第27話 人ならざる者
深夜となりオルランがタブレットの画面の中で動き出すのが見えた。
奴の私室に魔法陣が展開されている。
結構な時間を使って魔力を流し込んでから魔法陣の中心へと移動した。
そこからさらに待たされる。
どうやら転移先の魔法陣とのやり取りがあるようだ。
向こうから魔力供給されないと転移できないんじゃ仕方あるまい。
魔力が充填され、ようやく魔法陣が本来の機能を作動させ始める。
「なんというか、もっさりしてるな」
空間ゲートの場合はつなぐのもすぐだし、その後もすぐにゲートをくぐることができる。
ところが、この魔法陣による転移は起動に時間がかかったことから始まり、チャージで待たされ、転移発動でも待たされるという有様だ。
「どうなってru
んだ?」
やむを得ない部分があるのは術式を読み解いて知っているつもりだが、こんなに時間がかかるのは予想外だった。
術式を思い出してみる。
そういえば、ひとつの処理をするのにわざわざ複数の手順を踏むような処理をしていたな。
分かりにくくてしょうがなかったが、これはオルランに読み解かせるつもりがなかったからかもしれない。
要するに無駄な部分が多いせいで時間がかかっているのか。
イライラしながら待っていると、ようやく転移した。
その直後、転送先の魔法陣の上に現れたオルランだったが……
「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
深夜の森の奥深い場所で絶叫することとなった。
無防備に業火に焼かれればそうもなるだろう。
とはいえ焼くのはほんの数秒だ。
あまり長々とやると夜中だから目立ってしまう。
かなりの奥地とはいえ領民が不安を感じるような事態になれば調査隊が派遣されるかもしれない。
証拠は残さないつもりだけど、誰も来ない方が良いに決まっている。
魔法の炎で派手に焼かれれば人間には耐えられない。
仮に生きていたとしても虫の息というやつだ。
トドメを刺したら痕跡を残さぬよう完全に消し去る。
普通の相手であれば残酷すぎてできることではないけどね。
先代を苦しめ続けたオルランには何の感情も湧かない。
むしろ先代の敵討ちのような気持ちになっているくらいだ。
死に戻りを続けた結果とはいえ、何度も何度も何度も痛苦を味わわされたあげく毎度のように殺されてきた。
奴が悪魔と契約するためにそれがなされていたのかと思うと怒りが抑えきれない。
ブスブスと音を立て焼け焦げた状態で倒れ伏しているオルラン。
ガソリンをかけて燃やしたのかと思うほど全身が黒焦げになっている。
地脈から供給される魔力を大量につぎ込んだ魔法の炎を使った結果だ。
トドメを刺すまでもないだろうと思わせるのに充分だった。
だが、奴の体がピクリと動いたように見えた。
「なにっ?」
最初は気のせいかと思ったが、今度はピクピクと動き始める。
冗談だろう!?
黒焦げになるほど焼かれて生きているどころか動けるなんて、どう考えても尋常ではない。
いくら悪魔と契約していたからといえども……
もしかして、悪魔と契約したときに人間でなくなったのか。
己の魂は売り渡さなかったにしても何かしら代償があったとも考えられる。
あるいは自らそうなるよう悪魔に依頼した。
人間のままでは総魔力量の増量は見込めないと見切りをつけたのだとすれば充分に考え得る話だ。
むしろ積極的にその選択をしたかもしれない。
人ならざる者になったのであれば魔法の業火に焼かれても死なない可能性はある。
ゴブリンのような弱い魔物では人間の時と結果は変わらないが。
故に相当タフな魔物になったと考えられる。
あるいは火に耐性がある魔物か。
いずれにせよ人の姿をしたままという条件が加味されるので、かなり絞り込まれるだろう。
人狼のような変身する魔物であることも考慮に入れる必要はあるか。
火に強い魔物となると先代の知識を持ってしても該当するものが思い浮かばないが。
精霊であれば思い当たる節もあるが、人間が魔物化することはあっても精霊になることはあり得ないため違うはずだ。
「お……のれ……、悪、魔……めっ。裏切……た、な」
両手をついて体を起こし四つん這いとなったオルランがかすれた声で恨み言を吐き出した。
どうやら俺の仕業とは思われていないようだ。
向こうが人ならざる者に成り果てたのであれば絶対に帰す訳にはいかない。
人であったとしても、そのつもりはなかったけど。
なんにせよ隠れて様子をうかがっていたのは正解だったかもね。
奴の真ん前にいたら怒り狂って何をしでかすか分かったもんじゃない。
窮鼠猫を噛むとも言うし、こちらもガイザーで対応しようか。
変身はすぐに完了したが、あえてゆったりと宙に浮いて奴の元へと向かった。
多少の間合いを取って立ち上がっていた奴の正面に降り立つ。
「き、貴様……何者、だ。おか、しな……鎧を、着お、て」
答える義理はないので沈黙を守る。
すると黒焦げになって表情が分かりづらくなったオルランが歯をむき出しにして怒りをあらわにした。
「貴様……、さては、悪魔……だな、この、私を……あざ、笑いに、来たか」
ますます勘違いを暴走させていくオルラン。
訂正するつもりはない。
向こうは向こうでこちらの言うことなど耳を貸さないだろう。
その方が好都合だし、それ以前に俺の方でもコイツとはもはや話で解決する段階ではないと決めている。
「……ロスコ、ロス、コロ……スコロ、スコ、ロス……コ、ロス、コ……ロス」
オルランは壊れたオルゴールのようにコロスしか言わなくなった。
ずいぶんと殺意が高めなことを言ってくれるものだ。
身から出た錆という言葉を知らんのかね。
ああ、これは日本のことわざだったな。
この国には該当するようなことわざや戒めの言葉などはなかったっけ。
なんにせよ奴は自分こそが正しく何も間違っていないと思っている訳だ。
父の言葉に奮起することなく逆恨みすらして悪魔を呼び出してでも力を得ようとした。
これを正しいと間違っていないと思える神経が理解不能だ。
奴らしいと言ってしまえばそれまでなんだけど。
「コロス!!」
殺意を極限まで高めた奴が襲いかかってきた。
小太りな奴の体型からは想像できない跳躍を見せたかと思うと手刀を突き出してくる。
指先の爪は獣のそれになっていた。
動きも人のそれと言うより獣じみているのは気のせいではないだろう。
狙い違わず首を狙ってきた突きをクルリと弧を描くようにかわしてやり過ごす。
奴は四つん這いで着地すると同時に反転し牙をむいて唸り声を上げながら威嚇してきた。
飛びかかってきた瞬間に人から獣へと変わってしまったかのような変化だ。
よく見れば体型も変わってしまっていた。
贅肉がなくなり、その分だけ体が大きくなっている。
体表の黒焦げだった部分が消え青黒い肌を露出させてもいた。
もはやオルランの面影は顔立ちにわずかしか残っていない。
身内でも奴の成れの果てだと気付けるかどうか怪しいところだ。
「グールだったのか」
シャドウシェルターで形成した影の亜空間の中で独りごちる。
人に化けて人を食らうと言われるアンデッドの一種。
先代の知識によればアンデッドになるということは魂が生者のそれではなくなり元には戻れなくなるという。
悪魔に魂を売り渡すことを惜しんだ男の末路がこれか。
本末転倒と言わざるを得ない。
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