第3話 死に戻りを繰り返す魂
『話を戻そうか』
思わず身構えてしまいそうになるのをどうにか堪える。
けれども難儀な話であるなら拒否一択だ。
『前任者が適当かつ怠け者でね』
さっきも聞いたような気がするが神にもそんなのがいるのか。
厄介ごとの匂いしかしないんですけど?
『そのせいで君は魂が適合しない世界に送り込まれたんだ。にもかかわらず今まで何の修正もフォローも行われなかった』
『魂が世界に適合していない?』
『そう。だから、転生を何度繰り返そうと著しく体の反応が鈍かったのだよ』
言葉がなかった。
俺の魂は今の世界とマッチしなかったために必要以上の苦労を強いられたと?
それも世界の管理者を名乗る和装金髪青年の前任者が怠慢だったせいで?
数え切れないほど転生をしてきた末にそんな事実を知らされてはたまったものではない。
ショックでしばし言葉を失ったのは当然と言えるだろう。
『すまない。前任者に代わって謝罪する』
世界の管理者は深々と頭を下げた。
そんなものを見せられて、いつまでも呆然としている訳にはいかない。
『謝罪は受け入れよう』
正直、腹立たしさは大いに残っている。
前任者とやらが目の前にいたならタコ殴りにしてやりたいと思うくらいにはね。
けれども根に持ったところで憂さが晴れる訳でもないし良いことなど何ひとつない。
『助かるよ。何の慰めにもならないとは思うが、前任者は厳しい処分を下されることが決定している』
『そういうのは逆恨みの元だと思うんだけど?』
矛先がこちらに向いては迷惑千万。
『なるほど、それはあり得るか。だが、処分しない訳にもいかないのでね』
でなければ示しがつかないってところか。
同じような事例が頻発することにもなりかねないだろうし。
『こっちに累が及ばなければ好きにしてくれて構わないんだが』
『了解した。その点については配慮させてもらおう』
『それで俺は今後どうなる?』
魂が適合する世界へ行くことになるのであれば良いのだが、まだそうと決まった訳ではない。
一度、世界へ魂が送り込まれてしまうと他の世界へ移ることができなくなるなんて制限がないとも限らないのだから。
『できれば魂が適合する世界へ移籍してもらいたいところなんだけど──』
世界の管理者の話の途中で嫌な予感が膨れ上がった。
考えたくないことだが予想通りの展開である。
このまま今の世界で転生を繰り返すことになるのは避けたいところだが。
『宍戸くんはこの世界で何度も転生してしまっているので、今のままでは向こうの世界で魂を生まれたての体に定着させるのが難しいんだ』
『もし強引に実行したら?』
どうなるのかという興味本位で聞いてみた。
『拒絶反応を起こして魂が消滅するだろうね』
魂の消滅とは思った以上に深刻だ。
今まで何度も死を経験し転生を繰り返してきたが、それも魂あってこその話である。
自分という存在が消えて無くなってしまってはどうにもならない。
死などよりはるかに恐怖を感じる。
『これを回避する方法はただひとつ』
そんな方法があるのかよというツッコミは内心だけに止めておいた。
『宍戸くんと同じような境遇にある相手と入れ替わることだ』
『同じような境遇って……』
『魂が合わない世界に送り込まれ何度も死を経験したというのが条件だよ』
そんな人間が向こうの世界にも都合良くいるものだろうか。
この時ばかりは世界の管理者の前任者が怠け者であることを願わずにはいられなかった。
『不幸中の幸いと言うべきか、1人だけ該当者がいる』
まるでお膳立てしたかのように都合の良い話だな。
何かの罠ということも考えられなくはないが、この話に乗らなければ今までのように頭の先まで泥沼の中にいるような人生を送り続けることになるのは確実だ。
それに俺という存在が消えてしまう以上のバッドエンドはあるまい。
今までの数多の人生の中で嫌というほど味わってきた苦難のことを思えば切り抜けられないこともないだろう。
できれば、そういう苦労はしたくないけどね。
だからこそ今は泥沼人生から脱却するための賭に出る時だと思う。
勝てば今までよりはマシな人生が送れるようになるだろう。
負ければ、どうなるかはちょっと想像がつかないのが嫌なところだが。
それでも賭けるべきだと本能が訴えている。
『ただし、君のように転生を繰り返してきた訳ではないためにひとつ問題を抱えている』
さっそくリスクの話か。
気になる点はふたつある。
転生を繰り返していないのに俺と同じような境遇とはどういうことか。
それと相手の問題とは何なのか。
『彼は転生ではなく死に戻りを繰り返してきたんだよ』
なるほど。そういう異世界もののアニメを見たことがある。
『10才から何度も何度もね』
常にスタート地点に戻される死に戻りか。
致命的な失敗に気付いた場合に戻れるのは利点だが、何度繰り返しても一からやり直しに等しい状況に戻されるのは精神的にキツいものがあるな。
『そのせいで心が折れてしまってね』
ああ、やっぱり。
俺だって耐えきる自信が無い。
転生のように別の設定でリスタートするような新鮮味がないからね。
何度も繰り返せば人生の選択肢も限られてくるだろうし。
これは存在の消滅に匹敵するほどの地獄だな。
『俺が入れ替わっても、そんなのは耐えられないんだが?』
『それは問題ない。この現象は魂が世界に適合しようとして引き起こされたものだから』
つまり、適合した魂が体に宿れば死に戻りはしなくなるってことか。
『俺は死に戻りなんてしたことは一度もないけど?』
『宍戸くんの場合は色々なものを引き継いで転生を繰り返していたんだよ。記憶や技能、魔力なんかもね』
魔力はともかく記憶は確かに残っているな。
新しい人生において前世で得たスキルを利用したことも一度や二度ではない。
『ということは向こうに行った場合、今まで積み上げてきたものが御破算になると?』
『それは引き継げるようにするよ。詫びとしては釣り合わないとは思うけど』
そんなことはない。
お金には換えられない財産を失わずに引っ越しできるのだ。
しかも泥沼人生から抜け出せるとあれば充分に釣り合っていると思う。
懸念材料がない訳じゃないが。
『それで死に戻りの彼の人生はどれほど過酷なものだったんだ?』
何度も死に戻りを繰り返してきたということは、それだけ危険なことに満ちた人生だということだ。
つまり、魂が入れ替わればその危険を俺が味わうことになる。
泥沼人生からは這い出せても安穏とした余生を送るためには障害が多いというのは歓迎したくない。
『彼の名はシド・ミューラー。魔法の名門として高名な伯爵家の三男だが、魔法が使えないせいで長男から虐げられていてね。主に長男から追放されたり暗殺されたりの人生だった。詳しいことは彼の記憶を引き継げるようにするからそれで確認してほしい』
なかなか厳しい人生が待っているようだ。
事前に何があるかを知っておくことができるのは生存率を上げてはくれるだろうけど。
鬼が出るか蛇が出るかってね。
『シド、それが魂をトレードした後の俺の名か』
どんな運命が待ち受けているのかは知らないが、必ず生き延びてみせるさ。
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