第53話 作ったはいいものの……

 世界初となる模型自動車の製作をさっそく始める訳だが。


「姉さん、近いです」


 俺が椅子がわりに使っているベッドのサイドテーブルに顔を近づけているエレオノーラ。


「そんな姿勢を続けていたら疲労がたまったり体を痛めたりすると思うんですが」


 無理な姿勢になっていることを指摘してもビクともしない。

 仕方ないな。ストレートに言うか。


「興味があるのは分かるんですが、作業しづらいです」


 こう言うと、ようやく姉は反応した。


「そうなの?」


 不思議そうに聞いてくるところを見るとプレッシャーをかけている自覚はないらしい。


「ええ。申し訳ないですけど圧を感じます」


「あら、それは御免なさいね」


 ようやく姉は少し引いてくれた。

 相変わらず圧は感じるが、これ以上は座っている椅子を下げないと無理だ。

 前のめりな姿勢を改めてくれただけで良しとすべきだろう。


「それじゃあ始めますよ」


 フレーム部分から始めるのだが、まずは木の板を手に取る。


「実物では金属を使う部分ですけど模型ですので木で代用します」


「本当に魔法だけで作るつもりなのね」


 俺が刃物を手にしていないのを確認した姉が腕組みをする。

 身を乗り出したいのを、どうにか我慢しているみたいだ。

 腕の圧に耐えかねて絞り出される何かはあったけれど柔らかそうだとか着痩せするんだなという感想は脳内だけにとどめておくべきだろう。

 意識すると作業に集中できなくなるので、すぐに思考を切り替えた。


「その方が仕上がりも早くて正確ですからね」


 そう言いながら加工の魔法を発動する。


「わっ」


 木の板がグニャリと変形を始めた瞬間、姉は短く驚きの声を発した。


「これが加工の魔法です」


 俺の説明が聞こえているのかいないのか姉からの返事はない。

 それでも作業は止めないけどね。


 フレームはかなり重要な部分だ。

 頑丈さが必要でありながら重くなってはいけないという縛りが発生する。

 ただ頑丈で良いだけならシンプルな構造で厚みを持たせるのが楽な方法だろう。

 その場合は激重となるので真っ先に却下されるのは言わずもがなである。


 そんな訳で薄くしつつ形状を工夫することで強度を持たせるのが基本だ。

 どの方向からも強度を保つのは難しい。

 ねじれにも対応しないといけないし。

 ただ、そのあたりについては以前から考えていたので今回は悩まずに作り上げていった。


「フレーム完成っと」


 この調子でボディやらなんやらと仕上げて組み上げていく。

 ボディの形状はSUVを選択した。

 この世界だと舗装された道が少ないから高めの最低地上高にして悪路走破性を考慮した車でないとね。

 サスペンションは前々から構想していたゴーレムの腕部や脚部をコンパクトにして複数組み合わせたものだ。

 油圧シリンダーとかスプリングは使っていない。

 タイヤはパンクしないようエアレスを選択したけど、自転車の開発したときのような積層構造のものではない。

 かわりに外皮の内側に柔らかめの詰め物をして簡略化した。

 衝撃吸収性は明らかに落ちたけど、それについてはゴーレムサスペンションでまかなうので問題ない。

 なにより量産可能なタイヤであることの方が重要だ。


 ホイールの回転とサスペンションの衝撃吸収の制御はゴーレム化させて初めて有効となる部分である。

 ここが実寸大の試作車両でも上手く仕上げられれば、乗り心地とスピードは従来の馬車とは比べものにならないものになるだろう。


 視界の端に映る姉の表情が徐々に困惑の色を濃くしていくのが分かっていたけど何も言われなかったのでスルーしておいた。

 表情が変わるたびに、これはこうでとか説明していると時間がいくらあっても足りなくなるのは目に見えていたからね。

 頭の中に設計図はあったけれど作るのは初めてだったせいで仕上げるまでに結構な時間がかかってしまった。


 そして、これで終わりではない。

 車を運転させる人型ゴーレムも作るからね。

 最初は魔力波を電波のように飛ばして無線操縦しようかと思ったのだけど、それでは人が操作する乗り物だという実感は得にくい。


 そんな訳で人型ゴーレムの出番という訳だ。

 模型に合わせたものなので大きさは10分の1。

 このサイズのゴーレムとなると需要はないとは思うけど模型自動車専用だからしょうがない。


 続いて無線操縦用のコントローラーも製作した。

 いわゆるプロポというやつだ。

 ただしRC車両で使われるような手に持って操作するものとは違い、家庭用ゲーム機のレースゲーム用のオプションとして販売されているような形状にしてある。

 ハンドルとペダルが分離しており実際の車を操作する感覚に近いタイプのものだね。

 これをゴーレムが模型自動車に搭乗した状態で操作すれば同期して動くようにしておく。


 あと、より実感のある操作をするには画面があった方がいいか。

 これも液晶画面のモニターのようなものを作って対応する。

 幸いにして、あれこれと余分なものを作ったにもかかわらず姉は辛抱強く見守ってくれたようだ。

 最初のうちは唖然呆然の有様だったけどね。

 途中からはどこか悟ったような表情になっていた。


 最後に模型自動車と人型ゴーレムに魔石を組み込んでゴーレム化の魔法をかければ完成だ。


「終わりましたよ」


 声をかけると姉は深く息を吐き出した。


「加工の魔法だったかしら。色々と納得したけど言葉がないわね」


 呆れられているかのような口ぶりだが、そこまでのことをした覚えがない。

 解せぬ。


「人前で使っちゃダメよ」


 どうやら世間では受け入れがたいものらしい。


「わかりました」


「それから──」


 完成した模型自動車に何とも言い難い眼差しを送るエレオノーラ。

 怒っている訳ではなさそうなのが救いである。


「ずいぶんと奇妙な形をしているのね」


「そうですか?」


 自分としては見慣れた自動車の形なのだが。


「車輪が小さくて車体の内側に入り込んでいるわね」


 ああ、そういうところに違和感を感じるのか。


「この方が安全かつ安定して走れるからですよ」


 そう言ったものの具体的な説明はしなかったためか姉の表情は渋めだ。


「実際に走らせればわかりますよ」


 百聞は一見にしかずってやつだな。


「じゃあ、それは後で確認するとして──」


 まだ何かあるような口ぶりで話し始めるとは思わなかった。


「並んで立っている人形の頭より低いのはどういうことかしら?」


 それも安全かつ安定して走れるからだと言いたいところだったが、姉の印象を今よりも悪くするのは得策とは言い難い。


「重心が高いと倒れやすいじゃないですか」


「だとしても窮屈なのは考え物よ」


「乗ってしまえば、そこまで窮屈ではないようにしてますよ。こればかりは実車で確認してもらうしかありませんね」


「もう少し高くできないものなの?」


 今までの常識は簡単に覆せないのか食い下がられてしまう。


「そうやって今までの馬車と同じような車体にすると走る際に負担が増すんですよね」


「どういうこと?」


 姉が聞いてきたが空気抵抗が増えると言っただけでは納得してもらえないだろう。

 こっちの世界はそういう知識は学ばないみたいだからね。

 そういう前提知識がない状態で、空気が押し返す力はバカにできないものがあると言われても実感がわかないだろうしなぁ。

 さて、どう説明したものか。

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