第26話 帰ってきた

 ダンジョンの維持構築する魔法陣を利用してダンジョンを埋めた。

 洞窟が残っていると魔物が住み着く恐れもあるからね。

 野良の魔物がそこで繁殖してダンジョン同然になったら面倒だし。

 埋めた後は魔法陣を消去。


「残るは……」


 トラップを仕掛けた転移魔法陣のみだ。

 念のためオルラン以外が転移してきた場合は捕縛するようにしてある。

 フロートで浮かせて結界で拘束するコンボ技だ。

 多分こっちが発動することはないと思うけど。

 オルランかどうかを判定するのは先代の記憶頼りだけどスマホの顔認証みたいな感じにしておいたので問題ないと思う。

 たぶん、きっと、メイビー……



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 魔法陣を書き換えた数日後、オルランは屋敷に戻ってきた。

 そして、シドが体調不良を起こして1週間近く寝込んだ報告を受ける。


「そうか」


 その場では冷静に返事をするのみだったが自室に戻ると荒れ狂った。


「おのれっ、運のいい奴め!」


 激しく腕を振るうと机の上にあった磁器の水差しが手に当たって床に落ちた。

 派手に音を立てて砕け散ったがオルランは気にとめる様子もない。

 何度も何度も足に力を込めて床を踏みにじっている。


 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したオルランだったが怒りの形相だけは残ったままだった。


「おい、いつまで姿を隠したままなんだ。いつものように鍵はかけたし音も漏れないようにしているんだぞ」


 不機嫌そうな声音で虚空に向かって呼びかける。

 が、いつもなら姿を現すはずの相手はいくら待っても出てこなかった。


「くそっ、悪魔め。留守を任せている間に逃げたな」


 召喚して契約する際に生け贄を出し惜しみしたせいかとオルランは歯噛みする。

 自分の魂を売り渡すなどできるはずがない。

 故に役立たずの末弟の魂を売り渡した。

 アレが死ねば本契約成立だったのだ。


「弱らせてから食らう魂は美味いと言うから要求通りにしたというのにふざけおって」


 充分に弱らせて頃合いだと毒殺を試みたが失敗した。

 アレが感づいたか弱らせすぎて食事を受け付けなかっただけかはわからない。

 だが、アレの悪運が強かっただけだ。

 生活魔法すら使えぬ出来損ないが生意気な。

 魔法の名門として名高いミューラー伯爵家の者が初歩の魔法すら満足に使えぬなどあり得ん。

 生きているだけで恥さらしになると気付かぬなど万死に値する罪であろう。


 故にアレを殺すことになんの躊躇いもない。

 むしろ伯爵家のためとなる善行だ。


「必ずやこの世から消し去ってやるぞ、愚弟めが」


 その決意を語って聞かせたにもかかわらず、あの悪魔は一度の失敗で仮契約を破棄していなくなった。

 到底、許されることではない。


「フン。まあ、いい」


 オルランは鼻を鳴らして気持ちを切り替える。


「生け贄のダンジョンさえ残っていれば悪魔など用済みよ。どうせ名無しの低級な輩だったのだ」


 自分を納得させるように独りごちたオルランだったが、不機嫌そうな表情は隠そうともしていない。

 それは視察に出掛けていたことと関係する。

 毎夜のように飢えを満たしていた食事ができなかったからだ。

 その食材は持ち運びできるものではない。

 故に自ら密かに赴いていたほどだ。

 深夜に転移魔法陣を用いて。


 飢餓感すら覚え始めたところで視察の旅は終わったが、旅程が伸びていればどうなっていたことか。

 そんなことは分かりきったことだ。

 手当たり次第に見境なく獲物を求め食らったことだろう。


 だが、決して満たされることはない。

 人間の血は上質な魔力を含んでいて美味かもしれないがそれだけだ。

 人ならざる者になり果てた身は魔石を食らわねば存在を維持できない。

 ゴブリンの魔石はマズいが空腹を満たしてくれる。


 いや、マズかったか?

 マズいのは奴らの血と肉だ。

 それもここまで飢えてしまうと御馳走に思えてくる。

 はやく食いたい。

 むさぼるようにすべて平らげてやる。


 その渇望は飢餓感を満たすまで埋まることはないだろう。

 にもかかわらす、お預けを食っている。

 特別な食事は真夜中に限られているのだ。

 悪魔が設置した転移魔法陣は日が暮れてからでないと使えないが故に。


「闇の住人と化した者のみが通れる回廊だ。闇の魔力が満ちるまでは扉は開かぬ」


 逃げてしまった悪魔の言だ。

 その言葉通り昼間にはどれだけ試そうと転移することはなかった。

 今はまだ夕暮れ時。

 歯がゆくて仕方がないが待つしかない。

 時間の経過とともに苛立ちが募っていく。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「なるほどねえ」


 マイク付きの監視カメラで観察されているとも知らず重要な情報を語るじゃないか、オルランは。

 まさか悪魔と契約していたとは知らなかったよ。

 でもって、あの口ぶりだと俺の魂を餌に契約しようとしていたのか。

 ふざけた話に憤りを感じるところだが悪魔に魂を売ることもできぬ小物ぶりに失笑の方が先に漏れてしまう。


 しかも逃げられたということは、まともな契約をしていなかったな。

 下手をすると利用していたつもりが利用されていたなんてことも……


「ああ、そうか」


 何処か不自然というか無駄なところが多いと思っていたダンジョンの魔法陣だが、あれは意図的なものだな。

 地脈から吸い上げる魔力に大きな揺らぎがあれば、おそらく暴走するだろう。

 そうなればスタンピード待ったなし。

 オルランは生け贄のダンジョンと言っていたが、それどころではなくなってしまうのは明白。

 奴では絶対に抑えきれまい。


 呼び出された悪魔の狙いはそれだろう。

 労せず大勢の魂を得ることができるだろうからな。

 その割に運任せというか狡猾にオルランの思惑をひっくり返そうとするようなところがないのは疑問である。


 奴の言う低級な悪魔だったために力不足で運任せになってしまったのだろうか。

 ダンジョンでゴブリンを養殖する環境を構築したことを考えると、それくらいの仕込みは余裕だったんじゃないかと思ってしまうのだが。

 しかも行方不明というのが解せない。


 領内全域に及ぶようイービルディテクションで探査しても引っ掛からないのが気持ち悪い。

 もしかして誰かに討滅されてしまっているとか?

 ちょっと信じ難いところだけど、そっちの線が濃厚なようだ。


 これについては後日、世界の管理者から連絡があって俺とシドの魂をトレードする際に邪魔だったので消滅させたということだった。

 オルランと悪魔の仮契約で先代の魂とパスができていたとか。

 パスがあると世界間を移動しても追尾できるそうだから大本から消してしまうのは当然か。


 とはいえ、今の俺にはその情報がない。

 そのためオルラン以外に対処すべき相手がいることで緊張を強いられていた。

 胃が痛くなりそうな感覚とでも言えばいいのかね。

 10才児でこんな状況に置かれるなんて人生ハードモードだよな。

 オルランには必ず殺すと宣言されてしまったし。


 時に兄上、自分が殺される覚悟をお持ちかな?

 人を殺すと言うなら自分が殺されることもあるということは念頭に置いて然るべきだと俺は思うのですがね。

 事実を知って黙って殺されるほど俺はお人好しではありませんので。

 後で話が違うとクレームをつけてきても受け付けませんよ。

 おっと、死んでしまってはクレームもつけられないか。

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