第9話 外で鍛錬しようと思ったのだけど
森は鍛錬の場としても有益だ。
書庫のすぐ脇にある塀の向こうから広がる森は広大で奥の方へ行けば目撃される可能性が一気に減る。
用心に越したことはないので森に入る前に新しい魔法を作ってみた。
前の世界の知識を元にしているので先代では思いつかなかったであろう代物だ。
生体レーダー。
生命エネルギーなどを全方位で探知して透過状態で網膜投影する魔法である。
さっそく使ってみたのだけど……
「うん、わかってた」
森の樹木や草花も生きているのだから反応して表示されてしまうのは当たり前の話である。
レーダー表示させるアイデアは悪くないと思うんだけど問題点を解決しないと使えない。
心臓の拍動があるものに限定すれば良さげに思えるかもしれないが反応しない魔物とかいるのでボツだ。
アンデッドやゴーレムは普通の森にはいないだろうけど植物系の魔物だっていることを忘れてはいけない。
ここの森にも奥の方に行けば何かしらの魔物はいるという話だ。
後回しにはできないので解決策を模索する。
生き物に限らずとなると途端にハードルが上がるな。
敵意や悪意なんてどうだろうと思ったが、それだとこちらを認識していない場合は除外される恐れがある。
まあ、要注意の相手として赤い光点で表示されるようにしよう。
中立の場合は白で友好的な相手ならば緑にしておけば分かりやすくなる。
それと遭遇するまで判断のつかない場合は黄色にしておくか。
「なんだかゲームっぽいな」
この調子でステータスオープンとか言ったら拡張現実的なウィンドウが開いたりすれば、ラノベとかアニメの異世界転生なんだけどね。
生憎とレベルやステータスが表示されたりはしない。
やろうと思えば魔法で再現はできると思うけど今は無理だ。
一般的な大人の情報を可能な限り集めて平均値を出してステータスの基準データにするところから始めないといけないからね。
オルランによって隔離され強制的に引きこもりにされている今の俺にはハードルが高いなんてもんじゃない。
異世界転生もののラノベでは定番の鑑定もハードルの高さでは負けていない。
アカシックレコードらしきものにアクセスはできたんだけど、検索にやたら時間がかかって実用的ではないのだ。
ステータス表示よりは試行錯誤ができる分マシなんだろうけど暗中模索状態なので進展がまるでない。
ハードルの高さではこちらもステータスとは負けず劣らすってことだな。
という訳で工夫しだいで実用化できそうな生体レーダーに注力する。
これができないと外に出て森の奥に行くのも危険だし実現困難でも頑張るしかない。
ただ、闇雲にあれこれ試すのも時間と魔力を無駄に費やしているようなものだ。
人と魔物との間に何かしらの共通項があれば簡単に解決できそうな気はするのだが。
問題はそんなものがあるかどうか。
あったとして簡単に扱えるものだろうか。
呼吸はどうかと思ったけど心臓と同じだ。
こうなったら事細かに指定してと思ったのだけど、異なる種族ごとに条件設定していたら魔力コストがかかりすぎてしまうのが目に見えている。
「たかがレーダーのために魔力を大量消費するのは馬鹿げてるよなぁ」
仮にその問題が解決するとしても術式が増えるのはレスポンスの悪化を招く元だ。
複雑なことをするならともかく、レーダーで周囲を探るからにはリアルタイムで反応してくれないと困る。
応答性が悪くなってラグが出たんじゃ生死にもかかわりかねない。
ただ、そのことについて考えたのは無駄な寄り道ではなかった。
魔力というキーワードが引っ掛かったからだ。
生体エネルギーではなく魔力でレーダーに反応させるのは悪くないかもしれない。
魔力ならアンデッドやゴーレムにも反応するからね。
もちろん魔物にも……
「あ、ダメだ」
結果は試作した生体レーダーとなんら変わらなかった。
強弱や総量の差はあれ植物にも魔力はあるからね。
「これはもう地道に気配を探りながら行くしかないかな」
そんな風に独り言を呟いたところで、はたと気付いた。
前世で侍だった時に鍛錬したおかげで気配は探れるのだ。
どういう原理かは分からないけど一度コツを掴んでしまうと転生しても使えた。
もちろん異世界転生した今も使える。
これをレーダーに応用できないだろうか。
さっそく試してみる。
「お、いけそう」
書庫の周囲に人がいないのは当然として森の木々にも反応しない。
探知範囲を拡大してみたけど大丈夫そうだ。
母屋にいる人間の気配もつかめる。
平面のレーダーだと何階にいるのかまでは分からないけど。
そんな訳でレーダーを球体にしてみた。
オーケー、3Dにしても大丈夫だ。
レーダーに地形が反映されると、なお良いのだけど緊急性はないので今後の課題ということにしておこう。
それよりも気にすべきはこの場にいないアンデッドやゴーレムについてだ。
検証の必要があるけど、前者は大丈夫なんじゃないかと思っている。
侍だった頃に何故か悪霊退治を依頼されたことがあって霊の気配もつかめていたからね。
悪霊もアンデッドも似たようなものだろう。
違ったら、その時に対処すればいいさ。
となると残るは魔物に反応するかどうか。
特に植物型の奴は周囲の植物と同じで感知できないなんてことも考えられなくはない。
こればっかりは試してみるしかないだろう。
俺も気配がどうして感知できるのかなんて論理的に説明できる訳じゃないからね。
それでも、これだけやったんだから後は実践あるのみ。
なるようになるさ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
いよいよお出かけしようという時になって、ひとつ懸念事項があることに気付いた。
オルランにこちらの動きを探られていたら問題だ。
目の敵にして書庫に押し込めたのであれば外に出ることを嫌うはず。
監視の目を置いていることは充分に考えられるが人的リソースを割くとは考えにくい。
こういう時にありがちなのが召喚魔法で呼び出した使い魔だろう。
もっとも考えられるのが動物だ。
猛獣や魔物でなければ人の住む場所の近くにいても警戒されない利点があるからね。
俺なら猛禽類を使うかな。
なんと言っても目がいいし人が襲われる可能性も低く、いざとなれば飛んで逃げることができる。
中でもフクロウならば人間よりもはるかに夜目が利くので監視役として最適じゃなかろうか。
ただ、そういうのに限定して探りを入れるのは危険だ。
隠蔽に優れた魔物を使っている恐れだって考えられる訳だし。
とにかく監視役がいないか書庫の周囲をクレアボヤンスの魔法で確認してみた。
いわゆる千里眼である。
その気になれば透視もできるので何かが隠れ潜んでいても見通せるはずだ。
「………………………………………………………………………………………………」
入念に確認してみたけど見張られている感じはしないな。
最初にレーダーで確認できる光点を見ていったけど母屋の屋敷内外で自分の仕事をしているだけだった。
ちなみにオルランはここしばらく近隣の視察に出掛けて留守にしているようだ。
執務室の机上に置かれていた書類に予定が書かれていたので間違いないだろう。
つまり、俺が体調を崩したことを知らないということだ。
後で報告は受けるだろうから結果は変わらないだろうけど。
監視についても使い魔を使っているなら視察に出ていようが関係ないだろうし。
とにかく明確に位置を把握できる相手からは監視されていないのは確認できた。
あとはレーダーに反応しない相手だ。
クレアボヤンスの透視部分を強くして屋敷の周囲をまんべんなく見渡してみる。
しかし、何も発見できなかった。
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