第7話 空腹問題

 書庫の中をに外部にどう見せるかという問題を宿題という名の先送りにしたとしても、それだけで安堵できるものではない。

 まだ、もうひとつ問題があるからだ。

 それは宿題にしようがない切実なものであった。


「腹減った」


 そろそろ夜が明けようかという時間になって空腹は限界に達しようとしていたのだ。

 俺は寝込んでいることになっているので、いつもであれば運ばれてくる食事も受け取る訳にはいかない。

 先代がしてきたように具合が悪いので食事を受け取れる状態ではないというメモ書きを返却する食器と一緒に出しておいたのはミスだったかもしれない。


 それ以前に夕方まで我慢するという選択はないけどね。

 その時は耐えられると高をくくり劇物が入っているのを警戒して食べなかったことで夜半には腹に穴が開きそうな思いをしていた。

 あと半日も我慢するのは子供の体では厳しいものがある。


 先代は看病や治療は無理でも食事を書庫の中にまで運び込んでもらえるようにと期待しての行動だったのだけど。

 俺はそもそも食べたふりをしただけなので同じようにする必要は……

 いや、半分とはいえ劇薬の入ったものを食べたことになっている以上は平然としているのは怪しまれる元か。

 一芝居打つというのも面倒だな。


 とにかく長兄オルランは意地でも書庫の中に食事を運び込ませることはしないのは分かっている。

 先代がリトライするたびにメモの文面を工夫しようとも向こうの対応は何ひとつ変わらなかったからね。

 あわよくば飢え死にすればいいとでも思っているのかもしれない。


 よほど末弟に恨みでもあるのだろう。

 が、15才も年上の兄は先代が物心つく頃には仕事をしていたため家族として接する機会が限られていた。

 それ故に、先代には実兄から恨みを買うような覚えはまるでない。

 まさか魔力量で妬まれるとは思わなかったようだ。

 気がつけば嫌われており病気療養を理由に書庫に押し込まれていたというのが現状である。


 ちなみに先代は病弱だったりはしない。

 摂取できる食事が少ないことから痩せ細って顔色も良くないため、そんな風に見えてしまうというのはあるけれど。

 現代日本であれば虐待で児童相談所と警察が動くような案件ではあるものの、こっちの世界にそんなものは概念すら存在しない。

 オルランが領主代行として父の留守を預かっているため、やりたい放題という訳だ。


 正直、子供相手にここまでするのはドン引きなんですがね。

 思い当たる節は先代が思いつかなかった総魔力量の件のみ。

 ハッキリ言ってしまえば逆恨みだろう。

 どういう事情にせよ迷惑極まりないことに変わりはない。


 空腹でイライラしているせいかオルランのことばかり考えてしまうな。

 あれこれと思考を巡らせる間、頭の中ではオルランをボコボコに殴っている。

 何百発と殴ったせいで空想のオルランは顔をパンパンに腫れ上がらせて瀕死の状態だ。


「………………」


 そんなことをしたところで意味はないけどさ。

 少しは空腹も紛らせられるかと思ったけど限界は近い。

 10才児の体だから無理が利かないようだ。

 トレード転生して早々にピンチとかシャレにならないんですけど?


 先代は本当に寝込んでいたので基礎代謝も抑えられていたけど俺は違う。

 なんとか夜を明かすことはできたけど、子供の体力でいつまで持つことやら。

 水だけは魔法で確保できたので脱水症状を回避できたのは不幸中の幸いだ。

 それでも水で腹は膨れない。

 せめて空腹をまぎらせればと、ずっと飲んでいたけど無理だった。


「死にそう……」


 このままだと比喩ではなく本当に死んでしまいかねない。

 転生して数日で餓死とかマルチエンディングのゲームでも見たことないよ。

 これが本当にゲームのシナリオに組み込まれたバッドエンドだったらネタというかギャグでしかないぞ。

 きっとゲーマーたちの間では笑い話として語り草になったことだろう。


 残念ながら、これはゲームではなく現実だし当事者なのでまったく笑えないんだが。

 そういや先代も死に戻りの初期においては餓死していた。

 だからこそ体調を著しく崩すと分かっていても昨日のご飯を食べたのだ。

 どのくらいまで食べても死なないのかという検証もしていたのには頭が下がるよ。


「せめて水がポタージュスープとかになってくれたらなぁ」


 それだけでも全然違うはずだ。

 自販機で売られている缶入りのやつだったら器もスプーンもいらないし温かいから今の状況下ではとてもありがたいんだけど。

 こういう時は異世界もののラノベに出てくるネット通販のスキルを持った主人公なんかがうらやましく思えてしまう。

 そんなスキルがあれば迷わず好きなものを取り寄せるために使っているさ。


「缶入りスープ出てこいっ」


 ヤケクソで叫んでみた。

 怒鳴ったつもりが腹に力が入らなくて弱々しい声になってしまったけど。

 その時である。


 ゴトン!


 何かが板張りの床に落ちる音がした。

 それなりの重さがあるもののようだけど、叫んだ拍子に周囲のものを引っかけて落としたとかではない。

 ベッドの上に物を持ち込んではいないしサイドテーブルから本が落ちた訳でもない。


「なんだ?」


 四つん這いになってベッドの端から顔を出して落ちたものを確認する。


「うわっ」


 そこにある意外なものを目にしてギョッとしてしまった。

 この世界にあるはずのないもの。

 缶入りコーンスープが床の上に鎮座していたのだ。


 恐る恐る手を伸ばし缶を掴んでみる。

 固い感触が指に掌に伝わってきた。


「熱っ」


 ずっと持っていられないような熱を感じて思わず手を引っ込める。

 どうやら俺の願望が生み出した幻ではないようだ。


 今度は毛布の端っこを使い包むようにして缶を持ち上げた。

 まじまじと観察してみるが缶のデザインはどう見ても写真を印刷したとしか思えないものだ。

 先代の知識によれば、この世界に写真は存在しない。

 そもそも缶入り飲料自体がないのだ。


 ということは俺が元の世界から引き寄せたのか?

 もしくは強く願ったことで魔法で形成してしまったということも考えられるのか。

 前者の場合は窃盗ということになるんだよな。

 ネット通販のスキルのようにお金を払ったりはしていないんだし。

 消費したのは魔力だけ。

 どうにも罪悪感が湧いてしまうので後者だと思うことにしよう。


 となると俺の記憶にあるものなら何でも再現できてしまうのか?

 だとしたら黄色いmがロゴマークのハンバーガーも食べられるってことになるぞ。

 そう考えてしまうと我慢できなくなってきて次の瞬間にはビッグなmのバーガーを強く念じていた。


 トサッ


 今度はベッドの上で胡座をかいている俺の脚の上に英語で商品名が書かれた箱が落下した。

 落ちた高さは、ほんの十数センチほどだけど確かな感触がある。


「マジかー」


 缶入りスープはとりあえず脇に避けて箱を手に取って開く。


「おおーっ」


 もう二度と食べられないはずだったビッグなm様が目の前にある。

 子供の口ではかぶりつくのも一苦労だけど迷わず食いついた。


「美味いっ」


 とにかく夢中で食べ進めて気がつけば完食していた。

 続いて缶入りスープだ。

 プルタブを開けて一口すする。


「これも美味い」


 だが、慌てて飲み干してはいけない。

 飲み口の下の部分をグッと押し込んだ。

 子供の握力では凹んでくれなかったので身体強化の魔法を使って凹ませた。

 こうすると中のコーンが残りにくくなるのだ。

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