第54話 走らせます

 空気抵抗の説明をするなら風を例に出して話をするのが分かりやすいだろうか。


「強い向かい風の中では馬車は進まないでしょう」


「そうね。あまりに強い風が吹いている日は馬車での外出を取りやめるしかないのが困りものだわ」


 実体験があるなら理解もしやすいか。


「自動車で速く走るなら、たとえ無風でもそれと同じ状態になるんですよ」


「えっ?」


「風というのは空気が流れている状態です。流れが遅いと微風、速いと強風になりますよね」


 姉はちょっと呆気にとられたような顔になっていた。


「空気が流れている、ね。その発想はなかったわ」


「風が吹いていなくても同じ状態を作り出すことはできます」


「魔法でということじゃないわよね」


「もちろんです」


「だとすると自分が動くしかないんじゃないかしら」


 自分に言い聞かせるように呟いたエレオノーラは俺がいることを忘れていそうなくらい沈思する。

 それだけ真剣に考えてくれるなら、こちらも待つだけだ。


 その間に模型自動車を動かせるように準備を進めていく。

 魔石に魔力を充填して模型自動車を床に置く。

 サイドテーブルの位置を変えてコントローラーとモニターを操作しやすいように設置。

 それでいて座るのはベッドなのがチグハグで格好がつかない。

 が、本格的なシミュレーターにしてしまうと姉の反応が怖いので、これが正解だと思うことにする。


 それよりも向かい合わせに座っている姉がモニターの映像を確認できないな。

 という訳でモニターの裏側にも同じ映像が映るようにレッツ改造。

 術式を刻むだけなので数分とかからずに完了した。

 こういうのは魔道具の良いところだよね。

 機械製品だったら、こんなお手軽に改造なんてできないし。


 気がつくと姉にジッと見られていた。

 とっくに結論は出ていたようだ。


「考えはまとまりましたか?」


「ええ。考え込むほどのことじゃなかったわね」


 肩をすくめ苦笑するエレオノーラ。


「速く走れば走るほど強い風が吹いているのと同じ状態になる。馬よりも速い乗り物を知らないから実感はわかないけど」


 思考と実感のギャップを埋めるために考え込んでいたんだろうな。


「でも、強風にさらされるのに等しい速さで走ることができるのなら馬車のままではダメなのは分かるわ。風を受け流す必要があるのは間違いない」


 そう言って姉は模型自動車に目をやった。


「何も考えていない時は違和感しかなかったけど、実は合理的な形だったのね」


 そこまで考えてくれていたとは、ありがたいことだ。


「惜しむらくは、この模型では乗り心地の確認ができないことね」


 やっぱり模型自動車の動きに連動するシートも作れば良かったか。

 ただ、ボディやフレームを金属で作っていないから重量バランスが設計とは異なるんだよな。

 だから乗り心地も大きく変わるはずだし、そのせいで実車に乗った際に違和感を持たれても困る。

 今はそこまでしない方がいいだろう。


 そのかわりと言っては何だけど走破性の高さを見てもらうことはできると思う。

 ただし、ちょっとした準備は必要になるけど。


「乗り心地については実寸大の試作車両で確かめてください」


「そうさせてもらうわ」


 残念そうな顔を見せるエレオノーラ。


「雰囲気くらいは確認できるようにしますよ」


「どういうことかしら?」


「馬車では走れないようなコースを作ってきますね」


 言い終わる前にベッドから下りた俺は書庫を出て地属性の魔法を使って玄関前にオフロード用の周回コースを作り始める。

 コースアウトしないよう高い壁で囲いながら馬車では絶対に走れない起伏の多いコースにしていく。


 土煙が上がらないよう地面を固めるのも忘れない。

 でないと周回している間にモニターで確認できなくなってしまう恐れがあるからね。

 ズルズル滑りながら土煙を上げてコーナリングしていくラリーカーみたいな走りが楽しめないのは少しばかり残念ではあるけど。

 そういうのは自分専用車を開発して地下で楽しむことにしよう。


 周回コースに玄関へとつながる入り口と出口をつなげる。

 これでスムーズに中と外の行き来ができるだろう。

 問題があるとすれば、外の汚れを書庫内に持ち込んでしまうことくらいか。

 コース内の地面は固めてあるから汚れのほどは大したことはないとは思うんだけど。

 一応、玄関前で汚れを落とすよう玄関ポーチに術式を付与しておこう。


「終わりましたよー」


 姉に声をかけながら書庫内に戻る。


「おかえり。早かったわね」


「そうですか?」


 そこまで狭くした覚えはないし時間を忘れてコースを作っていたから実感は今ひとつだ。

 とにかくベッドに戻って、さっそく走らせるとしよう。


 ベッドに腰掛け大まかにセットされていたコントローラなどの位置を調整する。

 人型ゴーレムを起動させて模型自動車に乗り込ませた。

 次にコントローラーのボタンを押して模型自動車を遠隔で起動する。

 起動と言ってもエンジン車のように音がしないので変化は感じ取れないけど。


「行きますよ」


 右足でアクセルをジワリと踏み込むと最徐行で走り出した。


「動いた!」


 エレオノーラは目を丸くさせて驚きをあらわにしている。


「そりゃあ動きますよ」


 単なる観賞用ではなく動くように作ったのだから。

 忘れないでほしかったけど、それだけ衝撃的だったということか。


「それに、この板に映っているのはゴーレムが見ているものじゃないの!?」


 こっちの方が衝撃が大きいかな。

 事前に説明しておけば良かったか。

 どうも誤解されているみたいだし。


「これは人型ゴーレムの視点ではありませんよ」


「えっ!?」


「模型自動車もゴーレムであることをお忘れなく」


「なるほど……。そうだったわね」


「ちなみに、この板はモニターと言います。これで確認すれば死角に入り込んでも、どう動いているか確認できるでしょ」


「シドは見なくても大丈夫なの?」


「僕の側にも同じものが映っているんですよ」


 俺がそう言うと姉は席を立って覗き込んできた。


「本当だわ。これではどちらが表か裏かわからないわね」


 さもおかしそうに笑う。

 それだけではなく俺の隣に座ってきた。


「姉さん?」


「こちらの方が一緒に乗っているような感じがするわよ」


 臨場感があると言いたいのか。

 そういうことなら別に構わないけどね。


「では本格的に走りますよ」


 話をしている間は停車させていた模型自動車に活を入れるべく今度は先程よりも深めにアクセルを踏み込んだ。

 アクセル全開ではないので急発進にはならなかったのだが。


「速いわね」


「まだまだこんなものじゃないですよ」


 言いながらハンドルを切り模型自動車を玄関へと向かわせる。


「曲がった!?」


「そういう風に操作していますから」


「スゴいわね。これは画期的だわ」


 前の世界で車になれてしまった自分には今ひとつピンとこないが、姉が言うからにはそうなんだろう。

 そんなやり取りをしている間に模型自動車が玄関に差し掛かった。

 モニターに映し出される光景に姉がハッとする。


「段差があるわよ!」


 姉も玄関を出たところはそうなっているものだというのは百も承知なのだろうけど、模型自動車を走らせる上では大きな障害になり得ると警告してきたのだろう。

 言われるだろうと思ったけど、コースの入り口の方はあえてそうしたのだ。

 最初のインパクトが肝心だからね。

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