第52話 まずは模型で

「それでも想像がつかないわね。ゴーレムが馬車になるなんて」


 自動車を知らなきゃ無理もないか。


「そもそも馬車の形は変わらないのでしょう? ゴーレムに変えたからといって乗り心地が良くなるとも思えないわ」


 おっと、元々の目的はそれだった。

 馬なしで走らせるのはオマケなんだよなぁ。

 だから自動運転とか、あんまり高度なことはできない。

 職人が模倣できなくなるから普通の自動車のように操作するようにしないとダメだ。


 高度なことをすればするほど悪目立ちを避けることができなくなってしまう。

 せっかく魔道具職人よりもゴーレム職人の方が多いというのに模倣できるように作らないと意味がない。


 結果的に性能が今ひとつになったとしても構わない。

 後で俺が自分のためだけに納得のいくものを作ればいいだけの話だ。

 もちろん、そちらは非公開である。


 非公開と言えば先に開発した自転車もそうだ。

 自重しなかったから誰かがコピーしようとしても劣化したものを作るのがせいぜいだと思う。

 言ってみれば廉価版だな。


 誰かに作れるものなら公開可能かもしれない。

 自転車ならゴーレム化する必要がないから参入しやすいし受け入れやすいはずだ。

 それだけ数多く出回ることになるだろう。

 そして、自転車が普及すればゴーレム化した自動車も多少は目立たなくなるのではないだろうか。


「その点については御心配なく。既存の馬車を改造するわけじゃないですよ。僕が作ろうとしているのは自動車です」


「自動車?」


 初耳の単語に困惑しながら聞いてくるエレオノーラ。


「ゴーレム化すれば車輪も回すことができます。馬で引かずとも自動で動く車というところから命名してみました」


「そういうこと」


 姉は納得したのか軽く笑みを浮かべる。

 が、それも一瞬のこと。


「それならゴーレム車と言うべきではなくて?」


 すぐさま切り返してきた。

 分かりやすさで言えば、その通りなんだけど。

 それだけに指摘されるかもしれないと思っていたので最初から答えは用意してある。


「ゴーレム車だと馬車のようにゴーレムが牽引する車だと誤解されかねないので」


「あー、そうかもしれないわね」


 誤解による小さな混乱が想像できたのかエレオノーラは苦笑した。


「とにかく、許可がいただけるなら今よりずっとマシな乗り心地のものを作って御覧に入れますよ」


「大した自信ね。でも、一筋縄ではいかないでしょう?」


 そうでもないかな。

 前世で馴染み深かった車を丸々コピーする訳にはいかないけど参考にできる部分はある。

 それに前々から自動車の設計は考えていたから構造やデザインはすでに固まっているのだ。


 あと、製作工程も魔法を使えば苦労させられるような部分はない。

 さすがに固有魔法であるクリエイションは公表すると、どんな影響があるかわかったものではないけど。

 加工の魔法まではセーフということにしておこうか。

 これも超級なので姉には何を言われるか分かったものではないのだけど。


 それでも魔力さえあれば材料なしで製作できてしまうクリエイションよりはマシなはず。

 問題があるとすれば素材の確保か。


「魔法を使いますからそうでもないですよ。自動車を作る材料を確保できていればの話ですが」


 さすがにクリエイションに頼らず書庫にある素材だけで馬車を作るのは難しい。


「それなら用意させるわ。そのかわり──」


「製作工程を見せろと」


「ええ。他のゴーレム職人にも作れるという確証がほしいわ」


「構いませんが、全工程を職人に見せるのはやめた方がいいですよ」


「どういうこと?」


 怪訝な表情を覗かせる姉。


「ゴーレム職人の出番になるのは自動車としての形ができた後ですからね。それ以前の工程で魔法を使っているのを見せるのは、どうなるかちょっと想像がつかないです」


「もしかして普通じゃない魔法を使おうとしているの?」


 鋭いな。さすがだ。


「加工という魔法なんですが聞いたことあります?」


「ないわね。それがゴーレム職人に見せるには問題のある魔法なのかしら?」


「ゴーレム職人に限った話ではないですよ。職人以外であれば驚かれるくらいで済むかと思いますが、職人に見せると色々と厳しいんじゃないかと」


「そんなに影響があるものなの?」


 半信半疑といった様子で聞いてくるエレオノーラ。

 魔法の名称だけ聞いてもインパクトは薄いし無理からぬことか。


「ショックは強いと思いますね」


 姉は疑いの眼差しを残したままだ。

 具体例すら提示されていない状態では無条件で信じる訳にもいかないだろう。


「とりあえずは自動車の縮小模型を作るので姉さんはそれを見て判断してください」


「わかったわ。必要な材料を言って頂戴。後で材料を持っていくわ」


「模型の製作でしたら書庫の中にある分の材料だけで充分ですよ。都合のつく──」


 最後まで言い切らぬうちに姉がグイッと身を乗り出して息がかかるほど顔を寄せてきた。

 本を読む時でさえここまで近くないんですけど?

 おまけにフンスフンスと鼻息が荒いんですが?

 俺が姉の変なスイッチを押してしまったというのか。


「今すぐよっ」


 言うが早いか電光石火の早業で俺の腕を抱え上げ──


「おおっ?」


 書庫へと連れ込まれてしまった。


「そこまで急くことはないでしょう、姉さん」


「知らない魔法が見られるというのに我慢などできる訳がないじゃない」


 あー、そういうこと。

 姉は魔法オタクなのか。それも重度の。

 クリエイションなんか見せたらどうなることやら。

 見せる魔法を加工までにしておこうと自重したのは正解だったようだ。


「わかりましたから下ろしてもらえますか」


「あら、ごめんなさい」


 エレオノーラに抱えられた状態から解放され地に足がつく感覚が戻ってきた。


「では材料を用意しますから座って待っていてください」


 そう言い置いて材料を集めにかかったのだが……

 姉は俺のすぐ後ろに張り付いている。


「荷物になるでしょうから持ってあげるわ」


 大した量じゃないんだがとは思ったけど再び待つように言ったところで聞き入れられはしないだろう。

 少なくとも模型の製作が終わるまでは、この精神状態が続くはず。

 変に抗うより流れに任せた方が良さそうだ。


 そんな訳で姉を荷物持ちにして材料をかき集めていく。

 量はさほどでもないけど種類は沢山あるので、それなりに時間がかかった。


「ずいぶんと沢山の素材を使うのね」


 底の浅い木箱の中に収まった材料を見ながら姉は目を丸くさせている。


「可能な限り実物に近いものを作るつもりですからね」


「足りない材料があるの?」


「ええ。実物ではボディに金属を使うつもりなんですが、とりあえずは木材で代用します」


「金属!? 重くならないの?」


 姉は驚きに目を丸くさせている。


「馬車とは比べものにならないスピードを出す予定でしてね。そうなると剛性が必要になるんですよ」


「え? 重いと速く走れないでしょう」


 当然の疑問を抱く姉ではあるが。


「ゴーレムは馬よりはるかに馬力があるじゃないですか。そのパワーを速さの方へ回せばいいだけのことですよ」


「そう、なの?」


 いまひとつ実感がわかないようで姉もすんなりとは納得できないようだ。


「そのあたりは模型の後に作る実寸大の試作車で確認しましょう」


 それよりも今は模型で自動車がどういうものか理解してもらわないとね。

 どんな反応をしてくれるのか想像もつかないけど。

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