第28話 人ならざる者はしぶとい

 かつてオルランだったグールが獣のようにグルグルと喉を鳴らしている。

 決してダジャレではない。

 そう思ってしまったのだから仕方ないじゃないか。

 つい今し方の攻防で思った以上にグールが弱いと見切ったが故の気の緩みなのかもしれない。


 わざわざガイザーに変身するまでもなかったな。

 仮にグールがオルランの意識を残していたとして俺が目の前に現れたなら激高したかもしれないが、それでパワーとスピードが割り増しになったところで劇的な変化ではないだろう。

 決してグールが弱い魔物だと言っている訳ではない。

 身体強化した俺の方がずっと強い。

 かつては思考に体が追いつかないせいで、どの人生においてもグズだノロマだと言われ続けてきた俺だが今は違う。

 魂が適合する世界に転生したおかげでタイムラグなしに体を動かすことができる。

 今の俺は10才児だが身体強化を使えばゴブリン以上に警戒されるスライムや熊を難なく倒せた。


 とはいえ、油断するべきではないか。

 さっさと終わらせてしまおう。

 腕を超音波ソードの状態にしてガイザーをグールの間合いへと踏み込ませる。


「シャアアアアアァァァァァァァァッ!」


 ますます獣じみてきたグールがそれ以上踏み込んでくるなと言わんばかりに威嚇してきた。

 もちろん無視して一気に間合いを詰め斬撃を繰り出す。

 グールの方は反撃はおろか防御も回避も許さず終わらせたが。

 奴は何をされたのかすら理解していないだろう。

 一呼吸するほどの間を置いてゴトリとグールの首が岩場に転げ落ちる音がした。


「呆気ないものだね」


 影の亜空間の中で皮肉を口にする。

 アンデッドになってでも魔力を欲した結果がこれとは。

 後先を考えないから引き返せない道を進み、最後は人知れず消えていく羽目に──


「なにっ!?」


 ガイザーの視覚情報が信じられないものを映し出し俺はとっさにガイザーを飛び退かせた。

 それは衝撃のあまり動揺してしまったが故の行動だった。

 頭の中でリフレインされる光景。


 グールの首が逆再生をしたように斬られた体に戻っていきピタリと合わさった。

 それどころかグチャグチャと気持ちの悪い音がして切れ目から肉をはみ出させながら融合していく。

 そして完全に融合した。

 その間、わずか数秒。


「再生型のグールなんて聞いたこともないぞ」


 しかも首を落とされたにもかかわらず短時間でつなぎ合わせて元通りなんて冗談がきつい。

 ただタフなだけの魔物より厄介じゃないか。


 だが、動揺してばかりもいられない。

 グールは四肢に力を込め今にも襲いかからんとしている。

 その姿は奴の殺気と相まってまるで毒蜘蛛のようだ。

 まだまだ隠し球があってもおかしくない。

 奴のスピードに対応できるからと高をくくっていると手痛いしっぺ返しをもらいかねないな。


 不意にグールが飛び込んできた。

 鋭い爪を振るうが先程までよりずっと速い。

 かすらせることもなく回避したが警戒していなければ不用意にもらっていたかもしれない。


 すかさず反転したグールが突進してきた。

 鋭い突きの一撃を見舞ってくるが、またしても速くなっている。

 いくら贅肉がなくなったとはいえ小柄だったオルランの体格では考えられないスピードだ。


「どうなってる!?」


 いや、薄々は分かっている。

 身体強化だ。

 魔物が使うなどという情報は先代の知識にはなかったが、それ以外には説明がつけられない。


 本当にそうだろうか?

 何か見落としていないか。

 グールのようでグールでない気がするのだが。

 さりとて断じて人ではない。

 あれは魔力に執着し人であることを捨てた亡者だ。

 そこに鍵があるのではないか。


「魔力?」


 どうして気付かなかったのだろう。

 あれだけの再生能力を見せておきながら魔力が底をつかない?

 元は人間だった奴が、どれほどかさを増そうと限度がある。


 本来であれば再生中に魔力が尽きてもおかしくなかったはずだ。

 にもかかわらず身体強化すらしてみせている。

 それどころか今もなお加速中だ。

 ガイザーがどれだけ奴の攻撃を回避しようとしつこく食い下がってくる。

 このスピードで足りぬならもう一段上のスピードでと。


 1回の突撃で繰り出してくる攻撃は突きか大振りか。

 いずれにしても単発のために回避で余裕を失うようなことはない。

 さすがに並みの剣士であれば抗えず地に伏しているであろうスピードではあるが。


 かわしてかわして、それでも追いすがってくる。

 もう何回かわしたか分からない。

 最初から数えてなどいなかったが、この調子でいけば奴の手数が千を越えても不思議ではなかった。

 ジワジワと加速しながらというのが鬱陶しい。

 こちらが圧倒されて反撃できないとでも思っているのか。

 奴にトドメを刺す手がかりを求めて考えを巡らせているだけだというのに面倒な。


「ええいっ、調子に乗るな!」


 突っ込んできた奴にカウンターで体を入れ替えるように回し蹴りを入れる。

 奴の頭部に上から叩きつけたので地面に激突したかと思うと顔面を削りながら奥へ滑っていった。

 フラフラと立ち上がった奴の顔面はおろし金で削られたかのように酷いことになっている。

 顔面だけならゾンビだと言われても信じてしまうくらいには。

 が、それもすぐに再生する。

 早回しでの逆再生を想起させる姿はグロ耐性がない者にとっては地獄そのものだ。

 かく言う俺は、それに匹敵するものを数多の人生で見てきているのでどうということはない。


 それよりも今の再生で気付いたことがある。

 というより今までどうして気付かなかったのか不思議なくらいだ。

 奴は湯水のように魔力を使っているが、それの供給源は奴自身ではなく地脈からであった。


 ダンジョンを維持構築する魔法陣はとっくに消えているし、転移魔法陣も奴を燃やした直後に対になる転送元もろとも消してある。

 そうなるように術式を書き換えたし目視でも奴の前に姿を現した直後に確認済み。

 だから地脈から魔力供給されるはずがないと思ってしまっていた。


 実際は奴自身に魔法陣が刻み込まれているようで地脈とのつながりができている。

 道理でグールにあるまじき莫大な量の魔力を消費をしても枯渇しない訳だ。

 もちろん、それだけでグールが再生能力を得るわけではない。

 再生用の術式が体の何処かに刻まれているはず。

 そこをどうにかしないと奴は何度でも復活してくるだろう。


「面倒な」


 奴が呼び出した悪魔は仕事ができるのかできないのか、よくわからん。

 こんな無茶苦茶な存在を作り出した点においてはスゴいと言う他はない。

 どう考えても人類にとって脅威だからね。

 しかしながら後先をまったく考えていない。

 悪魔自身もコイツに対抗する手段を持っていないだろうに。

 だから行方をくらましたんじゃないだろうかとさえ思えた。


 今まで見てきた感じだと何処かが欠落しても他の部位で術式が発動するように思える。

 ということは全身に術式が刻み込まれているのか。


「面倒なっ」


 仮説が事実であるならだけど、もうすでに確かめたようなものだしなぁ。

 首を切り落として再生したくらいだ。

 ほぼ確定したと言って良いだろう。


 となると、問題はどうやって奴を倒すかだ。

 アンデッドなら浄化と言いたいところだけど、術式に影響は及ばないだろうから再生する恐れが大だ。

 さて、どうしたものか。

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