第55話 走行デモンストレーション

「行けっ!」


 アクセル全開で加速させると模型自動車は加速した。


「あっ!?」


 エレオノーラは反応したものの、短く叫ぶのが精一杯。

 車は玄関ポーチを駆け抜け段差から飛び出した。

 模型自動車は着地するまでのわずかな時間を宙を走るようにタイヤを勢いよく空転させている。


 そして、着地。

 車体がグッと沈み込み軽く跳ねたかのように浮き上がった。

 モニターで見ているとそんな風に感じたが、実際はサスペンションが衝撃を吸収したにすぎない。


 もちろん模型自動車は何事もなかったかのように高い壁に囲まれたコースへと進入。

 そこからすぐにゆるく曲がっているコーナーが迫る。

 アクセルを少し緩めコーナー沿いに曲がっていく。

 すぐに反対側へ曲がる急コーナーが迫ってきた。

 強くブレーキを踏み込んで減速してからコーナーへと突入。

 カチカチの路面にしていなかったらズルズルと滑っていたことだろう。


 ここで余韻に浸っている暇はない。

 今度は結構な角度がついたジャンプ台が待っている。

 勢いをつけて飛び越えれば先程の段差よりも着地の衝撃は大きいのは間違いない。

 馬車ではひとたまりもないだろう。

 それ以前に馬車でジャンプなどできるとも思えないが。


 そのあたりは容易に想像はできるはずなのに姉は何も言わないしハラハラした様子を見せている訳でもない。

 先に玄関ポーチの段差でジャンプを見せていたからか。


 模型自動車がジャンプ台を飛び越える。

 着地後の沈み込みは玄関ポーチの時の比ではなかったけど故障などの不具合は発生しなかった。

 ジャンプ後のコーナーを抜けると直線が続くが──


「こんな道を走って大丈夫なの!?」


 エレオノーラが唖然とするような凸凹が待ち受けていた。

 サスペンションが激しく車体を上下させハンドルも取られるがスピードを落とせば走れなくはない。

 そういうコースとしてセッティングしたから走破できるようにしてあるとも言えるのだけど、馬車であればまともに走れまい。

 たとえ単騎の馬でもゆっくりと歩かせなければ通過するのは難しいと思う。


「走れているようだけど、これは道とは言えないわね」


 うなるような声で姉が言った。


「デモンストレーション用に作ったコースですから。この車の性能を見るには都合がいいでしょ」


 ハンドルをこまめに切りながら返事をする。


「そういうこと」


 姉もその点については納得してくれたのだけど。


「初めてなのに、よく操作できるわね」


 ちょっとギクッ。

 なかなか鋭い姉である。


「作ったのは今日が初めてですけど、何度も頭の中で試行錯誤してましたからね。今のところ設計通りに動いてくれていますから助かっていますよ」


「なるほどね。スムーズに作れたのもそういうことだったのね」


 危ねー。そっちの方でも疑念を抱かれていたのか。

 けれども後で冷静になってから疑義を持たれるよりは良かったかもしれない。

 いま姉を納得させられれば、後からどうこう言われることもないだろうし。


 そう思って身構えていたのだけど姉が話しかけてくる様子がない。

 黙々とハンドル操作をしている間に上下にうねる直線を走り抜けた。

 とりあえず納得したのだろうか。

 もしくは走り終わるのを待って質問攻めにされるとか?

 あまり歓迎したくないが、そういうことも想定しておくべきだろう。


 それよりも、ここからはウネウネと曲がりくねったコーナーが多くなる。

 運転に集中しないといけない。

 加速と減速を繰り返しコーナーに合わせてハンドルを操作する。

 スムーズにコーナリングできているな。

 前世では車の運転にも四苦八苦したものだけど、思考と体の反応にラグがないのはこんなにも楽なのかと改めて思う。


 そうこうするうちに最後のコーナーが迫ってきた。

 そこを抜けると長いストレートが待っている。

 途中に脇道があるが、それは玄関へと戻ってくる出口だ。

 しかしながら、まだそちらには行かない。

 このストレートで本当の加速性能と最高速を見せていないからね。


 最終コーナーを抜けた。


「アクセル全開で行きますよ!」


 グッと右足を踏み込み加速させる。

 加速の伸びが落ちる前にシフトアップするとゴーレムのモードがパワータイプからスピードタイプへと変化した。

 短い直線では味わえなかったトップスピードが味わえるはずだが、どうかな?


 隣に座る姉をチラ見しようかと思ったところで身を乗り出したのが視界の片隅に入ってきた。

 思惑通り、グングンと加速していくスピードに魅せられたか。


 10分の1スケールとはいえ体感速度はそれなりのものだ。

 ましてや馬以上に速い乗り物を知らぬエレオノーラからすれば未知の世界である。

 しめしめとほくそ笑みたいところだが、真隣に姉がいる状態ではさすがに気取られてしまうだろうから我慢しましたよ。


 とはいえ、姉の反応を見る限り走るプレゼンは成功したと言って良いだろう。

 実寸大の試作車両も製作許可を出してくれるはずだ。

 そちらの試走もクリアすれば量産化が検討されるかな。


 そうなると各部品を作れる職人の手配とかが大変かもしれない。

 人材確保の面でもっとも不安なのはゴーレム職人だけど、部品の方も精度の高さが要求されるから誰でもいいって訳じゃないし。


 とはいえ量産化については俺が心配しても仕方がない。

 姉には頑張ってもらうとしよう。

 俺にできることと言えば設計を見直して改良するくらいか。

 多少の重量増には目をつむって作りやすさを優先することも考慮すべきかもしれない。

 作れなくては意味がないからね。

 高精度な部品が作れる職人には難しい方に挑戦してもらえばいいさ。


 今後のことや設計の見直しなどを考えている間に再び1周してきた。

 ロングストレートでは分岐した方へ進んで戻ってくる。

 出口側は玄関の段差に対してスロープを設けているので上がるのに苦労はしない。

 飛び跳ねることなくスムーズに玄関ポーチに上がると汚れを落とす術式が発動。

 綺麗になって書庫内へと戻ってきた。


 俺たちのいる所まで模型自動車を走らせ停車させる。

 メインスイッチをオフにすると人型ゴーレムが車から降りてきた。

 車のドアを閉めると身じろぎすらしなくなったが即席で作ったゴーレムだからしょうがない。


 優雅に挨拶する仕草でも仕込んでおけば良かったかなと今更ながらに思う。

 走りには影響しないけど見る者に与える心理的影響は無くはないかもしれないからね。

 次からは臨機応変に対応できるような基本所作テンプレートをあらかじめ用意しておくのが良さそうだ。


「どうです、姉さん。言葉では説明しきれないでしょ」


 俺が話しかけるとエレオノーラは深く息を吐き出した。


「そうね。ここまでのものだとは思わなかったわ。今もまだちょっとドキドキしているくらいだもの」


 その言葉が聞けただけでも満足だ。


「ただ、あれを人が乗るサイズで実現させるとなると怖くもあるわね」


 しまった。やり過ぎたか。


「運転手は厳選する必要があると思います」


「そうは言っても誰でも扱えるんでしょ」


「そのあたりは鍵がなければ動作しないようにすると良いかと。魔道具にもそういうものがあったと思うのですが」


「許可制にする訳ね」

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