくらいしか思いつかない。


 ちなみに実験の方はすでに終わっている。

 複数の魔石を加工の魔法でひとつにまとめるところから始めたんだけど大きな一塊にするのは問題なくできた。

 魔石としての品質は今ひとつだから、このままだと価値は上がらない。

 という訳で魔石を凝縮させられるかを試してみた。


 これが失敗続きで魔石がいくつも灰になったよ。

 燃えた訳じゃなくて、そうとしか言いようのない状態になったのだ。

 赤い魔石が色を失い灰色になったかと思うと形を保てなくなってサラサラと崩れ落ちていったのには驚かされたさ。

 どうやら圧縮する際に込められた魔力も濃縮されて魔石が受け止め切れずに崩壊してしまうようだ。


 それに気付くまで大量の魔石を無駄にしたよ。

 灰化した魔石は魔力を込めることができなくなっただけでなく元に戻すのも加工の魔法以外では無理そうだった。

 加工の魔法を使うにしても必要な魔力量が魔石の質と釣り合いが取れないほど必要だったのでゴミとして処分したけど。

 所詮はゴブリンの魔石だし、掃いて捨てるほどあるから問題ないんだけど。


 魔力を抜いた状態で魔石を凝縮させてもみたけど意味がなかった。

 魔力を込めようとすると灰化してしまうのだ。

 魔石のキャパシティが最初から決まっているということなのだろう。

 手っ取り早く魔石の価値を上げようと思った実験は失敗に終わった訳だ。


 とはいえ、先代も知らなかったことを知識として得られたのだから全くの無駄でもないとは思う。

 決して負け惜しみではないと思いたい。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ゴブリンダンジョンを潰した翌日。

 俺は信じられないものを見ることになった。


「嘘だろ……」


 タブレットの画面に映し出された監視カメラの映像はリアルタイムのものだったはずだ。

 確かめてみるが記録映像ではない。


「どうなってる?」


 訳が分からず呆然としてしまう。

 ダンジョンだった洞窟からゴブリンがゾロゾロと外に出てくるのだから無理もない。

 1匹2匹なら野良ゴブリンが洞窟に入って出てきたとも考えられるが、数十を超える数のゴブリンともなれば話は変わってくる。


「こうしちゃいられない」


 俺の脇でタブレットを覗き込んでいたリスタはすでに臨戦態勢だ。


「行くぞ、リスタ」


 スライムボディを縦に伸ばしてコクンとうなずくリスタはやる気満々だ。

 それを見て俺の方が浮き足立って気構えが不充分だったのだと気付かされた。


 大丈夫。こんな経験は腐るほどしてきている。

 今までにないパターンだったので少しばかり動揺が長引いただけだ。

 深呼吸をするまでもなく、すぐに落ち着きを取り戻す。


 この間、わずか1秒にも満たない時間だ。

 リスタに不審がられる前に、さっさとダンジョン前へ行こう。

 俺は空間ゲートの魔法を発動させた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 ダンジョンから出てきた数十体のゴブリンどもをリスタと手分けして殲滅した。

空間ゲートを通って俺たちがダンジョン前に出てきたときには、いくつかのグループに分かれて移動し始めていたからだ。

 手近な所から順番に倒していくよりも短時間で終わらせられたとは思うが、今はそれを気にしている余裕がない。

 ダンジョンを調べるのが先だ。


「……復活してる」


 ゴブリンどもがドロップアイテム化したから、そんなことだろうとは思っていたけど現実を目の当たりにするとショックは否めない。


「どうなってるんだ?」


 地脈からの魔力を供給するパスも切断前の状態に戻っていた。

 まあ、これは当然か。

 でなかったらダンジョンが復活する訳がないのだ。

 ガス欠になった車が走れないのと同じである。


 問題は誰がダンジョンという車に給油したのかだろう。

 それを調べるにはダンジョンが再起動する瞬間を確認する必要がある。

 つまり、再び地脈から枝分かれした魔力の流れを断ち切る訳だ。


 お蔵入りしてもおかしくないと思っていた断空牙の出番が予想外に早くやって来た。

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