第25話 魔法陣があった
地脈から枝分かれした魔力の流れを断空牙で切断してダンジョンを枯れさせることでゴブリンの増殖を抑えることにしたはいいが、所詮は時間稼ぎだ。
これを仕組んでいる奴に気取られれば状況が悪化するのは目に見えている。
もしも黒幕が長兄オルランならば、キレてスタンピードを引き起こそうとすることだって考えられる。
むしろ、そっちの未来になる線が濃厚だ。
気に入らないことがあると常識とか道徳とかそういう概念が消し飛ぶからなぁ。
でなきゃ実弟を虐待したりはしないだろう。
そういう訳だからダンジョンを潰しても帰らずに待機する。
監視カメラの映像では判然としなかったことが分かるかもしれないからね。
で、待つこと数時間。
ゴブリンダンジョンの再生が始まったのだが。
「そういうことか」
呆気なくカラクリが判明した。
ダンジョンを維持構築する術式が発動するという単純な仕掛けだ。
地脈から魔力供給を受けなくても発動するよう、あらかじめチャージされている。
チャージ量がそんなに多くなかったから発動するまで気付かなかったよ。
最初に地脈から魔力を引き込めば、いくらでも魔力は使えるようになるから残りの術式が大がかりなものでも不足することはない。
次の分の魔力もチャージもしておけば半永久的にゴブリンダンジョンは維持されるという訳だ。
なんにせよ、これを破壊してしまえばダンジョンが自動で再生することはなくなる。
引き返すこともできなくなるけどね。
これが破壊されれば黒幕もさすがに気付くだろう。
オルランだったら絶対にキレる。
いや、発覚を恐れて素知らぬふりを通すか。
ここに近づかなければ犯人であるという証拠はない訳だし。
術式を破壊する前に奴が犯人であるという証拠を探しておいた方がいいか。
違うなら違うでオルランが暗躍していないことになるのだから結構なことだ。
俺の勘は奴が関与しているのは間違いないと訴えているけどね。
とにかく証拠になるようなものがないか確認するため術式の大本を探す。
それは岩の丘の上部にあった。
円形のいかにもな魔法陣が描かれている。
それが木々に囲われた状態のため目立たないようになっていた。
元々平面だし、丘は切り立っていてそれなりの高さがある。
普通の人間であればよじ登ろうとは思わないだろう。
空を飛んで上空から見れば一発でバレるが、そんな真似のできる人間がそうそういるとは思えない。
「うまいこと考えたものだな」
地脈とは正反対の方に設置したことで気付かれにくいようになっている。
単純だけど良い手だと思う。
現に俺は引っ掛かってしまった。
「ん?」
大きな魔法陣から少し離れた場所に小さい魔法陣がある。
こちらは起動していない。
「なんだろうな」
先代の知識を元に読み解いていく。
「空間系の魔法がメインになってるな」
座標軸の指定がある。
変更可能な変数ではなく固定値の定数だ。
方角と距離の値でおおよその場所が分かってしまう。
ミューラー伯爵家の敷地であるのは間違いない。
「転移魔法か」
魔法陣に魔力を流すと一瞬で指定座標に飛ばされるようだ。
自分のタイミングで移動できる俺の空間ゲートとは似て非なるものだな。
転移先の安全確保は魔法陣によって確保される術式になっている。
魔法陣の上の異物を押し退け簡単な結界を転移完了まで維持する程度のものだけど。
それでも必要な魔力量は多いみたいで術者の魔力はあくまでも起動キーとしての役割でしかないようだ。
起動後に地脈と接続して魔力供給を受けると転移魔法を発動させる仕組みである。
術式が複雑化しているけど、向こうから転移してくる際の魔力供給もこちらの地脈を利用するため魔力を転送するプロセスがあるからだ。
魔力の逆流を防いだり過剰供給されないよう安全弁のような働きをする術式が組み込まれていた。
「そうまでしてここに来たいのかね」
ハッキリ言って無駄に高度なことをしている。
自分の魔力は極力使いたくないらしい。
「これはオルランでほぼ確定かな」
細かい座標まで特定してしまえば証拠になりそうだ。
おそらく奴の私室じゃないだろうか。
鍵をかけてしまえば転移する瞬間を目撃される恐れがないからね。
この予想が当たっているならオルランは後ろめたいことをしていることになるのではないだろうか。
ゴブリンを養殖して生け贄にするという説は的外れではなさそうだ。
相手が魔物とはいえ邪法なことに違いはない。
常識ある人間のすることではないだろう。
ましてや伯爵位を継ぐ予定の嫡子であるなら絶対に許されることではないはずだ。
貴族が高潔だとは言わないが相応の義務と責任がある。
邪法に手を染めるのはノブレスオブリージュの精神に反すると言わざるを得ない。
今のところは、そう推測される状況にすぎないが父アルブレヒトは絶対に許さないだろう。
政敵に知られればミューラー伯爵家をおとしめる素材としてある事ない事をでっち上げられてしまうのが目に見えているからだ。
そうなる前にオルランを厳罰に処して火消しをするはず。
廃嫡からの追放処分コースはまぬがれまい。
追放では済まないことだって考えられる。
「ああ、そうか」
だからオルランは俺を殺そうとしたんだ。
魔法が使えないことになっている末っ子のシドが邪法を使ってでも魔法を行使できるようになろうとした。
罪の意識に耐えられなくなって自殺したとか、そういうシナリオにするつもりだったのだろう。
冤罪ってやつだな。
人に罪をなすり付けて自分はのうのうと高みの見物を決めるつもりか。
そっちがそのつもりなら遠慮は無用だよな。
元より遠慮する気なんて更々なかったけどさ。
一応は現世における実兄だから最後の一線ってものがあったんだよ。
社会的に抹殺するくらいで終わらせるのが妥当だと思っていたけど、そこを踏み越えることに躊躇いはなくなった。
元々家族としての情はなかったが、もはや形式的にも肉親とは思わない。
もし俺自身があれの息の根を止めたとしても良心の呵責に責めさいなまれることはあるまい。
見た目は10才児でも中身はいくつもの前世を持っているからね。
戦場で命のやり取りをしたことも一度や二度ではないから躊躇いが死を招くことは身に染みている。
俺は人より動作が遅かったから判断まで遅れると、ね。
都合のいいことに相手は悪党だ。
手を下した後も葛藤することはないだろう。
奴をどうするかは決まった。
どういう筋書きでそこに持っていくか。
証拠を元に告発?
多忙な父に訴えようとした場合、どれだけ待たされることになるやら。
そんな間怠っこしいことはしない。
奴の計画を潰すのはもちろん、奴自身にも消えてもらう。
計画についてはダンジョンの維持構築する魔法陣を自壊するように書き換えればいい。
それだけでダンジョンは無かったことになる。
後は魔法陣を消去すれば終了だ。
奴を消すのは転移の魔法陣を利用して自動的にというのはどうだろうか。
座標の高さを変えるだけで上空に放り出されて終わる。
ただ、これだと死体が残ってしまうのが難点だ。
アンデッドにでもなられると面倒なことになりかねない。
それならセーフティの部分を書き換えるか。
到着と同時に結界の中で業火にさらされるというのはどうだろう。
ついでに焼却完了と同時に魔法陣も消えるようにしておけば手間が省けそうだ。
『なお、この魔法陣は焼却完了と同時に消滅する』
なんてね。
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