第2話 夢の中に現れたのは
誰かの声であるはずなのに声という感じがしない。
耳から聞こえてきたという感触がまったく感じられなかったからだ。
あえて言うなら脳内に直接響く感じだろうか。
事故の影響で未だ暗闇の中から抜け出せずにいる自分にとって未知の存在は警戒の対象である。
『誰だっ!?』
誰何することを意識すると頭の中に己の言葉が響いた。
『今度、このあたりの世界を管理することになった者だ』
どうやら強く念じた言葉は相手に伝わるらしい。
『世界を管理する? 何を言ってるんだ』
意味が分からない。
『君たち流に言えば神ということになるかな』
質の悪い冗談にイラッとする。
俺は神の存在を否定している訳ではない。
が、さすがにこの状況で出てくると思うほど信心深い訳でもない。
半死半生の状態になったのはこれが初めてではないけれど、神が姿を現したことはもちろん声を聞いたことなど一度もなかった。
からかわれていると直感的に思ったとしても無理からぬことだろう。
『いやいや、冗談などではないよ』
相手が苦笑するかのような声音で喋っているように感じられるのが余計に苛立ちを募らせる。
『君の脳内に直接メッセージを送っているのが何よりの証拠だと思うんだがね』
そう言われると反論しづらい。
神に会ったことがないのは確かだが、こんな真似ができる相手に出会ったこともないからね。
それで「はい、そうですか」と素直に納得することもできないけれど。
『簡単には信じてもらえないか』
またしても苦笑しているとおぼしき言葉が伝わってきた。
ただ、今度は不快には感じない。
軽薄そうな声音ではなかったからだろうか。
『ならば、これでどうだい』
急に暗闇の中から白い世界へと抜け出したように視界が開けた。
眩しくはない。
淡い光の中にいるような不思議な感覚だ。
そして目の前にやつれた感じの金髪碧眼の美青年がいた。
俺とそう変わらない年代のように見受けられる。
その割に老けた雰囲気を感じるのは目の下にできた隈のせいか。
それとも着ている服が渋い感じの和服だからだろうか。
あるいは、その両方。
変な外人。
それが俺の第一印象であった。
『変な外人は酷いなぁ』
困り顔でそんなことを言う自称神の青年。
俺の思考が読まれた!?
『あ、念話に慣れてくると考えていることが漏れてしまうから注意してね』
『っ!?』
その言葉が額面通りだとしても難しい注文をしてくれるじゃないか。
『そうは言われても、こればかりはね』
考えていることを読まれないためには思考を自分の中にとどめる必要がある。
そんなこと可能なのかと疑問がわいてくるが、今はできるかできないかではなく実行するかしないかで考えるべきだ。
自称神は何も言ってこない。
俺の思考を読めなくなるまで待つつもりのようだ。
それが余裕ぶっているように見えて、なんかムカつく。
意地でもすぐに聞かれなくしてやるからな。
自称神は念話だと言っていた。
ならば喋る時は声に出して話すイメージを逆は口をつぐむイメージを意識する。
問題があるとすれば、これが上手くできているかを確認するのが難しいことだろう。
試しに口を閉じていると考えながら『ラーメン食べたい』と念じてみる。
向こうの反応はない。
『今のは聞こえなかったみたいだな』
今度は喋ることを意識しながら念話に挑戦してみた。
『おや、この短時間で習得してしまうとは』
自称神が呆然としているように見える。
どうやら上手くいったようだ。
向こうが芝居をしていない限りは。
油断は禁物だ。
『さすが魔法が使えないはずの世界で魔法を使っていただけのことはあるね』
は!? 今なんと言った?
魔法を使っていただと!?
意味が分からない。
魔法というと何もないところに炎を出したり水を操ったりするものだろう?
そういうのは現実の世界では絵空事であり物語の中だけの代物だ。
俺がそんな得体の知れないものを使った覚えは微塵もない。
『動揺しているせいで考えていることがダダ漏れになっていますよ』
くっ、油断した。
『ですが、そのおかげで宍戸紀文くん、君の勘違いを知ることができましたよ」
『勘違いだと?』
『君は何度も生まれ変わってきた自覚があるでしょう』
そんなことまで知っているのか……
ならば神を自称するのも、あながちウソとは言えないかもしれない。
少なくとも人間を超越した存在であることは認めざるを得ないだろう。
この荒唐無稽な出来事が俺の夢でなければだが。
『まさか、それが魔法だと?』
『いいえ。それについては後で説明しますよ。今は君がどのような魔法を使っていたかの話題ですからね』
どうやら向こうは俺が転生を繰り返している事情を何か知っているらしい。
『君が使っていた魔法は身体の能力を強化する部類の魔法ですよ。心当たりがあるでしょう』
正直、世界の管理者の言葉にドキッとさせられた。
俺は気を抜いていると今も初期の前世と変わらぬノロマのままだ。
思考に肉体が追いつかないせいなのだが、その差を幾つもの人生を費やして努力したことで埋められるようになったとずっと思っていた。
それが魔法だったと言われ瞬時に納得がいってしまったことに動揺してしまったという訳だ。
『あるよ』
認めざるを得ないため返事はぶっきら棒なものになってしまった。
まるで某ドラマに出てくるバーのマスターのようだ。
今世でもオッサンになってしまったのだと思い知らされるが、今はそれを気にしている場合ではない。
『その様子だと魔法を行使していたことを自覚したようですね。では、次です』
ようやく話が本題に入るようだ。
まあ、引き止めていたのは俺なんだけど。
『宍戸くん、君はどの人生においても常にもどかしく思っていたのではないかな。もっと素早く動けないのかと』
『否定はしないさ。そのせいで魔法まで使えるようになったみたいだし』
『実はそれは私の前任者が怠け者だったせいだと言えば君は信じるかな?』
何を言っているのかサッパリだったので、お手上げのジェスチャーをしようとしたのだが……
『なっ!?』
腕がない! いやそれどころか脚も胴体もない。
『ああ、今の君は魂だけの状態だからね。不安だというなら念話の時のように己の体を念じるといいよ』
体が無いならイメージして自前で用意しろということか。
それで肉体が引き寄せられたりすることはないのだろうが、仮初めの姿を投影させることは可能なんだろう。
ならばと今世での日常の姿を思い浮かべてみた。
たったそれだけで肉体の感触が戻ってきたような気がしてしまう。
視線を落としてみれば、見慣れた普段着を着た体が目に飛び込んできた。
鏡があれば顔を確認するところなんだが生憎とここは何もない空間だ。
違和感なく体が動かせるだけで満足するしかあるまい。
『見事なものだね。もっと時間がかかるものかと思っていたのだけど。これはスゴいことになりそうだ』
よく分からないことを言う世界の管理者である。
魔法を使わなきゃ人並みに動くこともままならない俺に何を期待しているんだか。
よくあるラノベやアニメの主人公のように世界を救ってほしいとか依頼されるのであれば、他を当たってほしいものだ。
どうして人一倍苦労してきた俺がそんな頼まれごとをしなければならないというのか。
用件を聞く前から決めつけるのは良くないが、どうしても身構えてしまうね。
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