第29話 人ならざる者、執着ス

 とりあえず浄化の魔法をを試してみることにした。

 浄化は様々な理由で汚染されたものを綺麗にする魔法でアンデッドに特効がある。

 汚れているからというよりは瘴気にまみれているせいではないだろうか。

 じかに触れるだけでなく照射も可能だが空間を隔てると使えない魔法だ。

 そのためには影の亜空間の中に留まることができないのは言うまでもない。


 問題はどうやって奴に浄化をかけるか。

 一応は照射でも効果は出るが効果を高めたいなら触れる必要がある。

 ただ、照射するにしても奴の素早い動きを封じなければ浄化し続けられないのが難点だ。

 いくらなんでも一瞬で浄化できるほど甘い相手ではないだろう。

 オルランがずっと抱いていた恨みつらみが奴の殺意の源泉みたいなものだからなぁ。


 奴は最近でこそシドに憎しみの念を向けているが、それ以前から何かと不平不満を溜め込んで誰彼かまわず逆恨みしていたらしい。

 学生時代の日記には同じ年頃の貴族の子弟に成績で抜かれたから許せない死ぬべきだなどと記されていた。

 奴の留守中に忍び込んで発見したときには呆れたよ。

 最近の日記にもミューラー伯爵家と付き合いのある商会の関係者が自分のことを嘲笑していたから断罪されるべきだと書かれていた。

 日付が新しくなればなるほど俺の記述が増えていったが他の家族についてもあれこれと記してあった。


 あれは日記というよりは閻魔帳だ。

 裁きを下すのは地獄の主である閻魔大王ではなくオルランだけどね。

 故に奴の感情が大いに影響した罪状となっている。

 その大半が冤罪なのは想像に難くない。


 そうやって他人をおとしめることを夢想することでストレスを発散させていたのだろう。

 あの性格破綻者が本性を隠してこられたのも、それがあったからと思われる。

 でなければ猫を被ることもままならなかったのではないだろうか。


 奴の闇を浄化するのに時間がかかるなら動きを封じるしかあるまい。

 それを同時に実行するのは避けるべきだろう。

 奴を抑えるのはともかく浄化はぶっつけ本番だし思った以上に神経を使いそうな気がする。

 となると役割を分担するしかない。


 リスタには俺の考えを念話で伝え了承を得た。

 俺が影の亜空間から出ると同時にガイザーのコントロールをリスタに任せる。

 できるはずだ。

 一通りの動きも武装の使い方も体に染みついているだろうから。

 唯一、胸部装甲に内包された粒子ビーム砲メガクラッシャーだけは試したことすらないけれど。

 あれは威力が強すぎて地形を変えてしまいかねないから使わないので問題ない。


 問題があるとすれば変身を解除していないのに俺が外に飛び出すことか。

 設定上は俺が変身したことになっているからね。

 けれども今はお遊びではない。

 緊急事態なのでノーカンだ。


「行くぞ!」


 己を鼓舞すべく気合いのこもった掛け声を発した俺はガイザーの影から飛び出した。

 そのままガイザーの頭上を軽く飛び越えてしまったのは気合いの入れすぎというか力みがあったせいだろう。


 つまらないミスをした。

 今のは確実に目立ってしまったからね。

 こんなことで奴の注意を引いてしまうのは役割分担的にマズい。

 俺が追い回されては浄化に支障をきたしかねないしガイザーが奴を抑えるのもやりにくくなるだろう。

 現に……


「ちっ、見られたか」


 再び攻撃を始めていた奴が反転した瞬間に目が合った。

 そのままガイザーへの突進をやめ俺を凝視し続ける。


「ニオウ……」


 殺意を感じる視線とは裏腹に発した言葉は静かなものだった。


「は?」


 仁王でないのは分かったが、臭うともすぐには結びつかなかった。


「キライ……」


 人のことをクサいとでも言いたいのか。


「シド、キライ……」


「嘘だろ!?」


 殺意の衝動に飲み込まれたと思っていたのに記憶を残しているなどとは思いもしなかったことだ。


「キライキライキライキライキライキライキライキライキライキライ──」


 延々と嫌いを言い続けるオルラングール。

 同時に下火になっていた殺意が再び燃えさかり始めた。


「キライキライキライキライキライ──」


 嫌いで結構、俺もお前が嫌いだよ。

 同じ血が流れていたと思うだけでも虫唾が走るっての。


「キライキライキライウマイウマイ──」


「え? は?」


 ウマイってなんだ?


「ニクゥ────────────────────────────ッ!!」


 ひときわ長い雄叫びを上げたかと思うと奴は俺目掛けて突進してきた。


「ちょっ、肉ぅ!?」


 大口を開けて襲いかかってくるオルラングール。

 ウマイというのは俺の体のことらしい。

 嫌っていた弟の臭いであるはずなのに御馳走だと言わんばかりに執着し始めた。

 あっという間に懐近くまで飛び込んできたが瞬時に身体強化をかけて奴の顎から逃れる。

 だが、それで諦めるような奴なら人間をやめようとはしなかっただろう。

 その証拠に奴は執拗に俺を付け狙ってくる。


「ニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクニクッ!!」


「肉肉うるさいよ!」


 かわしてもかわしても食らいつこうとしてくる。

 もはや飢えた獣のようにしか見えない。

 蹴り飛ばして首の骨を折ろうと、お構いなしで反転して突っ込んで来る。

 まともに噛みつくこともできないくせにと思っていたら、首をあり得ない方向に曲げながら牙を突き立てようとしてきた。


「くっ、キモいんだよっ」


 今回はギリギリでかわせたが生半可な攻撃だと思わぬしっぺ返しを食らう恐れがあるな。

 首が折れてもお構いなしとはホラー映画に出てくる怪異のようだ。

 生き物を相手にするのとは勝手が違う。


 体勢を立て直した奴が再生能力で首を治す。

 とりあえず生理的嫌悪感を抱かせる不気味さは解消されたが。


「しつっこい!」


 またしても飛び込んで噛みついてきたのを、あまり引きつけずにかわしていく。

 不覚を取る訳にはいかないからね。

 ただ、それだと余分な動きが増えてしまう。

 そのため奴に時間を与える格好となり連続攻撃にさらされる結果となった。


「ええい、面倒な」


 仕方がないので浄化の光をまとって奴の突進をいなしにかかる。

 手で払った奴の肩がジュッと音を立てて焼けたかのように小さな白煙を上げた。

 肩の皮膚が焼けただれたようになっている。


 だが、それだけだ。

 瞬間的に触れただけだと部分的に浄化することもできないか。

 じきに火傷の部位が元通りになってしまうだろうし。

 再生さえしなければ地道にダメージを積み重ねて調伏するという手も使えたんだけどね。


 とにかく回避につぐ回避で大技を繰り出す余裕がなかった。

 無理に強行すれば奴に噛みつかれてしまうことだけは間違いなさそうだ。

 さっきからリスタがガイザーで注意を引こうと動き回っているが見向きもしないのも地味に腹立たしい。

 奴が通り過ぎた瞬間に立ち位置を入れ替えて死角に回り込もうとしても嗅覚でバレたし。


 向こうはアンデッドだから体力が底をつくなんてことはあるまい。

 一方で俺の方は身体強化の魔法を使っていたとしても限界がある。

 つまり持久戦になると人間である俺の方が不利になるのは明白ということだ。

 厄介極まりない。

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