第30話 人ならざる者を倒す方法

「意外にピンチだよなぁ」


 オルラングールの突進をかわす。


「どうすんだよ、俺」


 反転してきた奴の噛みつきを払いのける。

 浄化の効果つきなので奴の皮膚が焼けただれるが、軽く触れただけではすぐに再生してしまう。


「こうなったらリスタに押さえ込ませるか」


 奴が跳躍して襲いかかってきたところを垂直に蹴り上げてアゴを砕いた。

 そのまま振り回すように蹴り飛ばす。


「ダメだな。これだけ憎悪の念が強いと精神が汚染されかねない」


 先代の知識によれば強力なアンデッドは触れるだけで相手の精神にダメージを与えることができるそうだ。

 攻撃のために瞬間的に触れるだけならともかく、押さえ込みでずっと接触し続けるのはマズいだろう。

 オルラングールがアンデッドとしてどれほどの強さかは不明ではあるけれど、それを試してみようとは思わない。

 当たりを引いた場合の被害がろくでもないのは目に見えているからね。


 考え事をしている間もかわす、ひたすらかわす。

 もはや作業に近い。

 何かダサい策がほしいと頭をひねって──


「打開策だっての!」


 回避しながら周囲に目配りして考え事をしていたら雑念が交じったのか、つまらんダジャレになってしまった。

 そのぶん奴にカウンターで入れた胴をなぎ払うような蹴りが鋭くなってしまい上半身と下半身が泣き別れしてしまう。

 当然のことながら腹部に収まっていたものがぶちまけられてしまう訳で。


「うっわ、汚えっ!」


 瞬時に反応して大きく飛び退きはした。

 しかしながら、至近距離でドバッとあふれ出した液状のモノをまったく浴びずにとはいかなかった。

 と思ったのだが……


「汚れてない?」


 よく見れば、俺を避けるような形で岩の地面が汚れている。

 どうやら浄化をまとっていたのが幸いしてバリアのような役割を果たしてくれたようだ。


「そうか、液体だ!」


 ずぶ濡れにしてしまえば火の気のないここなら簡単には乾かない。

 奴の胴体が真っ二つになってまともに動けない今がチャンスだ。

 見た目がグロ注意で触れる気にはなれないが、水をぶっかけるだけなら問題ない。


 使う魔法は浄化を付与した生活魔法の水生成だ。

 水生成は魔力量に応じた水を出すだけの魔法で攻撃力はないが今回はそれで構わない。

 攻撃は生成された水に込められた浄化が行ってくれるからね。

 奴が再生して再び襲いかかってきたとしても濡れている限りダメージが続く。

 もちろん再生が終わるまではドバッとぶっかけさせてもらいますよ。


「そら、行け!」


 奴の真上から大量の水を放水する。

 押し流してしまわないよう流す量に気を配るのも忘れない。


 浄化した水が注がれた途端に内臓と背骨がつながったばかりのオルラングールがバタバタと手足を激しく動かし始めた。

 アンデッドが痛みを感じる訳はないのだが、そんな風に見えてしまったのだから仕方がない。


「お、再生が止まったか?」


 胴体がつながろうとしていたところだったが、それ以上の動きが見られない。

 こんな形で奴の動きを封じられるとは思ってもみなかった。

 執拗に追い回されて手詰まりを感じていたところに、凡ミスから状況が好転するとは実にありがたい。

 棚からぼた餅とは正にこのこと。


 となると、残る問題はひとつだけ。

 俺の魔力が尽きる前に奴の浄化が完了してトドメを刺せるかだ。

 再生力があるせいか浄化の進みが遅い。

 今のところは魔力不足を感じるような兆候は見られないが、魔力の供給に関しては向こうの方が有利だ。

 いずれ逆転される時が来ても不思議ではない。


 ならば懸念事項は潰すに限る。

 力こそパワーとか宣うような脳筋次兄ならば、このまま強引に押し切ろうとするかもしれないけどね。

 残された手立てがないという状況でもないし優位な立場に立っているうちに手を打つのは当然だろう。


『リスタ、仕事だぞ』


 念話で呼びかけるとオルラングールを警戒監視していたガイザーがこちらを見た。


『合図したら指定した場所を超音波ソードで切ってくれ』


 ガイザーがうなずきリスタが了解の思念を返してきた。

 まずは切るべき場所をイメージで送る。

 位置的に切りにくい場所ではある。

 横たわるオルラングールの下だからね。

 切るべきは地脈から流入する魔力なので、すぐ下でなくても構わないが腕部では体勢が崩れやすくやりづらいだろう。

 脚部を変形させて蹴り技で切るのがベターだと思う。


 続いての下準備は色々と大変だ。

 魔法をいくつか準備しなければならない。

 ガイザーが超音波ソードで指定場所を切っても岩場に切れ込みが入るだけで地脈とのつながりが断ちきれる訳ではない。

 それを可能とするために断空牙を超音波ソードに乗せる必要がある。


 そして、切っただけではすぐに再接続されてしまうため切断状態を維持しなければならない。

 その方法をすぐには思いつかなかったので断空牙は使わなかったのだ。


 何故思いつかなかったのかって?

 ダンジョンと違って移動することが前提のオルランが常に地脈から魔力供給を受けているからね。

 固定された魔法陣に向けて流れを誘導する方法が使えないことは間違いないのだ。

 でなければ奴は特定の場所でなければ魔力供給を受けられないことになる。

 そうならないためには周期的あるいは移動した距離ごとに地脈の位置を探り最短距離の地点をマーキングして魔力を吸い上げているのではないかと考えた。


 流れに逆らわず定点へ引き寄せる誘導方式に比べると強引な手法である。

 激流で水をくむようなものだ。

 必ず大きな反動がある。

 ほぼ間違いなく人間には耐えられない。


 それでアンデッドという選択肢が浮上してきたのだろう。

 もちろん、オルランが自らそれを選んだはずはない。

 パートナーとして召喚した悪魔の仕業だ。

 当人には内緒なので見た目が変わってしまう訳にはいかない。

 人間だった頃の姿に変身させて誤魔化していたというところか。

 普通なら気付かないはずがないと思うのだが、そこは暗示をかけたり適当に言いくるめられたりで不審に思わせなかったのかもしれない。

 なんにせよ悪魔を呼び出した時点で奴にまともな未来など訪れるはずがなかったのだ。


 無茶にも耐えられる体を得たとはいえ桁違いの魔力供給を受け始めたことで再生能力も必須になったと見るべきだろう。

 だとすれば数秒だけでも供給が途切れれば、今までの反動が襲いかかってくるはず。

 この仮説通りであるなら地脈の位置の探索を邪魔するだけでそれができるのではないかと考えた。


 結界で魔力の流れを遮断しようとするよりは無理がない。

 地脈の流れを結界で止められるかどうかも怪しいものである。

 複数の魔法を同時行使しながらでは尚更だ。

 言うなれば巨大な津波をせき止めるようなもの。


 ならば少しでも確実性の高い方を選ぶべきだろう。

 こちらも賭けに近いところはあるのだが。

 果たしてアンデッドに感覚器官を狂わせる状態異常攻撃は通じるかどうか。

 幻覚幻聴が通じないとなれば厳しいものがある。

 ただ、化けの皮がはがれる前のオルランは誰にも不審に思われていなかったから普通の人間と変わらぬ感覚器官を持っていると思いたい。

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