第31話 人ならざる者の末路と後始末

 オルラングールにその意識はなくても地脈の探索には奴の感覚器官が使われているはずだ。

 魔法陣や術式を記述するだけで同じことをしようとすると再生の術式は省略せざるを得なくなるだろう。

 それでは本末転倒になってしまう。

 せっかく感覚器官というセンサー類がハードウェアとして備わっているのだ。

 ソフトウェアだけで問題解決しようというのはもったいない。

 それ以前に容量不足ですべての術式が走らせられないのだけど。


 まあ、向こうの事情などどうでもいいか。

 ソフトウェアだけなら対処の難易度が上がっていただろうから、こちらとしてはありがたい話である。

 未確認のため確定情報ではないけれど、分の悪い賭けだとは思っていない。

 なんにせよ実行してみれば分かることだ。


 使うのは幻覚や幻聴などで五感を狂わせる幻惑の魔法。

 いや、五感だけではないか。

 魔法や魔力を感じる感覚も惑わせてしまうからね。

 今回の場合、これが最も重要だ。


 幻惑を発動しガイザーに合図を送る。

 リスタがガイザーの脚部を超音波ソードに変形させて地面を蹴るモーションに入った。

 軸足の膝を曲げて腰を落とし回し蹴りを繰り出す。

 このタイミングで刃の部分に断空牙の魔法を超音波ソードに付与。


 水生成の魔法はこうしている間も維持したままだ。

 緊張感の漂う状況で複数の魔法を同時制御するのはキツいものがある。

 どうにか制御をしくじることなく全工程を完遂することに成功。


「どうだっ?」


 ガイザーの蹴りによって枝分かれした地脈からの魔力の流れは無事に切断された。

 問題はここからだ。

 オルラングールから細い魔力の糸が伸びていく。

 あれが探し当てた地脈をマーキングするものだと思われる。

 魔力の糸は切られて地脈に戻っていこうとする魔力の枝を追うことはせず見当違いの方向へ伸びていく。


「よし、いいぞ」


 最終的に糸が止まったのは地脈から大きくそれた地下深くの何もない場所だった。

 これならば魔力を吸い上げることはできまい。

 あとは奴がいつ見当違いの場所をマーキングしたことに気付くか。

 できれば奴を仕留めるまで気付くことなく終わってほしいところだが、願望と現実が一致しないことはよくあることだ。


 故にここは勝負所である。

 俺は水生成を止めた。

 ただし、サイコキネシスで奴の全身を覆うように水を保持する。

 この状態で水に付与する浄化を重ね掛けしていった。

 今までも聖水として機能していたが、浄化の重ね掛けで聖水の効力を上げる訳だ。


 すると呼吸を必要としないはずのオルラングールが水中で暴れ始めた。

 バタバタと藻掻き苦しんでいる様は溺れているようにも見えなくもないが現実味は薄く感じる。

 暴れるたびに皮膚が肉がそげ落ちて消えていくからだ。


 やがて、すべての肉を失い骨も崩れ消えていった。

 ずっと感じていた殺意の念も残っていない。

 オルラングールは、かつてオルランだった存在は完全に消滅した。

 アンデッドとなったことで瘴気にまみれてしまった魂さえも消えてしまったように感じる。


 おそらく奴の魂が輪廻の輪に戻ることは叶わないだろう。

 どこまで穢れていたのかと言いたくなったが、それがオルランという男だったのだ。

 改めて確認するようなことでもないけどね。


「それにしても……」


 周囲を見渡すと、どこもかしこも水浸しでびしょびしょだ。

 これが岩場でなかったら酷いことになっているだろうという感想を抱いたところで下の方へ流れていった大量の水があることを思い出した。


「あ」


 すっかり失念していた反動から来る嫌な予感がズンとのしかかってくる。

 丘の部分全体が岩でできていたとしても下の方はそうではない。

 ここは森林が広がっているからなぁ。

 見たくない気持ちにフタをして確認しに行く。


「うわぁ、酷え……」


 フライで飛んでいなかったら足は泥だらけになっていただろう。

 このまま放置しようかとも思ったけど、こういう場所は水はけが悪い。

 そうなると生態系に影響を及ぼしかねない気がする。

 自然災害ならともかく自分がやらかした結果なので後始末もちゃんとしよう。


 とはいうものの、この惨状はどう手をつけていいのやら途方に暮れそうになる。

 手っ取り早く乾燥させようと思えば火や熱だが、それでは周囲の草木をダメにしてしまう。

 環境破壊もいいところだ。

 生態系を維持するために後始末しようというのに、そんな真似をしていたんじゃ意味がない。


 風魔法で吸い上げてとも考えたが、これも根の張り方が浅い植物が抜けてしまうことになりかねない。

 もちろん却下だ。


 空間魔法で水だけ指定して収納するか?

 試しに土がむき出しになっている狭い範囲で水だけを亜空間に取り込んでみた。


「あー……。ダメだ、これ」


 土がカラカラになってしまった。

 草木の生えている場所でやったら枯れ木枯れ草を作ってしまうことになる。

 収納する水の量を変えればいいのかもしれないが、その場所に応じて調整しなければいけないので制御が大変だ。

 かなりの範囲でそれをするとなると面倒極まりないというか現実的ではない。

 そんなことをするくらいならサイコキネシスで水を一個所に集めて移動させた方がまだマシという……


「そうか! 水魔法で水を操ればいいんだ」


 対象が最初から限定されているためサイコキネシスより制御は楽だろう。

 水に限られるが似たようなことはできるはずだ。

 さっそく水を自由自在に操る水流操作の魔法を使ってみる。


 ザザザと水音を立てながらグングンと水が集まってきた。

 あっという間に大型バス1台分はあるであろう水の柱ができる。

 一旦ここで水を集めるのを止めた。

 まだまだ残っちゃいるが、もっと巨大化すると巨大建造物に匹敵するサイズになりかねない。


「収納しても使い道なさそうだしなぁ」


 それに必要になったら水生成の魔法を使えばいいのだ。

 今回のことで判明したことだけど、俺の総魔力量はちょっと桁が違う。

 散々魔法を使ったにもかかわらず残量がまったく気にならないほど魔力があるのだ。


 自分で言うのもなんだけど、もはや人外のレベルである。

 本当に人間として転生できたんだろうかと疑いそうになってしまうが、そんな風に考えるのは先代に失礼だと思い直す。

 おそらく世界の管理者が何かしたんだろう。

 そう思う方が精神的にも負担が少ない。


 それよりも集めた水の処理だ。

 水をどんどん作り出したのは本当に失敗だった。

 最初からオルラングールを包み込むようにしておけば、こんな面倒なことをしなくて済んだのだ。

 後悔しても今さらである。


「簡単に水が出せるからって調子に乗ってたよなぁ。消すのは難しいっての」


 つい、ぼやきが漏れたのだが同時に違和感があった。

 出すのは簡単で消すのは難しいという思い込みに引っ掛かるものを感じるのだ。

 本当に難しいのだろうか、と。


 水生成は魔法の中で最も簡単だと言われる生活魔法の一種である。

 つぎ込む魔力が大量だったせいで生活魔法とは思えないほど大量に水が出たけど。

 魔力を水に変換する術式も単純で……


「まさかなぁ」


 ふと思いついたことを試してみようと思い立った。

 難しいことではない。

 水生成の術式を逆順に実行するだけだ。

 すると水が変換されて魔力に戻った。


「マジで!?」


 自分でやったことなのに信じられないんですがね。

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