第43話 まだありますよ?

「ところで魔卓がダメなら、こういうものはどうでしょうか」


 俺はサイドテーブルに置いてあったもうひとつのプレゼントを手に取った。

 カシャッという音がする。


「楽器? ではないわよね」


「これは算盤という計算機ですよ。でも魔道具じゃありません。作るのに木工の技術は必要ですけどね」


 当たり前のことだが日曜大工レベルの腕前では製品レベルのものは作れない。


「どうやって使うの?」


 魔道具でないと聞いて安心したのか姉はホッとした様子を見せ興味を持ってくる。


「見ていてください」


 算盤を立てて珠をすべて地の方へ落とし膝の上に置いてから五珠を人差し指で天へとずらしていく。


「上部を天、下部を地とし、その間にある薄い板の部分が梁と呼ぶことにします」


「テン、チ、ハリ……」


 姉が復唱している。


「縦にはめ込んだ棒が桁を現します。棒に通っているのが珠と言って、これを上下に動かして計算をします」


「シンプルな構造なのね」


「桁に4個並んでいる珠が1を現す一珠、ひとつだけのが5を現す五珠です」


「イチダマ、ゴダマ」


「こうすると6です」


 親指と人差し指で摘まむように珠をパチリと動かす。

 続いて下から3個珠を上げた。


「これで9になりました。7を引く場合はこう」


 今度は親指と人差し指を開いて珠を弾く。


「ここから8を足すと桁が上がって10になる」


 パチパチと珠を弾く音が心地いい。

 つい、調子に乗って桁数を増やして計算を始めてしまった。


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


「はっ」


 気がつけば姉が固まってしまっている。


「……と、まあ、こんな感じです」


 そう言いながら算盤を姉に渡すと、ためつすがめつして算盤を観察し始める。


「本当に魔道具ではないのね」


 そう言ったはずなんだが、何か腑に落ちないところがあったのだろうか。

 思い当たる節は俺にはないのだが。


「小気味よい音がするのが不思議だったんだけど」


 ああ、それで音を鳴らす術式が込められているのではないかと思ってしまったんだな。


「堅い木を材料に使っているからでしょう」


「それを貴方が細工して作ったの!?」


 一瞬、姉がどうして驚くのかと不思議に思ってしまったものの俺が子供であるなら無理もない。

 これはクリエイションの魔法で作ったのだけど、それを知る由もないエレオノーラには腕力も技術もない俺がどうやって作ったのかと疑問に思われているはずだ。

 力は身体強化すれば済む話だし前世では何度か木工職人だったことがあるので技術もある。

 もっとも、それを言う訳にはいかないので別の言い訳が必要だ。


「姉さんは僕が魔道具を作れるということを失念していませんか。加工をする道具を先に作ってあっただけですよ」


 俺の返答にエレオノーラは呆気にとられたようになったかと思うと破顔し声に出して笑い始めた。


「本当にスゴいわね、シドは。でも──」


「そちらの道具は表に出しませんよ」


 姉の言わんとすることを先読みして口にする。


「うん。それがいいわね」


 加工の魔道具も見せろとは言われなかったけれど言われても問題はなかった。

 こんな時のために作ってあったからね。


「では、このソロバン?」


「ええ、算盤です」


「これを領内の職人に作らせてもいいわね?」


「おや、売りに出すのですか?」


「そういうのも考えないといけないとは思うけど、うちの文官に使わせてみたいのよ」


「ああ、数が必要になるということですか。それでしたら余分に作ったのが何個かありますよ」


 何故か唖然とされてしまった。


「何か問題でも?」


「いいえ、準備がいいと思っただけよ。まるでこうなることを予見していたみたいね」


 想定していなかったと言えば嘘になるけど予見は言い過ぎである。


「魔道具の性能を試したくて部品を作りすぎただけですよ。それなら組み立てた方が保管に困りませんからね」


 この説明で納得してくれたけど。

 という訳でエレオノーラは算盤の束を母屋へ持ち帰っていった。


 翌朝になると姉は再びやって来て興奮冷めやらぬ様子で報告してくれましたよ。

 算盤が好評だと。

 会計処理がかなりはかどったらしい。

 それはいいのだけど……


「問題がひとつあるのよ」


 芝居がかって見えるほど大きな溜め息をつくエレオノーラ。


「問題ですか?」


「ええ。算盤の数を増やして売りに出した場合に真似をされてしまう恐れがあるでしょう」


「それは仕方ありませんね」


 この世界には特許権なんて存在しないんだから。


「粗悪品が淘汰されやすくするように仕向けることはできるかもしれませんが」


「そんな方法があるの?」


 姉は疑問を投げかけては来るが、あまり疑わしく思ってはいない様子だ。

 良案とは言わずとも何かアイデアがあるならばという意図が透けて見える気がする。

 最初からそれが目的だったのかもしれない。

 いずれにせよ子供と侮らず多少は頼りにされているようだ。


「まず、作った算盤は検品して優良可に分けます」


「粗悪品は不可にして表に出さないのね」


「それだけではなく廃棄処分にして検品に通ったものだけが市場に流れるようにします」


「品質の管理を徹底するのね。でも、よそで模倣したものが作られたら当家の管理が行き届かないわ」


「それは魔法刻印でミューラー伯爵家が認定したもののみ品質を保証すれば良いかと」


 魔法刻印というのは物品に施される契約魔法の一種だ。

 大金が動く契約書や高級品の所有者の証しとして用いられることが多い。


「それはさすがに大袈裟ではなくて? 逆に売れなくなってしまうわ」


「では、優を認定したものに限りましょうか。それ以外は簡略化した認定マークでも刻んでおけば良いでしょう。そこまで模倣するなら不敬罪になると最初に宣告しておく必要はあるかと思いますが」


「徹底するわね」


「これくらいしないと正規品を守れませんよ。模倣品が出回るのは仕方がないとしても粗悪品のせいで評判を落とすのは防げると思います」


 絶対に大丈夫とは言えないだろうけどね。

 ボッタクリとか劣悪なものを流通させようとする変なのが参入してきたら潰すくらいのつもりでいよう。


「職人が渋るんじゃないかしら。腕の良い職人ほどプライドが高いし」


 保証なんかしてもらわなくても自分の作ったものは間違いのない品だと主張して認定を拒否するってことか。


「それならそれで構いませんよ。認定されないものは模倣品だと喧伝できますからね。認定品は安心して買えることを売りにして宣伝すれば安定的に売れると思います」


 検品が大変だとは思うけどね。


「認定のための保証金を理由に敬遠されることも考えられるわ」


「そんなものは徴収しませんよ。売り上げが伸びれば税収は上がるじゃないですか。それで充分でしょう」


「検品に回す人員はどうするの? 最初はともかく増産されることになったら追いつかなくなるわよ」


「すべて検査するならそうなるでしょうね」


「それが当たり前じゃないの!?」


 エレオノーラは目を丸くさせている。


「同じ品質のものを集めた状態で提出させて無作為に抜き出した数個だけをチェックすればいいんですよ」


 完璧とは言い難い方法だが、出荷数が増えれば全数検査は難しくなるから仕方がない。


「ちゃんと同じ品質のものを提出してくるかしら」


「品質がばらけた状態で提出してきたら罰金と一定期間の認定凍結の処分が下るようにしておけば滅多なことはしないんじゃないですか」


 細かいところは現場が分かる文官が決めた方がいいだろう。

 俺には先代のものを含めた前世があるとはいえ、この世界でのこういう経験は乏しいからね。

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