第32話 後始末の後

 水の処理を終えて書庫へ帰ってきた。

 そしてベッドに倒れ込む。

 体力も魔力も消耗したとまでは言えないもののドタバタしたせいかメンタルの方が、ね。


 目を閉じれば、先程までの出来事が思い返される。

 オルランが人間をやめていたとは予想外だった。

 本人は絶対に認めないだろうけど、あそこまで愚かな奴だったとはね。


 奴のことだから、自分は悪魔さえも使役して人を超越した存在になったのだくらいは言いそうだ。

 悪魔は悪魔でバカな人間を騙して望み通りのものを得たと主張するかもしれない。

 両方が顔を合わせて本音を言い合えば、どうなることか。

 まず丸く収まることはないだろう。

 どういう結果になるにせよ、そういう機会はもう訪れはしない。

 悪魔は行方不明だしオルランは消え失せてしまったからね。


 人であることを捨ててまで強くなろうとするなどバカな男だよ。

 結局は存在そのものが無かったことになったのだから。

 奴が短絡したのはコンプレックスがあったからか。

 それとも地道な努力を嫌う物ぐさな人間だったのか。

 おそらくはその両方だと先代の記憶が主張している。


 それに振り回された人間は数知れず。

 先代がその最たる被害者だ。

 俺がシドを引き継いでからのことは被害のうちに入らないだろう。


 それよりも先代は大丈夫だろうか。

 宍戸紀文の寿命が尽きるまで昏睡し続けてようやく癒えるくらいに疲弊していたそうだけど。

 次の人生は平穏なものであることを願ってやまない。


 一応、敵は討ったことになると思うから今はゆっくり休んでほしい。

 奴も完全に消滅したから逆恨みで追ってくることはないだろうし。

 欠片ほどもまともな部分が残らなかったのには驚かされたけど。

 良心というものが砂粒ほども無い人間なんていたんだなと呆れるばかりである。


 とはいえ、いつまでも消えた輩のことを考えていても仕方がない。

 もっと有益なことを考えないとね。

 消えたと言えば、水生成の魔法を逆プロセスで水を魔力に戻して消したのは新発見だ。

 先代の知識の中にもなかったくらいだし同じようなことができる者がいたとしても限られているはず。


 とりあえずスペルリバースと命名しよう。

 キャンセルする魔法ごとに術式を読み取る必要があるから単一の魔法として扱うのは違う気もするけどね。

 とにかく、これは使える技術であるのは間違いない。

 状況によっては瞬時に術式を読み取らないといけないから対応できるように鍛えないとな。


 オルランの干渉がなくなるから環境は良くなるはずだ。

 きっと練習の時間も今までより確保できるだろう。

 やりたいことは他にも色々とある。

 魔道具の作成はその最たるものだ。

 前世の技術を使って武器を作ってみるのも面白そうだし。

 地球の料理をこの世界に広めるのも悪くない。

 何にせよコソコソしなくていいのは天国だよな。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 母屋の方では翌日から上を下への大騒ぎとなった。

 そりゃそうだろう。

 ミューラー伯爵家の継嗣が行方不明となったのだ。

 次兄のガルフがすぐに指揮を執って捜索が行われたようだけど。


「狼狽えるな!」


 まずは右往左往している使用人たちを一喝。


「全員で闇雲に探し回るのは効率が悪い」


 そう言って大半を普段の仕事に戻していた。

 残したのは執事の補佐をしている見習いとミューラー伯爵家の私兵をまとめる兵団長のみ。


「お前は部下を3人1組に分けて探させろ」


 兵団長に指示を出すガルフ。


「上がってきた情報はコイツにまとめさせる」


 親指で執事見習いを指し示す。


「簡単な地図を書いておけ。調べた地域に印をつけていけば無駄なく探すことができるだろう」


「そうは仰いますが、部下たちはこういう訓練を受けておりません」


 兵団長は及び腰である。

 できればこういう面倒な仕事はしたくないといったところか。


「バカ者が!」


 またしても雷が落ちた。

 叱られた兵団長だけでなく執事見習いまでもが、すくみ上がっている。

 無理もない。

 オルランと違って背が高い上に鍛え上げたいいガタイをしているから迫力があるんだよな。

 怒鳴られるとさらに凄みが増すから、あの2人はたまったものじゃないだろう。


「お前は戦場で偵察すらしないつもりかっ」


 幾分トーンを落としながらも兵団長に言葉で詰め寄るガルフ。


「いえ、その……」


 決して弱そうに見えない兵団長がたじたじだ。


「武器を手に取って戦うだけが兵の仕事ではないのだぞ」


「仰るとおりです」


 そう言ったものの兵団長の表情からは渋々話を聞いているのが見え見えだ。

 明らかにやる気がない。

 これでミューラー伯爵家に仕える私兵たちのトップなんだから呆れる他ない。

 まあ、強くはあるのだろう。

 そこだけを強くアピールしてオルランに取り立てられたというところか。

 こういうタイプは訓練では飛び抜けて強くても実戦では対応できず早々に討ち取られる口だ。

 見る目ないよな、オルランの奴。


「敗残の敵将を捜索するつもりで捜索してみろ。見つけた組の兵たちには褒美を出す。少しはやる気になるだろう」


 ちょっと意外だ。

 ガルフは魔法より剣の鍛錬を好む脳筋のはずなのに動揺から立ち直るのが誰よりも早かっただけでなく的確に指示を出していたからね。

 オルランが死んだことを知っているんじゃないかと疑ったほどだよ。

 そんな訳はないんだけど。


 もし知っているなら、あの戦いを目撃していたことになる。

 あそこまで来る理由も手段もないのであり得ない話なんだけど。

 それに捜索場所として森も含まれていたけど奥地にまで捜索隊を差し向けることはなかった。

 道なんてない場所だから、あまり奥まで行くと捜索隊が遭難しかねないからね。

 たどり着けたところでオルランの痕跡すら残っていないんだけど。


 まあ、監視カメラで覗き見しているだけの俺が口出しできる話ではない。

 時間はかかるけど、いずれ捜索は打ち切られるだろう。

 その時にオルランは社会的に死んだことになる。

 勝手に姿を消したのだから除名はまぬがれまい。

 いや、政敵に余計な攻撃材料を与えないために病死扱いになるか。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 あれから1ヶ月が経過した。

 オルランの捜索は1週間で規模を大幅に縮小されたものの現在も継続している。

 領主代行の仕事はガルフが代理で遂行中だ。

 経験不足は否めず足りない部分は多々あるが、そこは姉がフォローしてどうにかクリアしていた。

 引き継ぎなしでいきなり始まったことを考慮すれば上出来なんじゃなかろうか。


 父アルブレヒトにも連絡が行ったが護国大臣の責務は重く簡単には帰ってこられない。

 手紙だけが送られてきて色々と指示が書かれていたようだ。


 まずオルランは病死として扱い、以後の捜索は打ち切り。

 これは予想通りだった。

 仮に発見されるようなことがあっても偽物として扱い弁明は許さない。

 つまり出てきた時点で抹殺される訳だ。

 そういう未来はあり得ないけど。


 続いて後継ぎについて。

 これはガルフではなく長女エレオノーラが指名されていた。

 父の子の中でオルランの次に年長者だったからだろう。

 アルス国では貴族位を継ぐのに性別は関係ない。

 よほどの瑕疵がない限り最年長者が選ばれるのが普通だ。

 そのせいでガルフは密かに悔しがっていたな。

 この1ヶ月の実績は無視されるのかと。


 そんなことを言ったら今もまだなお無視されている俺なんてどうするんだよ。

 誰も呼びに来ないし食事も1日1回は維持されたままだ。

 完全に忘れられてるよなぁ。

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