魂SWAP!
柚月 雪芳
第1話 輪廻転生の男
幾度となく生まれ変わってきた。
最古の記憶では原始的な狩猟生活をしていた覚えがある。
病気、怪我、寿命、様々な理由で死んできたが、その度に休む間もないまま次の人生を迎えていた。
ラノベ風に言うなら転生というやつだ。
生憎と俺が転生しているのは剣と魔法の世界ではないし神様から与えられたチートもない。
ただ前世の記憶を残しているだけだ。
でなければ何度も生まれ変わっているなどと自覚できるはずがない。
余人には前世の記憶があるだけでもチートだと思われてしまうかもしれないが、自分ではそこまでのものとは思えない。
そもそも、転生で記憶を残す代償なのか何なのかはわからないが思考と行動にギャップがあるというハンデを抱えているので過去の経験では補いきれていないのだ。
生まれ変わるたびにグズ、ノロマと罵られ数々の苦難を味わってきた。
軽んじられて見られるのは当たり前。
商人だったときは取引に支障をきたすほどであった。
職人として生きていた頃などは作ったものをけなされるのは序の口。
挙げ句の果てには丹精込めて作ったものを壊される始末だった。
もちろん弁償などはなされない。
人より動作が遅いというだけで何故こんな扱いを受けねばならないのかと思ったことは数え切れないほどある。
更には奴隷のような扱いを受けることもしばしばだった。
特に農夫だったときはその傾向が強かったように思う。
どの人生でも程度の差はあれ同じような目にあってきたので大して気にはならなかったが。
とにかく俺は腐らずコツコツと根気よく生を全うすることを繰り返してきた。
根気とガッツはそう簡単には負けない自信がある。
その甲斐があってか、騎士として生まれたときには全力を出せば人並みに動けるようになっていた。
千年以上の積み重ねがあってのことなので誇れるものではないけれど。
しかも疲れやすく長い時間は維持できないので本質は変わらぬままであった。
やはりグズだノロマだと言われ続けるのは茶飯事で殴る蹴るの暴行を受けることもしばしばという有様。
現代で言えば悪しき体育会系といったところか。
さらに転生を重ね武士として戦国時代を生き抜いた生では全力で動ける時間が長くなっていた。
疲れやすさは相変わらずだったものの、その状態からの回復時間も短縮している。
それでも軽んじられて当たり前の状態は騎士だった頃となんら変わりはない。
ただ、騎士時代に日常的に袋叩きの目にあっていたことで急所を外したり耐える技術を習得していたので大きなダメージを負うこともなかったのだが。
それはそれで暴力の度合いがエスカレートしていくのだけど、こちらも受ける技術が向上するので致命傷を負うことはなかった。
戦場でも役に立ったので、むしろ感謝しているくらいだ。
そして現代。
俺は宍戸紀文として生きていた。
この時代でも幼い頃からグズだノロマだと言われていたが、何千年と言われ続けてきたのでもはや慣れっこである。
さして気にせず学生生活を終えプログラマーとして就職。
この職を選んだ理由は三つある。
ひとつは今まで選んだことのない職業で強く興味を引かれたから。
前世の知識や経験を生かして馴染みのある職に就くのも手ではあるし、過去にはそうしたこともある。
ただ、今世では己の気の向くままに生きてみたいと思ったのだ。
プログラマーを職として選んだもうひとつの理由は頭脳労働を苦手としていなかったというのが大きいだろうか。
体を動かすのは嫌いではないのだけど、かなり集中しないと素早く動けない。
どちらが得意かと言われれば頭を使う方だ。
もっとも考えたことを出力する際には体を使うことになるので無意識の状態だと遅くなってしまうのだけど。
最後の理由は技能やそれにともなう知識があれば簡単には食いっぱぐれないことを前世の経験で知っていたからだ。
どんな職業でもそれは言えることかもしれないけれど、専門性が高いとそういう傾向があることだけは間違いないと言える。
つぶしが効かないところはあるので一長一短ではあるか。
今世ではそのような事態には陥らないだろうという目算の元に職業選択をしたところはある。
とにかく最初の理由が一番の決め手と言えるかな。
残りはそれを補助するものというか、決断する際に後押しとなった判断材料のようなものだ。
そうして、さほど大きくない会社に籍を置くことになったのだけど、そこはいわゆるブラックな職場であった。
上司による暴力的な恫喝は当たり前で手が出ることもしばしば。
これでよくパワハラを訴えられないものだと思ったけれど社長の身内に政治家がいるらしく、どんなに証拠を掴んで訴えても簡単に揉み消されていた。
実際にそれで返り討ちにあって泣き寝入りするように辞めていく社員が何人もいたので間違いない。
会社を辞めずに残る者は惰性と諦めから洗脳されて奴隷のように働かされる下っ端になってしまうのがこの会社のセオリーだ。
そうなった場合は自ら辞めることができなくなり体を壊すまで働き続けてしまう。
残業時間は過労死ラインギリギリで調整され生かさず殺さずの勤務状況だった。
いくら調整しようとタイトなスケジュールを組めば耐えられない者も出てくる訳で。
過労から会社で倒れた社員が風邪を引いた上に肺炎を併発して死んでしまったことがあった。
これも結局は過労死ではなく病死として片付けられてしまったけれど。
今にして思えば、なかなかのブラックぶりである。
そんな会社を辞めなかったのは転職活動をする暇がなかったからだ。
もっともパワハラが許容限界を超えれば後先考えず辞めていただろう。
上司のそれは自分には大したことがなかったので在籍し続けただけである。
給与面での不満はあったけどね。
残業代はつかないのがデフォルトな上によく分からない名目で複数の天引きをされていたから手取り額は酷いものだった。
もちろん賞与や昇給なんてものが存在しなかったのは言うまでもない。
これでさらに給与が下がるなら、さすがに俺も会社を辞めたと思う。
そういう意味では労働時間だけでなく給料も絶妙なラインで管理されていたのかもしれない。
なんにせよ自分的にはぬるま湯につかったような日々を送っていたつもりだ。
30才を目前に控えたあの日までは。
その日、通勤中の横断歩道で白バイから逃走する暴走車にひき逃げされ意識を手放してしまった。
そこから先の記憶は曖昧だ。
死んだのかと思ったが、前世で経験してきたことが脳裏に浮かんでくる。
生きてはいるようだが意識がハッキリしない。
そのせいか体を動かすことはおろか瞼を開くことすらままならなかった。
この様子では生と死の狭間をさまよっているのかもしれない。
そう思うようになったのはいつからだろうか。
少し前のような、もっとずっと前のような、そのあたりがすごく曖昧だ。
過去の記憶が自分の意思とは無関係に脳裏に流れているせいだろうか。
何にせよ困ったものだ。
生きているなら、さっさと目覚めたいというのに叶わない。
覚醒しなければリハビリもできないではないか。
それとも俺の怪我が深刻で未だ目を覚ます段階ではないというのか。
ひょっとすると死と背中合わせの状態なのかもしれない。
そんな風に考えてしまい底知れぬ恐怖を感じたその時──
『死にはしないが目覚めることもない状態だよ』
不思議な声がした。
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